第24話 混ざり合った黒

「もっと高度あげていいよ。辻くんがいないから下から見えちゃう」


 やっと王宮へ戻る許可を出してもらえた私はムギちゃんと一緒にジーツーの背中に乗って、飛行中だ。


 父からは馬車での移動を勧められたが、そんなまともな方法なんて選択できない。

 それに、ジーツーのストレスが高まってしまう。適度に運動をさせてあげないとダメだ。


「ありがとう。あとは魔力でなんとかするから小さくなってもらっていい?」


「はぁ? この高さから落ちるつもりなの? 馬鹿なの?」


 空中で停滞したジーツーの背中から顔を覗かせて、他上を見下ろした私の服を引っ張るムギちゃん。


 出来なくはないと思うけど。


 私の不服顔が気に入らないのか、ムギちゃんはふんすと鼻息を荒くして魔獣の姿になった。

 どうやら、乗れと言っているらしい。


 お気持ちに甘えて乗っかると、ジーツーもぬいぐるみ形態となって私にしがみついた。

 そして、足場がなくなったムギちゃんが急降下する。


「待って、ムギちゃん。対空魔法がくる!」


 王都の城壁から放たれる感情のこもっていない魔法の砲弾たち。

 私はムギちゃんを守るように魔力を盾状に展開し、砲弾を防いだ。


 このまま集中砲火の中へ突っ込むのは危険すぎる。

 魔力の壁をまとわせて隕石の如く地上に落ちることも覚悟した時、ぬいぐるみ姿のジーツーが腕と翼だけをドラゴン形態にして、ムギちゃんを掴んで飛翔した。


「そんなことできるの!?」


 翼の生えた猫が空を飛んでいる光景を見られないように、あえて爆煙を発生させながら砲撃を防ぐ。


 大木を爪で引っ掻いて減速したムギちゃんは音もなく着地し、全員で木の影に隠れた。


「二人ともすごすぎ。なんでもできるじゃん」


「馬鹿なこと言ってないで王都に乗り込むわよ」


 お父様が用意してくれた書状を門番に見せるとギョッとしながらも通してくれた。

 すぐに護衛用の馬車に乗せられ、王都の奥にたたずむ王宮へと運ばれた。


「辻くんはどこ?」


 美しい女性の姿で鼻をヒクヒクさせるムギちゃんについていく。

 途中、廊下ですれ違う使用人らしき人や騎士らしき人が慌てて頭を下げてくれたけど、全無視して進み続けた。


 ムギちゃんがメイド服なのは触れていいのか分からなかったから、そっとしておいた。

 言わずもがな、可愛い。

 これが自室だったなら、盛大に可愛いを連呼しているところだ。


 そんなムギちゃんの後ろを歩き、到着したのは室内闘技場と書かれたプレートの貼られた部屋だった。

 重厚な扉は私の力ではびくともしない。


 魔力で吹っ飛ばすか、ジーツーのブレスで吹っ飛ばすか。

 そんな物騒なことを考えていると、ムギちゃんが片手だけを魔獣の腕にして扉を切り裂いた。


 扉には爪痕がついただけのように見える。

 しかし、よく見るとドロドロと溶け始め、やがて向こう側が見えた頃には扉は音を立てて崩れ落ちた。


「なにこれ。腐敗させたの!?」


「毒の爪。いちいち大きな声を出さないの」


 叱られちゃった。


 いじけながら扉の残骸を跨いで入室すると、闘技場の中心には辻くんが倒れていた。


「――ッ」


 感情の昂りは魔力コントロールに直結する。

 これまでの経験からもこの前の国王陛下の様子からも分かりきっていることだ。

 それでも、私は怒りを抑える努力を放棄した。


「なんだ、この魔力は!?」


「リリアンヌ、様……」


 見覚えのない顔が二つある。

 それが誰なのか確認するつもりはなかった。

 誰であろうと辻くんを傷つける奴は許さない。


 私の体内から滲み出し、室内に充満した七色の魔力が混ざり合って色を失っていく。

 それはパレットに広げた絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせた時と似ていた。


「ミスズ、ツジが手を振っているわ」


 背後から聞こえたムギちゃんの声に連れ戻された私の視線が辻くんの手を捉えた。

 確かに弱々しく手を振っている。


 ヒールを鳴らしながら辻くんに近づくと、彼は引きずりながら体を起こして笑った。


「僕は美鈴さんの虹色の魔力が好きです。この汚い黒は息が詰まる」


「そう、だね。ごめんね」


 怒りを抑えると同時に、濁った黒い魔力がそれぞれの色を取り戻して私の体内に収まった。


「リリアンヌ、なぜ貴様がここにいる!」


「ガルザ、それにアロマロッテ」


 鉄のような髪の男とピンクゴールドの髪の女。

 攻略対象とメインヒロインとの出会い方はもっと違った形が良かった。

 それなら、テンション高めに接することができたのに。


「立てる、辻くん? あんな奴ら、私たちなら一瞬だよ」


 ボロボロの辻くんは頑なに私の手を取ろうとはしなかった。

 第一王子のガルザの服には汚れがない。

 もちろんアロマロッテにも。

 つまり、辻くんは無抵抗なままで痛めつけられたことになる。


「どうして……」


「アロマロッテに謝ったんです。過去とはいえ、彼女に惹かれたのは事実ですから」


 心を小さな虫に噛まれたような気がした。

 痛みは大したことはない。ただ、患部は熱を持ち、昼夜を問わず気にせざるを得なくなる。


「本当は婚約破棄をして、アロマロッテに求婚するつもりでした」


 そんなことを聞くために戻ったわけじゃない。

 傷ついたあなたを見るために戻ったわけじゃない。

 言いたいことはいくつもあるのに、どれも言葉にできなかった。


「だけど、それはフェルド王子の意志で僕の意志じゃない」


 ふと、自分が涙を堪えているのだと気づいた。


「だから、僕は美鈴さんのことが好きだと彼女に伝えました」


 私は間一髪のところでこぼれ落ちそうになる涙を止め、豪快に拭った。


「私のいない所で他の女に会うとか」


 背後で狼狽え、言い訳を続ける辻くんを無視してガルザとアロマロッテへと歩み寄る。

 その時、視界の端で私たちが入ってきた扉の反対側で人影が動いた。


「捨てられた公爵令嬢が今更何の用だ。ここにお前の居場所はないぞ」


「ガルザ様の言う通りです! フェルド様は私に惹かれていたって言ってます!」


 自分でも恐ろしくなるほどに冴え渡る頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。


「愛を囁かれたの? 真夜中の寝室や、人気のない場所で」


「そ、それは……」


「ふぅん」


 アロマロッテは悔しそうに唇を噛み締めた。


「あ、あなたはフェルド様をさらい、フェルド様を――」


「リリアンヌ・ソーサラが誓う。私はグッドナイト王国に多くの益をもたらそう。その暁にはフェルド王子と共に自由をいただく」


 アロマロッテの言葉を遮り、高らかに宣言した。


「はっ!? 宰相の娘だろうが、公の場での婚約破棄宣言を無かったことにはできないだろう!」


 ガルザが吐き捨てる。

 そんなことは言われなくても分かっていることだ。


「無かったことにはしない。過去を受け入れた上でもう一度やり直します。そのために私は全力を尽くす。そして――」


 そして、理想のスローライフを手に入れる。


 グダグダ考えるのはやめた。

 私は悠々自適なスローライフを送るんだ。

 その為なら国王だろうが、魔王だろうが、全員黙らせてやる。


 これからも野蛮でズボラな私の隣にいてくれるのなら、ずっと彼と一緒に歩みたい。

 これはその第一歩だ。


「私は王子の婚約者候補として戻りました。構いませんわよね、国王陛下?」


 反対側で動いた人影。

 それはガルザとフェルド王子の父親だった。

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