第26話 暗殺されかける悪役令嬢

「なんで、俺の支持率が下がってやがる! 王都一極集中にしてやったってのによぉ!」


「そうですよ。ガルザ様は多くの人を救ったのに。あんまりです」


 大声で話しながら王宮の廊下を歩くガルザとアロマロッテ。

 反対側から来る彼らに気づいたが、わざわざ回れ右して廊下を引き返すのも面倒だ。

 私はそのまま毅然した態度で足を進めた。


「おい、見ろよ。王子誘拐極悪令嬢様のお出ましだぞ」


「ごきげんよう。ガルザ王子、アロマロッテ嬢」


「まぁ! リリアンヌ様はフェルド様とご一緒ではないのですね。お一人で廊下を歩くなんて退屈ではありませんか?」


 なにこの人。

 頭の中でアロマオイル焚いてるのかしら。


「殿下は多忙ですので、私の相手ばかりできません。暇よりも少し忙しいくらいの方がよいとおっしゃっています」


「可哀想なリリアンヌ様。寂しそう」


「そんなことはありませんよ。夜は一緒なので」


 途端に頬をヒクつかせるアロマロッテは見せつけるようにガルザの腕に自分の腕を絡めた。

 それを見せられても「ガルアロだな」としか思わないけど。


 その後もガルザの耳元で内緒話をしているアロマロッテに会釈して通り過ぎた。

 よくよく考えると、私の方が身分は上なのだから、頭を下げる必要はなかったのではないか。


 また教育係に小言を言われるわ。


 見計らったように廊下のT字路で静かに合流したメイド服姿のムギちゃんが囁いた。


「あまり刺激しない方がいいわよ。暗殺でもされたらどうするの?」


「そんなことを言われても、ありのままを伝えただけだからね。いざとなったら辻くんが守ってくれるでしょう。私一人でもどうにでも出来るし」


「相当焦ってるみたいだから、下手なことをしないこと。いいわね」


 彼らはゲーム中のガルザルートと同じことをしていた。

 ただ、大きく異なるのはアロマロッテが「その考えは間違っている」と指摘しない点だ。


「地方領主をないがしろにしてるっていう意見を無視したからじゃん。自業自得だよ。うちの辻くんを見習ってほしいね」


「いいわね?」


 いつからムギちゃんはこんなにも過保護になったのだろう。

 やっぱり辻くんの特製猫まんまに勝てなかったからかな。


 素直に言うことを聞いて部屋に戻った日の夜、食堂で事件は起こった。

 夕食の最後に出された水を飲もうとした時、ほんの少しの香りが鼻についた。


「どうしました?」


 動きを止めて、グラスに注がれた水を四方八方から眺める私を不思議に思ったのか、辻くんが立ち上がった。


「いや、微かに匂うんだよ。飲んじゃダメって体が言ってる気がする」


 透明な水からは微かに甘い香りがしていた。

 すぐに辻くんがグラスを取り上げて、一口飲んだ。


「ちょっと!?」


「リンゴだ。美鈴さん、思い当たることは?」


 急にそんなことを言われても困る。

 しばし目を閉じて前世の記憶を思い出す。


「あっ。リリアンヌの苦手なものがリンゴだっ」


 公式ファンブックにしか書かれていない設定を思い出した私は声を上げた。


「もしも苦手というのがアレルギーだったとしたら」


 辻くんの発言に眉をひそめる。


「それって、私が殺されかけたってこと……?」


 ムギちゃんからの忠告を受けた日に暗殺未遂に遭うなんて災難だ。


 辻くんは声を荒げて、グラスの水を用意した使用人を呼び出した。

 しかし、誰も心当たりはないという。


 犯人捜しを始めようとする辻くんの腕を掴むと、彼は優しく振りほどいて告げた。


「ガルザですよね」


「俺がなんだって?」


 開かれた食堂の扉の先にはガルザの姿があった。

 そのかたわららにはアロマロッテもいる。


「リリアンヌを殺そうとしたのか」


「兄に向かってなんて口の利き方だ、フェルドぉ」


 否定しないということは本当にそうなのか。

 まさか本当にゲームの世界で殺されそうになったの?


 睨み合う二人だが、こんな場所で喧嘩を始めるとは誰も思わなかったから避難はしなかった。

 その選択が間違いだったのだ。

 途端にガルザの放つ魔力で空気が震え始めた。


「うそ!?」


 誰かが叫ぶ。

 どこからともなく電撃が発生し、並べられたテーブルや椅子を破壊していく。

 唯一の出入り口である扉にはガルザが立ちはだかり、避難できない状況だ。


「魔法を持たないお前が! 女の一人も守れないお前が! 王になれると思うなよ!」


「辻くんっ」


 手を繋ぐとすぐにマギアイエロー、マギアパープル、マギアグリーンを持って行かれた。

 辻くんが呼び出した黄色い帽子の精霊はビリビリと帯電し、雷魔法を発動させた。

 ガルザの電撃よりも、濃い色の雷だ。


 ぶつかり合う雷から使用人を守るように、紫色の帽子を被った精霊が防御魔法を発動させる。

 更に緑色の帽子の精霊の力によってガルザは突風に飛ばされ、風に乗った使用人たちは扉から避難させられた。


「なんだよ、これは!?」


「フェルド様は魔法が使えないのではなかったのですか!?」


 信じられないというように怯えた声を出すガルザとアロマロッテ。

 実を言うと私も驚いている。

 同時に三人の精霊を召喚し、魔法を発動させることができるなんて知らなかったのだ。


「辻くん、そろそろ止めよう。闘技場ならまだしも食堂はご飯を食べる所だよ」


 ガルザを睨んでいる辻くんに諭すように伝えると、彼は屈託のない笑顔で返事をしてくれた。


「みんな、ありがとう」


 その一言で二人の精霊はいなくなり、雷も風も消滅した。

 最後に残った紫色の帽子の精霊は食堂を元通りにしてから消えた。


「……すごっ。こんなことまでできるようになったの?」


「美鈴さんの魔力で呼び出す精霊さんは優秀なんです。どんなことだってできます」


 多分、ガルザとアロマロッテ以上に私は驚いている。

 自分の魔力でそんなことができるとは思ってなかったし、実感もない。


「俺は認めねぇぞ! 父上の魔力を受け継がなかったお前が王になれる筈がないだろ! 落ちこぼれのくせに出しゃばるな!」


 ガルザが操る二つ目の属性魔法は火魔法。

 放たれた炎が迫り来ても、辻くんは微動だにせずに私の手からマギアブルーを拝借し、水の精霊を呼び出した。

 すぐさま炎は勢いをなくし、クスクスと笑う精霊はガルザの頭上から水を浴びせている。


 激昂するガルザにつられるようにアロマロッテも声を荒げた。


「私の聖なる魔法の補助があれば、もっとすごいことだってできます! フェルド様、怪しい力を持つその女から離れて下さい!」


 確かにアロマロッテの補助魔法は魔王攻略のために必須になるものだ。

 だけど、私の中にある魔力はそもそもがフェルド王子のものなのだから、補助なんかに負けるはずがない。

 そこだけは絶対的な自信がある。

 だから彼女に何を言われても私には一切響かない。


「これは何の騒ぎだ!」


 鬼の形相の国王陛下が騎士団と魔術師団を連れてきたことで、盛大な兄弟喧嘩は幕を閉じた。

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