第20話 そんなの知らない
「リリアンヌが生まれた日にフェルド王子も生まれた。それは皆が周知のことだろう」
確かに公式設定でも、私たちの誕生日と年齢は同じだった。
「先に生まれたのがフェルド王子だ。それから数時間後にリリアンヌが生まれた。あの頃のお前は可愛かった。今では父に口答えするような娘に、しかも婚約を破棄した男と同じ小屋に身を寄せるなど……」
「いいから。早く続きを話して」
改めて他者の口から聞くと、いかに自分たちが異常な生活を送っていたのか気づかさせられる。
「お前が生まれてすぐに、ある男性が屋敷を訪れた。王国魔術師団の相談役で、我々もよく知る人物だ。あの方は生まれたばかりのリリアンヌを一目見て言った」
固唾を飲んで続きを待つ。
「『この子の命が消えかかっている。わしに救わせてほしい』と」
なにそれ、そんなの知らない。
そもそもゲームの中ではリリアンヌについての詳細を語られることはなかったから当然だ。
「あの方は何かをリリアンヌの中に入れた。暖かい光を発する何かだ。私はすぐにそれの正体に察しがついた」
「それが魔力……?」
「そうだ。我がソーサラ家は魔力を持たず、魔法も扱えない。だが、リリアンヌは生き続けるために魔力の種を植え込まれた」
「全然、記憶にない」
父は「それはそうだろう。赤子の頃の話だからな」と懐かしむように目を細めた。
「リリアンヌがマリリの森にいたのなら、陛下が感じ取った膨大な魔力とはお前のもので間違いないだろう」
「えっと、こんなことを言っていいのか分からないですが、国王陛下の魔力って私の魔力と似ているんです。これって、どういうことでしょう」
「間違いないのか?」
「はい。本質は同じだと思います」
嘘ではない。
私のマギアレインボーは相当いじった後だけど、根本は何も変わっていない。
だから、国王陛下が怒りに任せて魔力を放出した時も私だけは何ともなかったのかもしれない。
「まさか。いや、そんなはずは……」
「一つ仮説があります。口にしてもよろしいですか?」
父はぎこちなく頷いた。
「私の魔力は、フェルド王子のもの」
父の額から汗が流れ落ちた。
私も動悸が速くなるのを感じた。明らかに体温も上昇している。
「ありえない、と言いたいところだが、可能性はゼロではない。あの方ならそれをやってのけても不思議ではないのだ」
父親は膨大な魔力を持つのに、それを受け継がなかったグッドナイト王国の第二王子。
彼は魔力ゼロと呼ばれ、魔法は発動できないとされている。
だけど、私の中にある魔力を抵抗なく受け取ることができて、難なく魔法を発動することができる。
疑う余地がなかった。
「リリアンヌの言う通りに考える方が自然か」
「精霊魔法ってなんですか?」
「それは失われた魔法だ。今の世に存在するなど信じられない」
「魔族は確かに精霊魔法だと言っていました。実際に王子は精霊たちとコミュニケーションを取っていますし、私も精霊を見ています」
「にわかには信じがたいが、もしそれが本当なら……」
私はニヤリと口角をつりあげていた。
自分でも制御できない。表情筋が暴走していた。
「お前、まさかっ!? 馬鹿なことを考えるのはよしなさい」
「お父様の耳にも私の噂は入っているのでしょう? なら、徹底的に
父はまたしても目尻を押え、魂が抜けるほどのため息をついた。
「お前という奴は。いったい誰に似たのやら」
これで私がフェルド王子もとい辻くんの隣に立つ理由は得られた。
あとは王宮に戻る理由と、全員を納得させる出来事を探さなければならない。
「このことは誰にも言うな。そもそも、レッドクリフドラゴンを使役していることすらもあり得ないことなのだぞ」
ジーツー、可愛いのに。
そんな風に言われてもなぁ。
「それに、魔王軍のムギリーヴだったか。人間と魔族が手を組むなど聞いたこともない。そんなことが知られたら後ろ指を指されるだけではすまんぞ」
まさか、こんなことになるなんて思ってもみなかった。
私はただスローライフ仲間の一員に加わって欲しかっただけなのに。
「ないとは思うが魔王とは接触していないだろうな」
「まさか。そんなことはあり得ませんわ」
おほほほ、と貴族令嬢らしく父の冗談を笑い飛ばす。
「とにかく大人しくしておきなさい。王子の件はこちらで上手く処理しておく」
一礼して部屋の扉の前まで移動した私の背中に声がかけられた。
「お前が無事でよかった」
「ありがとうございます、お父様」
私は本当の娘ではないけれど、そんなに優しい声をかけてくれるなら無茶なことはしないでおこうと思った。
それは本当よ。
このときは心からそう思ったの。
数日後にお父様の言ったことが現実になるなんて思いもしなかったのだから。
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