第19話 親子の時間

 公爵領にあるお屋敷へ着くやいなや、私はすっぽんぽんにされて湯浴みさせられた。

 私の理想とするスローライフとは真逆の生活の始まりだ。

 複数人の侍女に全身を洗ってもらい、拭いてもらい、着替えさせられる。

 こうして完成したのは綺麗なドレスを身に纏った貴族令嬢だった


「コルセット、きっつ」


 侍女たちが出て行ってすぐに背中に手を回して、コルセットのヒモを少し緩めた。

 この後は、食事をしてから父親の部屋でお話の予定となっている。


 呼ばれるまではジーツーと戯れておこう。

 トランクを開けるとプンスカ起こったジーツーが飛び出した。


「ごめん、ごめん。まさか、いきなりお風呂に入れられると思ってなかったんだよ」


 ご機嫌ななめのジーツーを膝の上に乗せて、頭と背中を撫でる。

 お詫びに赤色の魔力、マギアレッドを好きなだけ食べさせてあげた。


 それから一時間経たないほどで食事に呼ばれた。

 横に長いテーブルに置かれた椅子が三脚。

 既に両親は着席しており、私を待っている状態だった。


「では、いただこう」


 き、気まずい。

 カチャカチャとナイフとお皿が触れ合う音だけが聞こえる異質な空間。

 両親も控えている執事もメイドも口を開かない。


 本当に息してる?

 そう聞きたくなるくらいの静寂だった。


 辻くんと囲む食卓は楽しかったなぁ。

 くだらないことを話しながら自作のお箸で食べる食事。


 この料理だって、好きな味じゃない。

 見た目も好みじゃない。

 やっぱり辻シェフじゃないと私の胃袋は満足しないんだよ。


 胃袋を掴むってこういうことなのか。


 早々に食事を終えて、父を待っているとようやく口元を拭いた。


「リリアンヌ、来なさい」


 父に続き、書斎へと入る。

 今のところお母様は空気だけど大丈夫ですか?


「では、あの日なにがあったのか。その後、どこで、どのように過ごしたのか話しなさい」


 私は素直にありのままを話した。嘘をつくとこれまでの楽しかった生活を否定するような気がしたのだ。

 もちろん、ジーツーのことも、ムギちゃんのことも、魔力のことも、精霊魔法も全部話した。


 ただ、私が転生した別人だということだけは伏せた。

 他人の父だけど、大切な一人娘のためにここまで必死になってくれているのに、水を差すような真似はできなかった。


 父は最初こそ無表情だったが、次々と出てくる新情報に驚き、呆れ、最後はうなだれた。


「――以上です。嘘偽りはありません」


「あぁ、もういい。分かった」


 父は昼間にもかかわらず、グラスに注いだ酒を一気に煽った。


「まず、婚約破棄に関しては、以前も話したように覆すことはできない。王宮に仕える者たちのみならず、周辺諸国の貴人たちもお前を悪者だと思っている」


「人の噂も75日といいますよ?」


「なんだそれは。そんな簡単な話ではない。お前たちは生まれたときから婚約が決まっていたのだ。終わらせるのは一瞬でも、再び始めるのは不可能に近い」


 それに、と父は続ける。


「お前の気持ちはどうなのだ? あの男はお前を捨てたのだぞ」


「彼は生まれ変わったのです。今でも私を愛してくれています」


「一時の迷いかもしれん。お前もいい年だ。身の振り方を考えなければな」


 これは何を言っても無駄だ。

 フェルド王子の失態を辻くんに挽回させるのは骨が折れるだろう。


 おのれ、フェルド王子。

 私を捨てただけでなく、辻くんにまで迷惑をかけるとは許すまじ。


「では、どうすればよろしいですか?」


「お前はここにいなさい。ほとぼりが冷めれば新しい嫁ぎ手を探してくる」


「そうじゃなくて、私が王子と婚約するには、です」


 父は呆れ果てて、もう一杯グラスに注いだ酒を飲み干した。


「無理だと言っているだろう。どうしても王妃になりたいのなら他国へ移り住むのも手だ。腐っても私はこの国の宰相だ。どうとでもなる」


「だから! 私はフェルド王子と結婚したいって言ってるじゃん! なんで分からないかな、このヒゲちゃんびんは!」


 父が目を見開き、拳を振り上げる。

 このまま身を乗り出して殴られるのかと思ったが、父は自分の口髭をなぞっただけだった。


「年頃の娘の気持ちは分からん。もしも、フェルド王子と再び関係を築きたいのなら、本人同士の気持ちはもちろんだが、国民や貴人を納得させる必要がある」


「はい」


「それに失敗すれば、未練がましい女となり、我が家名にも傷がつくだろう。今の立場ならまだ向こうに非はあるが、いずれは立場が逆転するやもしれん」


 確かに今は私が振られた側。向こうは振った側。

 だけど、私がストーカー化することで、更に国民に悪い印象を植え付けることになるだろう。

 それをネタに新しい宰相を据える可能性もある。

 そうなると父は無職となって、没落貴族への一途を辿るってわけか。


「……どっちにしても破滅じゃん」


「理解したか」


「でも、婚約の方は上手くやります。彼との約束なので」


 しぶとく笑うと、父はソファに深く座り直して肘をついた。


「その、『じゃん』というのはやめなさい。品位の欠片もない。もしも本当に王子妃を目指すなら尚更だ」


「肝に銘じます。それで、お父様、私の魔力についても教えていただけますか?」


 またしても大袈裟にため息をついた父は酒ではなく、水で口を潤してから話し始めた。

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