第2章 辻くんルート編
第18話 父、怒る
昼間の王都は辺境の大きな町とは比べものにならないくらいの活気で人の多さに目が回りそうだった。
私たちはコーネリアスが用意した質素な荷馬車に乗り換えて、荷物として王宮の裏口から搬入された。
こそこそと王宮内に入れられ、被せられていた大きな布を剥ぎ取られる。
「このようなことをして申し訳ありません!」
騎士団長をはじめコーネリアスも一緒になって頭を下げる。
なんとなく意図は掴めたから特に文句はなかった。多分、王子と元婚約者が戻ったことを国民に知られたくないのだろう。
辻くんも事情を理解したようで困ったように手のひらを向けていた。
「私たちをどこへ連れて行くの?」
「国王陛下と宰相がお待ちです。こちらへ」
いきなり大物とご対面か。緊張するな。
この服でいいのかな、と町娘さながらの自分の服装を見る。
謁見の間の重厚な扉が開き、案内役の騎士に中に入るよう促された。
赤い絨毯が敷かれ、豪奢な調度品で彩られた部屋の奥には壮年の男性が座っている。
隣の席は空席だった。
「念のために聞くけど、誰だか分かる?」
「僕の、というかフェルド王子の父親です」
私の記憶は正しかったらしい。
国王陛下の座る椅子の斜め後ろには背筋を伸ばした壮年の男性が立っている。
私のではなく、リリアンヌの父だ。
抱き合って感動的な再会になるのかと思ったが、実際はそうではなかった。
「
あまりの大声に言葉を失った。
周囲に控えている大臣や騎士たちも硬直し、辻くんに至っては立っているのがやっと、といった様子だ。
それもそのはず、国王陛下が発する膨大な魔力が空気を震わせて、壁がガタガタ揺れているのだ。
辺りを見渡すとガラスが嵌められていたであろう窓枠が補強されていた。
「み、美鈴さんは平気なんですか?」
「うん。別に」
虫が喋っているのかと錯覚するほどに小声な辻くんに平然と答える。
彼と同じように、もしかするとそれ以上に顔を青ざめさせている国王陛下が声を裏返えした。
「余の魔力を前にして平然としていられるのか!?」
その言葉には後ろに控えている私の父も驚いていた。
「だって、私の半分より少し多いくらいですよ?」
立ち上がっていた国王は力無く座り込んでしまった。
「リリアンヌ、早速だが王国の機密情報は他国にも魔王軍に漏れていないのだろうな」
父が前に出てきて問いかける。
私は必死に記憶を辿ってようやく自分が国政に関わっていたことを思い出した。
「はい。もちろんです。それよりもお父様……は宰相なのですか?」
騎士団長は、国王陛下と宰相がお待ちだと言った。
ゲームの中で語られていない以上、自分の口と耳で確かめるしかないのだ。
「何を今更。それがどうした? 婚約破棄のショックで記憶を無くしたのか?」
いいえ、むしろ取り戻したのです。
そんなことは言えないから首を横に振っておいた。
「公爵領に帰るぞ、リリアンヌ。ここにお前の居場所はない」
「え? え?」
「宰相、息子の無礼をご容赦いただきたい!」
困惑する私の腕を掴んだ父が無理矢理に引っ張り、扉へと向かう。
背後からは国王陛下の制止の声が聞こえた。
「待ってください」
辻くんが私の手を掴み、父とは反対側に引っ張られる。
やめて、私のために喧嘩しないで! 的なことを言えればよかったのかもしれないが、大の大人が引っ張り合うものだから、腕が痛くて仕方ない。
「なんですかな、フェルド王子。あなたが言い始めたことです。二度と顔を合わせないように配慮しますので、ご安心ください」
私はこの人のことを何も知らない。
だけど、辻くんとは違った焦りや怒りを醸し出している雰囲気を感じ取っていた。
大勢の目の前で糾弾されて捨てられた娘が可哀想で、それでも可愛くて仕方がないのだろう。
この国の宰相としてではなく、父親として娘を守ろうとしてくれている。
「この通りです! リリアンヌをもう一度、私の婚約者とさせていただきたい!」
私の手を離した辻くんが土下座した。
額をレッドカーペットの敷かれていない床に擦り付け、何度も謝罪の言葉を述べている。
「なんのつもりでしょうか。多くの者が婚約破棄の光景を見ています。もはや撤回はできますまい。それとも、まだこれを辱めるおつもりでしょうか」
「違いますッ!」
顔を上げた辻くんの瞳は真剣そのものだった。
「僕が間違っていました。ご存じの通り、アロマロッテに励まされ、惹かれたのは変えようもない事実です。しかしっ!」
なにそれ。そんなの聞いてない。
辻くんの記憶の中にはアロマロッテと過ごした日々があるってこと……?
「ええい、お黙りなさい! 自分に都合のよいことばかりぬかすな! 一国の王子であれば自分の言葉に責任を持ちなさい!」
この言葉には辻くんも黙ってしまった。
当事者であり、当事者でない複雑な立場の私から見ても辻くんの言い分は都合が良すぎる。
それほどまでに大きなことをフェルド王子はやってしまったのだ。辻くんには荷が重すぎる。
辻くんを助けたいという気持ちはもちろんある。でも、アロマロッテの影がチラついて思考がまとまらない。
かつて、お互いの過去は気にしないと約束したはずなのに、こんなにも簡単に気持ちが変わってしまうとは情けない。
「とにかく、リリアンヌは公爵領へ帰します。その後のことは国王陛下とご相談なさってください。私も一時、
国王陛下も臣下たちも父を押し留めようと必死だが、聴く耳を持たず、足も止めなかった。
「美鈴さん!」
私もこの状況を打破する考えが思い浮かばない。
辻くんの一言で彼にとっての婚約者に戻っても公式な関係ではない。
本当の意味で婚約者に戻るのであれば、もっともな理由がいる。
それを模索するためには時間が必要だった。
「必ず戻るから、待ってて」
私は父に従い、謁見の間の扉をくぐった。
「リリアンヌ。家に着いたら何があったのか聞かせなさい」
「はい。ですが、お父様も私に隠していることを話してください」
父は無表情のまま、極わずかに眉を動かした。
「私が国王陛下と同じ質の魔力を持っている理由についてです。知らないとは言わせませんよ」
トランクに入れたままのジーツーはそのままにして、ムギちゃんには辻くんの側にいるようにお願いしておいた。
父に頭からベールを被され、馬車に乗り込んだ私は実家へと戻ることになった。
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