第17話 国王の憂い/第一王子の企み

 時は遡り、美鈴さんと辻くんの失踪が判明してからのこと。


「ええい! まだフェルドは見つからんのか!」


 王宮の一室にはグッドナイト国王の怒号が響いた。


「はっ。おそれながらフェルド王子もリリアンヌ様も発見には至っておりません」


「では、マリリの森で生じた魔力の件はどうなっている!」


「そちらも調査中です」


 恨めしそうに舌打ちする。

 マリリの森の方角から発せられた魔力は間違いなくグッドナイト王家のものだった。


(まさか、フェルドが覚醒した? いや、あり得ない。あやつは魔力ゼロで間違いないのだ。では誰だ、ガルザか。いや、マリリの森に行く理由がない)


 頭を痛める国王の前で捜索にあたっている騎士団の一人は片膝をついた姿勢のまま頭を下げて踵を返した。


「勝手なことをしおって」


 あの日、建国記念日のパーティー会場で息子が婚約破棄を言い渡すとは思いもしなかった。


 例年通りであれば主催者は国王自身なのだが、魔物災害に関する会合で国を空けていた。

 そんな中、主催者代理である王子が突如婚約者を糾弾し始めたのだ。

 パーティー会場は凍りついたと報告を受けている。 


 更に驚くことに二人は一緒になって逃げたと言うではないか。

 国王はその行動が理解できなかった。


 百歩譲ってフェルドがリリアンヌとの婚約を破棄するのは納得ができた。

 国王にはその理由に心当たりがあったのだ。

 しかし、同じ扉からパーティー会場を飛び出し、息ピッタリで走り回ったというのはどういうことか。


 リリアンヌは賢い娘だが、そこまで活発な女性ではなかったはずだ。と国王は途方に暮れた。


「馬鹿なことを考えるなよ、フェルド。お前は魔法を使えてはいけないのだ」


 これは信じ難い過去の記憶だ。

 第二王子であるフェルドが生まれた日。

 今は亡き、偉大な魔術師が言った。


『この子は精霊の加護を受けている。やがて国の安寧を築くであろう。しかし、一歩間違えれば崩壊へと導く。今のうちに魔力を奪っておきましょう』


 国王に有無を言わさず、魔術師はフェルドから魔力の種を奪った。

 本来であれば、今頃は父から受け継いだ膨大な魔力を有していたに違いない。


 魔術師はフェルドの魔力の種を大切に保管して、同日に生まれた公爵家の娘の元へ向かったという。

 その後、王子の魔力の種がどうなったのかは誰も知らない。


「報告! 至急、お耳に入れたいことがございます!」


「次はなんだ。この忙しいときに」


 二人の捜索もそうだが、マリリの森から沸いて出る魔物の討伐に軍を動かしたばかりだ。

 国を守る騎士団を二分割して動かすのも限界を迎えようとしている。


 国王の頭の中はまだ整理しきれていない。

 そんな時に駆け込んだ一人の兵士は国王の前に一本の剣を差し出して平伏した。


「これは!?」


 それはフェルド王子が持っていた式典用の剣。

 彼が荒くれ者に金銭の代わりに渡したものだった。


「どこでこれを!?」


「はっ! 王都から離れた国境近くの町の質屋に売られていたものです」


「これを売った者は誰だ!? フェルドか!?」


「そ、それは……」


「馬鹿者!」


 国王の怒号と共に魔力が漏れ出し、部屋中のステンドグラスが砕け散った。

 ハッとした国王は暴発寸前の魔力を抑えつけて冷静につぶやいた。


「今すぐに探し出せ。誰にも知られずにだ。いいな」


「はっ!」


「二人が行方を暗ませていることは絶対に知られてはならん」


 国王は大袈裟にため息をついて、玉座の隣に静かに控える男に声をかけた。


「待たせたな、宰相。これからの話をしようか」


「はい、陛下。もしも王子と不出来な娘が今も一緒で国境付近にいるとなれば大事ですぞ。なんせ、あれはこの国の政に深く関わっています。さて、あれが戻るまでたっぷり時間はございます。弁明をお聞きしましょう」


 リリアンヌの頭にある国の情報が他国に売られている可能性も捨てきれない。

 ましてや魔物の住処であるマリリの森付近を通過した痕跡もあるなら、魔王軍と接触している可能性も高い。

 

 これからのことを考えると頭痛薬がいくつあっても足りない。

 そんなことを考えながら国王は場所を移した。



◇◆◇◆◇◆



 その頃、礼拝堂では一人の少女が祈りを捧げていた。


「フェルド様、今どこにいらっしゃるのでしょう。ご無事なのですか」


 ピンクゴールドの髪を持つ可憐な少女の名はアロマロッテ。

 このゲームのメインヒロインである。


 あの日、アロマロッテは建国の記念パーティーに呼ばれていなかった。

 だから、フェルド王子がリリアンヌとの関係を解消したという話は後から聞いたものだ。


 アロマロッテにとってリリアンヌは貴族として、そして国を支える一族の娘としてお手本のような女性だった。

 意地悪なことを言われたりもしたが、今日まで堪えてきたつもりだ。


「こんなこと……。やはり、リリアンヌ様は殿下に相応しくない」


「リリアンヌに敬称は不要だぞ、アロマロッテ嬢。あの悪女は我が弟を連れ去った誘拐犯だ」


 冷ややかな声が響く。

 礼拝堂の壁にもたれかかっている人影。

 アロマロッテは目を凝らして、それが第一王子であるガルザだと気づいた。


「まさか! リリアンヌ様は婚約を破棄された悲しみで床に伏せているのでは!?」


「それは宰相の入れ知恵だろう。奴はそんな、か弱い女じゃない。フェルドを捕えて陛下を強請ゆするつもりだ」


「そんな!?」


 このゲームにおける攻略対象の一人であるガルザはフェルドと異なり、人よりも多くの魔力を持ち、二つの属性魔法を扱って他者を圧倒する天才だった。

 だが、父親である国王は第二王子であるフェルドを次期国王にと考えていた。

 父はガルザの本性を見抜いていたのだ。


「アロマロッテ嬢、あなたの聖なる魔法は強力な補助魔法だ。フェルドに付与すれば騎士団の小隊だって制圧できるのだろう? では、俺とあなたが手を組めば何だってできる」


「……なんでも?」


「そうだ。例えば悪女リリアンヌから囚われの王子を奪い返すことも、弟をたぶらかす陰湿な魔女リリアンヌを極刑に処すことも、だ」


 ガルザはアロマロッテの周囲を歩き回り、言葉巧みに彼女の心を揺さぶった。


「フェルドはアロマロッテ嬢を愛していた。あなたがフェルドと結ばれるべきだ」


「私が、フェルド王子と」


 ニヤリとガルザが不敵に笑ったことにアロマロッテは気づかない。


「リリアンヌ様、いいえ、リリアンヌから王子を救い出します。力を貸して下さい、ガルザ様」


 二人が静かに手を取り合ったことを誰も知らなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る