第16話 運命に追いかけられる
その日は朝から騒がしかった。
何事かと家から出ると村の中心に馬車が止まっていた。
村での生活には向かない服装の男が村長に連れられて私たちの家の前にやってきた。
「すまない、ツジ、ミスズ。こちらはこの領地を治める伯爵様だ。二人に話があるらしい」
「初めまして。わたしは――」
「あぁー! 知ったかーぶりアス!」
「コーネリアスです。フェルド王子、リリアンヌ様。やはりここでしたか」
伯爵の自己紹介どころではない。
彼の背後には攻略対象の一人であるコーネリアスがいた。
眼鏡を上げる仕草を生で見て、反射的に指をさしながら叫んでしまった。
伯爵は表情を崩しながらも後ろを振り向く。
魔術師団見習いのコーネリアスはサラサラの青い髪を流しながら自信たっぷりの表情だ。
更に彼らの後ろでは騎士服の男女が整列していた。
「王国騎士団まで。誰にも私たちの行動が予測できるとは思えない。得意の知ったかぶりね」
「そうでもありませんよ、リリアンヌ様。コーネリアス殿はアイスキャンディーの噂を聞き、お二人の居場所を探り当てたのです」
「へぇ。この人が妹の推しか」
顎に手を当てて関心する辻くんの姿も様になっている。
「早速ですが、国王陛下がお探しになっています。我々と共に王都へ戻りましょう」
私が後退りすると辻くんが伯爵とコーネリアスとの間に割って入ってくれた。
あれ、こんなに背中って大きかったっけ?
「みす、リリアンヌは戻りません。陛下にはそう伝えてください。お引き取りを」
「リリアンヌ様ではなく殿下です。あの、殿下、なぜそのような話し方なのでしょう。以前はわたしのような見習いには、もっと、その……」
慎重に言葉を選びながら指摘するコーネリアスだが、辻くんに動揺する様子はない。
コーネリアスの言いたいことは分かる。
オレ様キャラのフェルド王子と辻くんでは印象が大きく異なるだろう。
「そんなことはどうでもいい。僕たちは戻らない。話は終わりだ」
凛々しい。
さすが、辻くん。臨機応変の申し子。
いつも優しくて常に微笑んでいるのに、こんなに勇ましい顔もできるなんて。
「……やっぱり、ずるい」
三人の目が同時に向けられ、咳払いをしてごまかした。
「この通りです。お二人を見つけておきながら、お連れできなかったとなれば我が家の名折れです。どうか! なにとぞ!」
そんなに熱心に頭を下げられてしまっては強気に出られない。
コーネリアスは気に入らないけど、彼も眉をひそめながら一緒に頭を下げた。
「ハァ。事情があるなら聞かせてよ。理由によっては、まぁ、戻ってもいいけど。いいよね?」
辻くんを見上げると、さっきまでの勇ましい顔はどこへやら。
頬を綻ばせていた。
「これは極秘事項なので、ここでは」
歯切れの悪いコーネリアスを連れて、家の裏に回る。
伯爵と騎士団の連中には玄関で待ってもらうことになった。
「実はガルザ様がアロマロッテ嬢と結託して、好き勝手されているのです。国王陛下は
ガルザ――この国の第一王子で、フェルド王子の兄。
本当に兄弟か? と疑いたくなるほどビジュアルも性格も異なる攻略対象の一人だ。
ファンの中にはガルアロ推しもいるから悪くないカップリングと言えるだろう。
「それが? ダメなの? いいカップルじゃん」
「なっ!? アロマロッテ嬢は殿下の!」
眉が引き攣ったのが分かった。
コーネリアスもは失言に気づいたのか、瞬時に口を閉ざす。
辻くんは慌てて私の肩に手を置き、軽く揉んだ。
「美鈴さん、抑えてください。魔力が出てます」
耳元で囁きながら肩を揉み続ける辻くん。
それでも私の気持ちの昂りはなかなか収まらなかった。
「で、私たちにどうして欲しいって?」
「あ、あ、あの。申し訳ありません、リリアンヌ様。えっと、その……」
早く喋れ、と無言の圧力をかけ続けるとコーネリアスはやっとのことで口を開いた。
「このことはトップシークレットです。フェルド殿下には王宮へお戻りいただき、
全然、ありだと思う。
ゲームのガルザルートはそんな話だった。
最初は国政に失敗するけど、ヒロイン(プレイヤー)と一緒に最良の王になるシナリオだぞ、馬鹿にするな。
「どうする?」
辻くんはずっと思案顔だった。
何を考えているのか分からないけど、辻くんなら戻ると言い出してもおかしくない。
それなら彼の意見を尊重しよう。
別に会えなくなる訳でもないし。飛んで行けばいいや。
「僕は戻らない。もしも、戻るのであればリリアンヌも一緒だ。彼女を置いてはいけない」
「リリアンヌ様がお戻りになるのはお勧めしません」
「なぜだ?」
「アロマロッテ嬢が噂を流したのです。悪い噂を」
コーネリアスは視線を下に移しながら、おそるおそる答えた。
心当たりはあるけど、一応聞いておこう。
「どんな噂?」
「それは、ご本人を目の前にしては恐れ多くて」
今更だけど、なんでコーネリアスは私を様付けで呼び、こんなにも怯えているのだろう。
王子の元婚約者だから?
それとも魔力で威圧してしまったから?
「じゃあ、王都に出向いて聞くしかないね。アロマロッテ嬢とやらに」
いやらしく笑うとコーネリアスは更に怯え、辻くんは首を横に振った。
あまりからかってやるな、ということらしい。
「君はどうしたいのかな、フェルド王子?」
辻くんは私の目を見つめたまま黙り続ける。
数秒だけの沈黙だけど、やけに長く感じた。
「拒否してずっと追われるくらいなら、こちらから出向いてさっさとストーリーを進めましょう」
おぉ! あの辻くんからそんな言葉が聞ける日が来るなんて感慨深い。
この光景を転生していると気づいた日の彼に見せてあげたい。
辻くんの言葉を聞き、コーネリアスは水を得た魚のように飛び跳ねて、伯爵の元へと駆けて行った。
「勝手に決めてすみません」
「ううん。言ったじゃん。辻くんはチャンスを逃さないってね」
「はい。何があろうと必ず守りますから、一緒に来てください」
実は私も辻くんと同じ意見だった。
私は悪役令嬢としての運命を変えてもらえたから、こうして国内で生活できている。
しかし、辻くんがまだ破滅の運命に追いかけられているのなら全力で助け出さないと。
「うん、お任せするね。破滅の運命に怯えたままじゃ、スローライフを全力で楽しめないから一緒に乗り越えよう」
私たちが戻ると、村長や村人たちが頭を下げていた。
「どうしたの、みんな? やめてよ。今まで通りに見送ってよ」
私はきっと唖然とした表情だろう。
これまで一緒に汗を流し、笑い合い、食卓を囲んだ家族のような人たちが他人行儀なのだ。
ショックを隠しきれなかった。
「お二人が魔法を使えること、ドラゴンを従えること、魔族を撃退できること、叡智をお持ちのこと。これほどの偶然はありません」
「気づいていたの?」
「さすがに王都から移り住む人が多くなると、お噂は耳に入ります。平坦な道ではないでしょうが、これからのお二人の幸せを願っております」
無意識的に作っていた拳を辻くんが大きな手で包み込んでくれる。
私はまた魔力が暴走しないように必死に抑えつけた。
「お二人と過ごした日々は絶対に忘れません。これからも村が発展できるように努めます」
こうして私は辻くんの婚約者として、ぬいぐるみに擬態したドラゴンと、猫に擬態した元魔王軍の諜報員を連れて王都へ舞い戻ることになった。
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