第15話 元の鞘に収まる

 辻くんの言っていた2つ目の厄介事は突然やってきた。


「急にすみません。美鈴さんに会ってほしい人がいまして」


 辻くんの背後で背筋を伸ばす一人の女性。

 見るからに仕事ができるクール系の美人さんだった。


「はぁ、どうも」


「わたくし、コメット商会の者でして、ぜひツジ様の――」


 綺麗な女性が滑舌よく、聞き取りやすい声で饒舌に何かを語っているが、全然頭に入ってこなかった。


 私は無意識的に抱き締めたジーツーの頭を撫でながら一点を見つめる。


 辻くんの仕事仲間かな。

 ムギちゃん以外の従業員を雇っているなんて聞いてないけど。

 辻くんにも秘密にしたいことくらいあるか。実際にアイスの作り方は教えてくれないし。

 私だって内緒で魔物を狩ったりしたわけだし。


「美鈴さん、聞いてます?」


「聞いてるよー」


 そうだよね。

 一日中、家にいる私よりも彼女の方が快活で魅力的だもの。そうなるのは当然か。


 彼が決めた相手だ。素直に身を引こう。

 そもそも私たちは元婚約者という立場だが、それはフェルド王子とリリアンヌだった頃の話であって、今の辻くんと私には関係ない。

 だったら、一緒に過ごす理由もない。


「分かりました。私は住まいを移しますので辻くんはその人と幸せになってください」


 私の言葉に青ざめた辻くんは女性をすぐに追い出して家の扉を閉めた。


「やっぱり話を聞いてませんよね!? どうしてそうなるんですか!」


「え、だって。あの綺麗な人と王都に行くんでしょ? 私、邪魔じゃん。王子だってバレないように気をつけてね」


「違いますよ。僕たちのアイスキャンディーを元に事業拡大して王都にも出店しようって提案されたんです。僕一人では決められないので、美鈴さんに相談しようと思っていたんです。そしたら、今日がいいとごねられて」


 あ、そうなんだ。

 私はてっきりお払い箱かと思った。


「辻くんは魔法を手に入れたから用心棒の私がいなくても問題はないよね」


「何を言ってるんですか!」


 初めて見る怒った顔。

 声の大きさも相まって、私は体を縮こまらせた。


「僕は美鈴さんの魔力を分けてもらって魔法を発動させていますから、美鈴さんがいないと僕は何の役にも立ちません。アイスも作れません」


「そうなの?」


「美鈴さんのマギアレインボーで精霊たちに手伝ってもらっているんです。だから、気にされていた人件費はタダです。むしろ美鈴さんがお給料を受け取るべきです」


 言われてみれば、私と手を繋いでから作業場に行くことが多かった。というより毎回そうだ。

 魔力を抜き取られる感覚がないから、手を温めてからアイス作りに勤しむ人なんだと思っていた。

 私、馬鹿みたいじゃん。


「そもそも、魔力の譲渡ってできるの?」


「普通はできないそうです」


 辻くんが「実は」と内緒事が発覚した時の子供のように視線を泳がせる。


「自分で調べたり、ムギに聞いたりしたんです。どの本にも魔力譲渡については書かれていませんでした。ムギもできない、ときっぱり答えてて」


「だよね。ゲームの中でもそんなのなかったし。できても補助魔法でバブをかけるくらい」


「これは僕と美鈴さんだからできることなんです。いつも僕が必要としている色の魔力と分量をくれるんですよ」


「そんな複雑なことをしている自覚はないんだけど」


 辻くんは決意したように一度唇をきつく結んでから告げた。


「きっと僕が美鈴さんを信じているからだと思います」


「私だって辻くんを信じてるよ。でも、たまには不安になる」


 彼につられて胸の内を曝け出すと、言いようのない恥ずかしさと悔しさに襲われた。


 辻くんは一瞬だけ惚けて、頬を紅潮させながら微笑んだように見えた。


「僕は美鈴さんを用心棒だなんて思ったことはありません」


「……そうなの?」


「はい。言ったじゃないですか、大切にするって」


 すると辻くんは片膝をついて、ポケットから取り出した小箱を開きながら私を見上げた。


「美鈴さん、もう一度僕の婚約者になってください」


「えぇ!?」


 想像の斜め上を行く発言にびっくりして声が裏返る。

 いつもの辻くんなら困ったように笑うか、控えめにツッコミをいれるかだが、今日の彼はその真剣な眼差しを逸らさなかった。


「あの時、愛することはできないと言ってしまいましたが、訂正します。あなたを愛しています。この気持ちは二度と変わることはありません」


 顔だけでなく全身が火照ってしまう。

 とっさに顔を背けようとする自分を抑えつけたのは、自我ではなくムギちゃんの『口にしないと気持ちを伝えられない』という言葉だった。


「嬉しいよ。私も、辻くんのこと好き。許されるなら婚約者にしてほしい」


「はい。喜んで」


 このときの辻くんはフェルド王子に負けないくらいのキラキラオーラを発揮していた。

 たった数秒の沈黙にも耐えられなくなり、話題を変えようとしたところで、辻くんが私の手を掴んだ。


 魔力を求める手つきではない。

 慣れていない荒々しさのある手を握り返すと、玄関から「あのー」という遠慮がちな声が聞こえた。


「お取り込み中、すみません。出店の件ってどうなりそうでしょうか」


「却下で」


「チャンスを見逃すというのですか?」


「チャンスかどうかは私が決める。それに辻くんはチャンスを逃さない人だから、私に相談した時点で答えはノーなんだよ」


 遠慮がちに顔を覗かせていた美女は強気な態度と声色になったが、私も負けじと言い返した。


「うちの商会の誘いを蹴って、王都での商売はできないと思いなさい」


 全然、構わないけど。

 言い返そうとしたとき、辻くんが私の気持ちを代弁してくれた。


「お引き取り下さい。そもそも、アイスキャンディーは美鈴さんが食べたいと言ったから作っただけです。美鈴さんの優しさで多くの子供たちにも配っただけなので、これ以上の大事になるなら僕は手を引きます」


 いかにもな捨て台詞を吐いて出て行った美女がいなくなると、私と辻くんが婚約者同士に戻ったのだと改めて実感し、気恥ずかしくなった。


「えっと。これからもよろしく」


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 やれやれと言った風に首を振る猫姿のムギちゃん。

 ジーツーは家中を飛び回っていた。


 これで2つ目の問題もクリアした。

 領主が来る前に村の人たちに挨拶をして、ジーツーの元住処であるクリフマウンテンに移住しようとした矢先に彼らはやってきた。

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