第14話 勘違いに気づくとき

「その服も可愛いと思うよ」


 人間の姿になったムギちゃんは胸を張って得意げな顔で鼻を鳴らした。


「3つの姿になれるっていいね」


 新しい家族になった元魔王軍のムギリーヴが猫、人間、魔獣の姿になれる子だと判明してから数日。

 ジーツーと違って人の姿になれから、一人のときに話し相手になってくれるかと期待したのに、辻くんがアイスキャンディー屋さんの販売員として連れて行くことが多くて一人枕を濡らした。


 でも、ムギちゃんのおかげで売り上げが倍以上になったらしいから許そう。


 今日は辻くんも休みだからムギちゃんに色々な服を着せてファッションショーを開催しているところだ。


「服なんてどうでもいいと思っていたけど、案外印象が変わるものね」


 クルクル回って楽しそうにしているムギちゃんを愛でていると、村長に呼び出されていた辻くんが帰ってきた。


「おかえりー。何の話だったの?」


「実はこの村って過疎化が進んで廃村寸前だったそうなんです。村長さんたちは領主さんに反対運動をしていたらしくて」


 想像を超える重い話に顔を引き締める。


「でも、村に移り住む人たちが多くなって、作物もよく育つようになったので存続することが決まったようです。ただ……」


 辻くんの険しい表情を見て、なんとなく察してしまった。

 私たちはスローライフを満喫するあまり、やり過ぎてしまったのだろう。


「領主さんが視察に来ることになりました」


「怪しまれているってことね。ムギちゃんの情報に裏付けできた?」


「……気付いてたのですか?」


 不意をつかれたという風に驚いた辻くんに微笑む。

 無意味にムギちゃんを連れ回す理由が他にあると思って、かまをかけただけなんだけど合っていたらしい。


「魔王軍では諜報部隊だったんでしょ? だから辻くんが看板娘にしようって提案してくれたんだよね?」


 歯切れの悪い返答をする辻くんにジト目を向けるムギちゃん。

 なんだ。何か変なこと言ったかな?


「わたしの情報によると、国王軍の騎士団があんたたちを探してるわ。あと、魔王様も探してる」


「じゃあ、この土地の領主にも声がかかっているね。それで自分の目で確かめに来るってことか。分かった。この村での生活を終わりにして、クリフマウンテンに住居を移そうか」


 ジーツーが小さな翼を動かし、私の腕から飛び立つ。

 喜んでいるときにいつもする行動だ。


「分かりました。ただ、問題が2つあって。1つは簡単なんですけど、もう1つは僕だけでは決められないので美鈴さんに判断を仰ぎたくて」


 そんなに重大なことなんてあるかな。

 ひとまず1つ目の話を聞こう。


「今夜、村長さんがお祝いと感謝の宴を開きたいと言っていますので、美鈴さんもぜひ参加してください」


「私も? 参加するのはいいけど、私なにもしてないよ。全部、辻くんの功績だからなぁ」


 辻くんは全力で首を横に振り、強くお願いされたから参加することになった。



◇◆◇◆◇◆



「これも全てツジのおかげだ。感謝してもしきれない」


 村長の家で開催された村の存続を祝う席で辻くんは謙遜しながらも嬉しそうにしている。

 私から見ても辻くんは優秀だ。それに優しい。

 誰もが辻くんを必要としているのは明白だった。


 そんな彼をこの村から連れ出すのはどうなんだろう。

 マギアパープルを使えば領主だろうが、どうにでもできると思うけど。


 私は居心地が悪くて静かにその場を離れた。


「こんな所でなにをしているのかしら」


「ムギちゃん」


 猫の姿で私の足元に来た彼女を抱き上げようとすると、嫌がられて手をはね除けられてしまった。


「あんたって意外と脆いわよね」


「そう見える?」


 ちょいちょいと手招きするムギちゃんの耳元に自分の耳を近づける。

 さっきは拒絶したくせに、今は近づけというなんて本当に気まぐれな猫だ。


 ムギちゃんの耳からは彼女が聞いているであろう村長の家の中の声が聞こえてきた。


『僕がこうして生きているのは美鈴さんのおかげです。だから、全ては美鈴さんがもたらしたことになります』


『ミスズは確かに強くて、自立した女性だ。しかし、そこまで彼女を神格化する理由がわからない』


『皆さんご存じの通り、僕は魔法を使えるようになりました。それも美鈴さんのおかげです。正直、魔法は便利です。アイスキャンディーも、道路工事も、狩りも、農作業も、全部魔法でやれば絶対に楽なんですよ』


『その通りだ。魔法を使える人間はごく一部で優秀な人材だ。だから、田舎者でも魔法の才能があれば王都で一発当てられるんだぜ』


『でも、美鈴さんはそれを許さない。魔法が恐ろしいものだということを誰よりも理解しているからこそ、美鈴さんは僕に魔法を使わせない。それは皆さんに対しても同じです。思い当たる節があるはずですよ』


『確かに。お願いしても無理とか、ダメとか、嫌の一点張りばかりだった』


『私もよ。自分の力でできるなら、やりなさいって。どうしてもできないことは手伝うよって言ってくれたわ』


『それが美鈴さんです。この村が存続できたのは皆さんが領主さんに抵抗し、少しでも村を良くしようと努力した結果です。だから、僕は何もしていなくて、美鈴さんが影で皆さんを支えてくれていたと思うんです』



 え? え? え!?

 辻くん、何言ってるの。盛大な勘違いをしてるよ。

 知ってるよね。私は君と違って、魔法が使えないんだよ。


 私は君に意地悪してるんじゃなくて、自分から手を繋ぐのが恥ずかしいだけなんだよ。


 村の人にお願いされたときは「辻くんがいないから無理。私はできないからダメ。魔力コントロールが下手だから嫌」って伝えたつもりなんだけど。

 全然、伝わってなかったってこと!?


「一つ、貸しよ」


「あぁ、うん、ありがとう」


「人間って面倒ね。口にしないと気持ちを伝えられないなんて。魔族なら魔力である程度は伝えられるのに」


 ムギちゃんの言う通りだ。

 そんな当たり前のことを人間じゃない彼女に教わることになるなんて。


「あんたはどうしたの?」


「どうって?」


「あいつとのこと。元婚約者なんでしょ」


 なんで知ってるの?

 辻くんがそんな話するとは思えないけど。


「わたしは魔王様の耳なんだから。なんでも知ってるってわけ」


 思ったよりもムギちゃんは優秀らしい。

 というか、彼女がいるならこのゲームのボスである魔王は私たちがどこにいるのか全部知っているのか。

 あ、でもムギちゃんはもう私たちの家族だから、情報は途絶えたのか……?


「それは辻くんが決めることで、私は口を出せないよ。私はただ楽しく過ごしたいだけ。今の生活がより楽しくなるならドラゴンとも、魔族とも仲良くするよ」


「人間ってやっぱり面倒くさい」


 そっぽを向いたムギちゃんは軽快な身のこなしで屋根を飛び越え、私たちの家の方へ行ってしまった。


「この村を出てからのことも考えないとな。建前上だけでも婚約者とか、妻になった方が後々都合がいいなら提案してみるか」


 そんなことを考えながら何食わぬ顔で村長の家に戻ると、みんなから謝罪と感謝の言葉をもらった。

 私はさっき盗み聞きした内容を頭の中隅っこに追いやって遠慮がちに笑った。

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