第13話 猫を拾う悪役令嬢

 辻くんのアイスキャンディー事業が軌道に乗り、噂が噂を呼ぶようになった頃、不穏な魔力を感じ取った。


 狼の魔族と違って、ピンと張った糸のような緊張感のある魔力。

 どんな魔物なのか想像もつかないけれど、辻くん不在なら村を守れるのは私しかいない。

 ぬいぐるみ形態のジーツーを抱っこして村の入り口に向かうと、猫耳と尻尾を持つ女の子が立っていた。


「どうしたの? もしかして入村希望? それとも迷子?」


「小娘、ここに魔族が来たはずだ。何か知っているか?」


「知ってるよ。二度と会えないと思う」


 ギリッと奥歯を噛みしめる音が聞こえた。唇の隙間から覗く八重歯の鋭さが際立つ。


「ただの人間風情が、なめた口をきいてくれるじゃない」


 猫耳の女の子は小さな体から巨大な爪を持つ猫の姿を現わした。


「魔王軍四天王、ロウオウガの義妹いもうと。このムギリーヴに切り裂かれてることを光栄に思うがよい」


「猫の魔物」


「魔物? 馬鹿を言うな。更に高尚な存在。魔獣である。余裕の笑みもここまでよ」


 猫の魔獣が放出する毒々しい色の魔力が重くのしかかる。

 空気が薄くなったようにも感じて、呼吸が浅く速くなった。


「なるほど。魔族はこうやって力を示すのか。一つ賢くなったよ。じゃあ、次は私の番ね」


 右手から放出するのは緑色の魔力、マギアグリーン。

 自分の体ごと突風に乗せて村から離れる。


「人間にしては、ちと魔力量は多いが……なんだとっ」


 私は不敵な笑みを浮かべて魔力を見せつけるように放出させた。

 体からあふれ出る七色の魔力が猫の魔族を包み、虹がかかったように見える。


「ここなら運動してもいいよ。ちょうどいいおもちゃがあるから遊んでおいで」


 私の腕から飛び降りて、本来のドラゴン形態へと戻ったジーツーの咆哮で空気と大地が揺れた。


 ずっと家と村の往復だったらストレス溜まるよね。

 ここなら人は来ないから思う存分暴れても問題はないだろう。


「ニャ、にゃんでっ」


 魔獣形態から人型へとサイズダウンした猫の女の子が絶望した目でジーツーを見上げていた。


「うちのペット、可愛いでしょ?」


「ペット……? レッドクリフドラゴンが、ペット?」


 魔族にもおそれられるなんて、やっぱりすごいドラゴンだったんだ。

 ただの触り心地の良いぬいぐるみにしているのが少し申し訳なくなった。


「さてと、私たちの邪魔をするなら狼だろうが、猫だろうが容赦しないよ」


 ジーツーは待ち切れんというように大きな口でグルルルと鳴いている。


「そろそろ辻くんが帰ってくるから早めに仕留めよう。無駄に心配させたくない」


 私の指示に従い、プクッと頬を膨らませた。

 爪ではなくブレスで丸こげにするつもりらしい。


 こっちに被弾することはないと思うけど、防御するためにマギアレッドの準備を整えたその時。


 巨体を震わせたジーツーが放出間際のブレスを飲み込んだ。

 ゴクンッと大きな嚥下音を聞き、私はため息をつく。


「時間切れか。おかえりー、辻くーん!」


 声は高く、笑顔で大袈裟に手を振る。


 猫の魔族はぎこちない動きで振り向こうとしたけれど、それは辻くんによって遮られた。

 辻くんは彼女の肩に手を置き、耳元でボソボソと何かを呟いている。


 ジーツーのときと同じだ。

 そんなに私には聞かれたくないようなことを言っているのだろうか。


 やがて猫の魔族はガクガクと震え始め、膝を折ってへたり込んでしまった。


「ただいま戻りました。なんの騒ぎですか?」


 爽やかな笑顔で私に挨拶する辻くんからはさっきまでの覇気は感じられない。

 いつもの純粋な彼だ。


「猫の魔族らしいよ。あ、魔獣って言ってた」


「そうですか。ちょうどいいんで、これを看板娘にしてもいいですか?」


「それ、いいね! 猫耳で可愛い顔してるし、売上が跳ね上がるんじゃない?」


 なぜか立ち上がらない猫娘を見下ろしていると、彼女は震えた声を絞り出した。


「お、お前たちは何者にゃんだ……!?」


「ん、私は魔力を持ってるだけの女で、彼は魔力ゼロの男の子だよ。なんで? なんか変かな。あ、そうだ。あなたは今日からムギちゃんね。私は美鈴、こっちは辻くん。よろしくね」


 しゃがみ込み、目線を合わせて握手を求める。

 丁寧な自己紹介をしたつもりなのに彼女の表情は変わらない。

 怯えているようだった。


「あ、そっか。ジーツーは普段はもっと小さいし、もふもふだから大丈夫だよ。きっとすぐに仲良くなれるよ。ジーツーもいいよね?」


 まずは先住者を気遣えって多頭飼いの友達が言ってたことを思い出して、問いかけると素直に頷いてくれた。

 あとは、ムギちゃんの問題だけど。

 彼女は辻くんを見て、冷や汗を流しながら小さく頷いた。少なくとも私には頷いているように見えた。


「はい、けってーい! じゃあ、家に帰ろうか」


 辻くんはムギちゃんの腕を掴み、立ち上がる手伝いをしていた。

 相変わらず、優しい。


 私はぬいぐるみサイズになったジーツーを抱き上げ、家に向かって歩き出した。


「くそっ。殺せ! 我ら一族に敗北は許されない。負ける時は死ぬときだ! お前たちのペットになるくらいなら、死んだ方がましだ!」


 辻くんの手を払い除け、飛び退いた魔族の方へ向き直る。

 彼女は猫特有の威嚇をしてくるが、気にせずに近づいた。


「それって本当の家族なの? まぁ、私としてはそっちの方が都合がいいんだけど」


 頭上にハテナマークを浮かべているような顔をする彼女の目の前に立ち、真っ直ぐに赤い瞳を見据える。


「あなたは私たちに負けたから、ここで死んだんだよね? なら、お家に帰らなくても誰も怒らないよね。うちの子になっちゃいなよ」


「……は?」


「猫は気まぐれでしょ。それでいいじゃん」


「いや、それとこれとは」


「ね、ムギちゃん」


 手を差し出すと、何度か私の目と手を見比べてから人差し指を掴んだ。


「飯が不味かったら家出してやる」


「それは絶対にないから大丈夫! 私が保証するよ」


 強引にムギちゃんの手を繋ぎ、ずかずかと歩き始める。

 辻くんはそんな私を温かい目で見つめてくれていた。

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