第28話 会談襲撃

 重々しい空気の中、重厚な扉が開かれた。

 王国側は国王陛下、宰相、その他大臣の皆さん。

 中立の立場の私と辻くんも今日の会談に同席していた。


「久しいな、ミスズ!」


 開口一番、私の本名を呼び、握手を求める魔王軍の親玉を快く受け入れる。


「陛下、こちら魔王さんです。マオさん、こちらグッドナイト王国の国王陛下です」


 二人と面識のあるはずの父はずっと顔を逸らしているから、僭越ながら私が仲介役として各々に紹介することになった。


 さすがトップ同士の会談とあって物々しい雰囲気だ。

 視線がぶつかり合って、火花が散っているように見えなくもない。


「まず魔王軍側の主張ですが――」


 要するに食料問題さえ解決すれば魔王軍が人間側を攻めることはないと強調した。

 問題は人間側だ。

 幼い頃から魔物、魔族、魔獣など、ありとあらゆる人間以外の魔の生物は悪だと教え込まれているから、今更、価値観を変えることは難しいだろう。


 せめて、国王陛下が納得して、国民に表明してくれればそれで争いは終わる。

 簡単そうに見えて難しい話だ。


「私としてはマリリの森のような餌場を充実させ、そこでの食事で済ませられれば人間を襲う必要はなくなると思っています。恐らく共存は難しいので、マオさんには配下の方々に説明をしていただくことになると思いますが」


「餌はどうするつもりだ?」


 国王陛下の質問に即答する


「私の魔力です。私が死んでからも半永久的に魔物の好む餌を排出し続けられます」


「管理はどうする。マリリの森からあふれ出た魔物の相手は骨が折れたぞ」


「父上、それは私の責任です。私がマリリの森を管理していた四天王の一人を討伐してしまったために、そのような事態に発展してしまいました。魔王様に対しても大切な配下を殺してしまいました。謹んでお詫び申し上げます」


 立ち上がり、直角に腰を折った辻くんをマオさんは鼻で笑った。


「貴殿が精霊魔法の使い手か。ミスズから話は聞いているぞ。我としては貴殿とやり合うつもりはない。頭を上げてくれ」


 腕を組むマオさんは続ける。


「管理はこちらに任せてもらおう。ただ、気性の荒い者が町や村を襲うようであれば問答無用で切り捨てて構わない」


 そんなことを言ってしまってよいのだろうか。

 マオさんは魔族の王なのだから、「人間に屈するのか!」とか言い出すやからが出てもおかしくないと思うけど。


「我は争いを好まぬ。この前のような魔力コントロールを競うようなものであれば一向に構わんが、命のやり取りは望まない」


 魔王様、なんていい人なんだろう。

 ゲームでは一方的に倒しちゃってごめん。


 マオさんはさっさと誓約書にサインを終えた。

 あとは国王陛下がサインすれば不可侵条約もどきが出来上がる。

 私は今日の役目を終えたのだ。


「報告! ガルザ様が地下室にある封印の壺を強奪!」


「魔王様! 四天王を中心に一部の魔族が謀反です!」


 ひと息吐こうかとした時、それぞれの家臣が声を揃えて報告した。


「魔人スピロヘーテが!?」


「あの馬鹿どもが。我が行こう」


 このタイミングで、同時になんて怪しすぎる。

 状況を確認しようとすると音もなく一人のメイドが現れた。


「第一王子が魔王軍の四天王と接触していたようね。ごめん、油断した」


「ムギちゃんのせいじゃないよ。私たちは魔人の方に行くからここはお願いね」


 辻くんと地下室へ向かおうとして、国王と宰相に行く手を阻まれた。


「騎士団に任せればよい。王子と宰相の娘を危険な場所に行かせられるものか」


「そうだ、リリアンヌ。使用人たちと共に逃げなさい」


 心配してくれるのは嬉しいし、素直に従いたい。

 だけどさ……。


「辻くん、スピロヘーテだって!」


「だから目をキラキラさせないでくださいよ」


「だって公式設定不明なんだよ。シルエットしか公開されなかったんだよ。行くしかないよね!?」


 辻くんはやれやれと二人に頭を下げた。


「こうなると止まらないんで行ってきます。ついでに兄上も捕まえてきます」


「待て、フェルド!」


 国王に呼び止められた辻くん。

 早く行きたくて仕方ない私もその場で足踏みをして待つ。


「封印の壺を開封するためには精霊魔法が必要だ。近くにアロマロッテ嬢もいるだろう」


「アロマロッテが?」


「彼女の聖なる魔法は、精霊魔法の下位互換だ。ガルザが利用したに違いない」


 またしても新事実を教えられてしまった。

 もうこの世界は私の知っているゲームの中ではないんだなぁ、とぼんやり思いながら走り出した。


 大慌てで避難する者たちの波に逆らう私たちが地下室へと続く階段にたどり着いた頃には、地面の揺れは収っていた。


「外に出ましたかね?」


「かもね。魔王軍の四天王も王都に攻めて来てるなら、これがラストバトルかもしれないね」


「そんな呑気な」


「これでスローライフに戻れるんだよ。テンションも上がるよ」


 いつかのように呆れた辻くんと手を繋ぎ、王宮の外に出ると、待っていたのは不思議な魔力を持つ謎の生命体だった。

 中世的な顔立ちで、ゆらゆらと落ち着きなく揺れていた。


「あなたがスピロヘーテ!?」


 興奮気味に聞いても返答は返ってこず、問答無用で攻撃魔法を繰り出された。


 ここに来るまでに辻くんに魔力を渡しておいてよかった。

 魔人の魔法は辻くんの精霊魔法で防ぐことができるみたいで一安心だ。


 あとはガルザとアロマロッテを捕まえてエンディングだ。


 辻くんの手を離して魔人との戦闘に集中してもらった矢先、私は雷と火の魔法に拘束された。


「ガルザ!」


「大人しくしろ、リリアンヌ。お前がいなけりゃ、フェルドは魔法を使えねぇんだろ? やれ、アロマロッテ嬢」


 アロマロッテの手が私の額に迫る。

 拘束する魔法を弾き飛ばそうにも、強烈な眠気に襲われてマギアレインボーを放出できなかった。


「美鈴さん!」


 遠くから彼の声が聞こえる。

 やがて、辻くんの声は冷たくなり、信じられないことを口走った。


『よくも私を馬鹿にしたな。誰が魔力ゼロの無能だって? お飾りの婚約者が図に乗りやがって。お前を愛する男なんて誰一人としていないことに気づけ』


 それからも私は四方八方から汚い言葉をかけ続けられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る