第10話 お金の絡む嘘はダメ

 辻くんも私と同じで1回しか飛行機に乗ったことがないらしい。

 それなのに今日もドラゴンの背中に乗って空を飛んでいる。


「やっぱり快適だね。風になった気分」


 私たちはドラゴン形態となったジーツーの広い背中に乗り、鱗の突起に掴まっている。

 二人が飛ばされないように壁のように固い鱗を風よけにしてくれるなんて、とっても優しい子だ。


「本当に下から見えてないですよね?」


「辻くんの魔法だからきっと大丈夫だよ」


 あらかじめ、黄色の魔力を辻くんに渡して、光の精霊魔法を使ってもらっている。

 黄色の帽子を被っている精霊さんは光の屈折を操作し、ジーツーの姿を見えなくしてくれているらしい。


 万が一、レッドクリフドラゴンが空を飛んでいるところを見られたら、しかもその上に人間が乗っていると分かれば大事になってしまう。

 と、辻くんの心配性が爆発したのでこういう措置をとることになった。


 今日は大きな町での買い物の日。

 初めて行くから昨日の夜からワクワクしてなかなか眠れなかった。

 辻くんも同じだったのか朝から何回もあくびをしていた。


 緑色の魔力を渡して風魔法で飛んでいくことも考えたが、それだとジーツーの運動にならないということで、この移動手段となった。


 辻くんの精霊魔法もどんどん精度を上げている。

 本当に魔法の才能がないのか不思議に思うほどの上達速度だ。

 ただ、非常に効率が悪い。私の魔力を一度渡してからの発動になるから、一緒にいないといけないし、とっさの判断で魔法の変更もできない。

 生活の中で発動する分には問題ないが、戦闘には向かないと思っている。


 そんな私の魔力には辻くんに言われた通り、色をつけてみた。

 その名もマギアレインボー。


 これで私は七色の魔力を持つようになったわけだが、七つの魔法を使用できるわけではないので宝の持ち腐れ状態に変わりはない。

 魔法発動は辻くんの領分だ。

 それでも彼が目をキラキラさせながら色つき魔力の特性を熱心に聞いてくるものだから、私は嬉々として説明を行った。


 そろそろ大きな町の上空につく頃だろう。雲間からは高い建物が見えた。

 私はジーツーの背中を優しく叩き、高度を下げるように指示を出す。


 巨大な翼を動かし、風が生まれる。

 砂埃を舞い上がらせながら高度を下げていき、風のクッションが私たちを受け止めてくれた。


「着地も上手になったね! えらい、えらい!」


 着地を終えて、すぐにぬいぐるみサイズとなったジーツーを高い高いして、撫で回して褒めちぎる。

 親バカってこういうのをいうのかな。


 端から見るとぬいぐるみ相手に話しかけている痛い女だ。

 でも、辻くんがドン引きしていないのなら、他の人にどう見られていたって構わない。


 辻くんは光の精霊にお礼を言って、私に向かって手を出した。

 私は小首をかしげる。


 あ、エスコートね! 


 差し出された手に自分の手を添えると、先導して歩き始めた。

 大きな町に入って数分後、都会に興奮した私はいつの間にか辻くんの手ではなく、肘に手を添えていることに気づいた。


 あれ、今日って買い物だよね。

 これだと、あれだ。

 まるで、デートみたい。


 チラッと辻くんを見上げると視線に気づき、爽やかな笑顔を向けられた。


「人が多いですから、はぐれないようにしてくださいね」


「うん」


 そっか。迷子予防か。

 私ってそんなにふらふらしてるかな。


 今日も辻くんにとってはただの買い物だ。

 一人で舞い上がっていて何だか恥ずかしい。

 私は熱を持った頬をパタパタと手で仰いで冷ましながら中心街へと歩き続けた。


 今日の目的は情報収集と村長の誕生日パーティー用の飾り付けに適した何かだ。

 雑貨店で購入したグッズの入った袋をぶら下げながら、適当に町を散策していると井戸端会議中の婦人たちの声が聞こえてきた。


「まだフェルド王子は見つからないんですって」


「ねー。婚約者のソーサラ家の娘が誘拐したって話よ」


婚約者ね。フェルド王子に婚約を破棄されてカッとなってっちゃったらしいわよ」


「えー。こわーい」


「私は王子を捕えて、国王陛下を強請ゆするつもりって聞いたけど」


「えー。ひどーい」


「じゃあ、次期国王は第一王子のガルザ様ってこと?」


「そうなるわね。陛下はフェルド王子を推していたみたいだけど、建国記念日にあんな騒動を起こして、生きているのかも分からないなら、ねぇ?」


 ふぅん。王都ではそんなことになっているのか。

 それにしても私が悪者すぎる。

 どんだけ悪い印象をもたれてるんだよ、リリアンヌ・ソーサラ。


 小さくため息をついていると、辻くんの腕が震えていることに気づいた。

 抱っこしているジーツーも「ガウ」と小さく鳴いている。


「えっと、辻くん? 大丈夫? 気分、悪い?」


「えぇ。最高に気分が悪いですね。ちょっと言ってきていいですか」


「気分って体調ってことね。体調が悪くないなら、このまま無視して行こうね」


「美鈴さんはいいんですか? あんなに好き勝手言われているのに」


「まぁ、ね。気分良くはないけど、仕方ないじゃん。私、悪役令嬢だし」


 納得いかないといった様子の辻くんが更に不機嫌になって、黙ってしまった。

 このままだと空気が悪いままジーツーの背中に乗ることになってしまう。それだけは避けたい。

 せっかくのお出かけなのだから気持ち良く帰りたいもの。


 何か良い手はないか、と見渡すとオシャレなカフェがあった。

 辻くんの腕に自分の腕を絡めて、小走りに引っ張る。


「ちょっと休憩。ねっ?」


 ムスッとしていた辻くんだったが、気持ちの切り替えは上手な方だから、すぐに険しい表情を解いてエスコートしてくれた。


「いらっしゃいませ。ご注文をお伺いします」


「えっと、じゃあ……」


 可愛らしい制服姿のウェイトレスさんに飲み物の注文を終えると、彼女は素敵な営業スマイルで言った。


「こちらのご注文でしたらカップル割引が適応できますので――」


 私は彼女の言葉を遮るように、しかし気分を悪くさせないように気をつけて告げた。


「カップルではありませんので結構です。お気遣いありがとうございます」


 一瞬の間。

 このままフリーズするかと思ったが、彼女はプロだった。「申し訳ございません」と短く謝罪し、それ以上のことは何も言わずに注文をキッチンに伝えに行った。


「ぷっ」


「え、なに!?」


 突然、我慢できなくなったように吹き出した辻くんに驚く。


「いや。美鈴さんだなっと思って」


「だって、嘘になっちゃうし。金額変わっちゃうから、詐欺じゃん」


 辻くんは再び吹き出し、ククククと喉を鳴らして笑い続けた。

 そんなに変なこと言ったかな?


「僕としてはカップルに見えているようで安心しました」


 安心? なんで?

 あ、そっか。用心棒を連れていると要人だと勘違いされるからか。

 さすが、辻くん。抜かりのない男だ。


 これで辻くんの機嫌も直ったし、飲み物も美味しかったし、一石二鳥だ。


 それにしても、あのウェイトレスさんの呆気にとられた不思議な顔は数日間は忘れられそうになかった。

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