第9話 カツオの魔力と精霊魔法

 魔王軍からのお誘いを受けて数日。

 私は相変わらず、辻くんが農作業を行う隣で魔力コントロールの特訓を行っていた。


 あの狼さんの言葉通りであれば、魔王様の手を借りれば私の魔力は安定するのだろう。

 だからこそ、ゲームの中のリリアンヌは魔王の配下としてメインヒロインを追い詰めることができたのだ。

 と、言っても最後は聖なる魔法でやられるんだけど。


 とにかく集中だ。

 一区画ごとに育てる野菜を分ける。

 トマト、にんじん、パプリカ、きゅうり、とか?


 4区画ではまだ魔力が大きすぎて放出時に引っ張られる。

 この前、辻くんと手を繋いだときと同じ感覚にならないなら、きっと間違っているんだ。


 ええい! ぶどうと紫キャベツも追加してやる。ついでに魚も畑で育ててやればいい!


 ヤケになって果物や魚まで私の畑で栽培することになってしまった。

 そのとき、暴れ回っていた魔力が落ち着いた。

 胸の中をチクチクと刺される感覚がない。


「7つか」


 私の魔力の畑は7区画に決まった。

 ちなみに辻くんが大切にしている畑は4区画だ。

 ふふん。私の方が多いぞ。


 首から下げたタオルで額の汗を拭い、腰を伸ばす辻くんの元へ歩み寄る。

 この人、王子様なんですよ。って紹介しても誰も信じてくれないと思う。

 なんで本格的な農家さんの格好なんだろう。

 見た目から入るタイプの人なのかな?


「おーい、辻くん! ちょっと聞いてー」


「美鈴さん! ちょうど休憩しようと思っていたんでご一緒します!」


 前言撤回。

 どんな格好をしていても彼は王子様だ。

 麦わら帽子の下で輝く瞳と白い歯が神々しい。オーラが強すぎる。


「……でも、よっこいしょは止めた方がいいかも」


「なんですか?」


「んーん。なんでもないよ。お疲れ様」


 冷やしておいた飲み物を渡すと一気に半分ほどを飲み干した。

 よほど喉が渇いていたのだろう。隆起した喉仏がせわしなく上下している。


「……男の子だ」


「飲みます?」


「あ、うん。ありがと。あ、でも」


 これって間接キスになるんじゃ。

 いやいや、今更じゃん。私たち一つ屋根の下で暮らしているんだよ?

 野宿もしたし、結構な至近距離で水浴びもしたし。


 でも、これは、ちょっと。


 硬直して最近購入した水筒の飲み口を見つめる私を不思議に思ったのか、辻くんが「どうしました?」と途中まで聞いて、変な声を上げた。


「ご、ごめんなさい! そうですよね。嫌ですよね! なんで、自分の分しか持って来なかったんだろうなー!」


「あ、違うの。えっと、辻くんが嫌かなって思って」


「僕は別に、その、嫌じゃないですけど」


 お互いに反対方向に視線を逸らす。


「じゃあ、いただきます」


 水筒の飲み口に唇が近づく。

 ふと、辻くんを見ると逸らしていた視線が私の唇をロックオンしていた。


「それはちょっと飲みにくいかなーって」


「あぁ! すみません!」


 あははは、と乾いた笑いを返して、体を反転させてから一口飲んだ。


「はい。ありがとうね」


 なるべく意識しないように水筒を返すと、辻くんは顔を真っ赤にしてそれを受け取った。

 乙女かよ。


 フェルド王子なら、「さっさと飲めよ。俺と一緒の水が飲めないのか」とか言うんじゃないかな。

 同じ見た目でも中身が違うだけで、こんなにも印象が変わるのか。


 それからもお互いの反応を見て照れてしまった私たちが日常会話できるようになるまでに数分かかった。


「それで、聞いて欲しいものってなんですか?」


「そうだった」


 試行錯誤の末、魔力の区画分けに成功したことを辻くんに報告する。

 さっきまでほのかにピンク色に上気していた頬が一瞬で真っ赤に染まった。


「ほんとですか!? すごいです! 僕の畑よりも多いですね。さすが美鈴さんだ」


 思わず吹き出してしまった。

 私と同じこと言ってる。


 恥ずかしそうに「なんですか?」と聞いてくる仕草が可愛い。

 手を出すと私の意図を察してくれた辻くんが握り返してくれた。


「いくよ」


 私の手を伝って、辻くんの中に1区画から魔力が流れ込む。

 魔族と対峙したときと違って、マラソン後のような疲労感はなかった。

 つまり、あのときはそれだけの量をしぼり取られていたということになる。


「あの天使ってそんなに魔力が必要だったの?」


「さぁ? 僕も無我夢中だったのでどうやったのか分かりません」


 私の魔力問題はほぼ解決したから次は辻くんの魔法問題だ。


「ねぇ、精霊魔法ってなに? 何か知ってる?」


「いえ。あれから、フェルド王子の記憶を必死に思い出しているんですけど、そんな言葉は出てきませんでした」


 私も聞いたことがない。

 アロマロッテの聖なる魔法とは別物なのかな。


「魔法、使えそう?」


「やってみます」


 目を閉じた辻くんの手のひらから浮かび上がる小さな光。

 やがて光は人型をつくり、水色の帽子を被った小人が現れた。


「妖精さんだ」


「そこは精霊さんでは?」


 珍しく鋭いツッコミをする辻くん。

 確かにその通りだから反論しなかった。


「何ができそう?」


「水の精霊だそうです。雨を降らせてもらいましょうか」


 コミュニケーションが取れるらしい。

 私には精霊の声が聞こえないから、辻くんだけの特権のようだ。


 水の精霊は私たちの頭上に飛び、小雨を降らせた。

 本当に辻くんの言う通りに行動しているみたいだけど、主従関係を築いている様子はなかった。


「畑の上で雨を降らせればいいのに」


「ダメです」


 きっぱりと否定されてしまい、軽くショックだった。

 表情に出てしまったのか、慌てた辻くんが身振り手振りをしながら弁解し始める。


「違うんです。こういうのは初めてだから。魔法に頼らないで自分たちの力で育てた野菜を食べたいなって思うんです」


「……そっか。ごめんね」


「魔法ってよく分かりませんし、もしも美鈴さんの体に害があると嫌なので」


 私の心配をしてくれているの?

 そうか。私が食中毒で寝込んでいる間にまた魔族が来たら困るもんね。


「ありがとう。畑も魔法も全部、辻くんに任せるよ。必要になったらいつでも言ってね」


 眩しすぎる笑顔を見せてくれる辻くんの肩をキックしている水の精霊に気づく。

 言葉は分からないけど、きっと自分の魔法を「よく分からない。害があるかも」と言われて機嫌を損ねたのだろう。可愛い。


「あ、そうだ。今、辻くんが持って行った魔力はカツオだよ」


「はい?」


 水の精霊も一緒になって、引きつった顔で私を見つめる。


「カツオの魔力って水魔法なんだね」


 何言ってんだ、こいつ。みたいな目を向けられているが、私はいたって真面目だ。

 だって、本当にカツオの区画から魔力を取られたんだもん!


 自分なりに一生懸命、説明すると辻くんはなんとか理解してくれた。

 水の精霊はまだ納得していないのか、尖った耳がピンと上を向いている。


「それなら、せめて青色の魔力とかがいいです」


「それ、採用!」


 辻くんのセンスに嫉妬した瞬間だった。

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