第8話 強制勧誘イベント

 もふもふで可愛いドラゴンをペットにしてからの生活はより楽しくなった。

 普段はぬいぐるみとして私に抱かれているか、ベッドの枕元にいるジーツーを見ているだけでニヤけてしまう。


「そういえばさ、勝手に連れて来ちゃって大丈夫だった? ジーツーってあの山の守り神的な存在だったりする?」


 私の腕の中にいるジーツーは首を横に振った。それだけで肌にソフトボアのような鱗が触れて気持ちいい。


「じゃあいいか」


 ゲームの中でもレッドクリフドラゴンが登場するのは一回だけで、ヒロインの聖なる魔法がどれほど凄いものなのか攻略対象たちに知らしめる為の噛ませ犬役にされている。


「あぁ、可哀想なジーツー。きみは私たちの家族だからね。絶対にザコ扱いはさせないからね」


 慰めながらベッドの枕元で寝てもらい、私は辻くんが大切に管理している畑へと向かった。


「あ、美鈴さん!」


「今日もお邪魔してていい?」


 二つ返事をしてくれた辻くんは今日もせっせと農作業に勤しんでくれている。

 手伝おうにも拒否されるから私は手持ち無沙汰になってしまった。


 そんなわけで畑の一画に立ち、右手に力を込める。

 私はまだ魔力の制御を完璧には行えない。

 人前での使用を禁止されているから、こうして隠れて練習しているのだ。


 しかし、一向に上達しない。

 イメージとしては体内にある膨大な魔力の一部を放出しようとしても、つられて動かしたくない魔力も一緒に出てきてしまう。

 そこで辻くんが考案した区画分けを行ってみることにした。


 一区画ごとに育てる野菜を分けている辻くん自作の畑と同じように、私の魔力をいくつかに分けてしまおうという作戦だ。


 よりイメージしやすいように畑を見ながらやっているのだけど、これがすっごく難しい。

 ただ立っているだけなのに汗が噴き出すし、集中力が切れるとイライラする。

 それでも特訓を続けた。


 しばらく経ったある日、強大な魔力の持ち主が村に近づいていることに気づいた。

 魔力を持たない辻くんに気づく様子はなく、洗濯をしてくれている。

 ジーツーに「しーっ」とジェスチャーして、辻くんには黙って追い払おうと村の入り口に向かうと二足歩行の狼が立っていた。


「……魔族だ。初めて見た」


 魔物と異なり、人の姿をして知能を持つ魔王の手下。


 なんでこんな辺境な土地に魔族がいるんだろう?


「魔王様の言った通りかよ。おい人間、なぜ貴様のような女がそこまでの魔力を有している?」


 これ、魔王軍への勧誘イベントだ!

 リリアンヌは国外追放された後に魔王の配下になるエンディングもあることを思い出して身構える。


 私はスローライフを送ると決めたのだから魔王軍に入るつもりはないし、ましてや国王軍として魔物や魔族と戦うつもりもない。


「私の魔力が多い理由は知らないよ。ゲームでも説明されてなかったし」


「ゲーム? 貴様、何を言っているのだ。まぁ、いい。魔王様が貴様をご所望だ。大人しくついてこい」 


「お断りします。私はどこにも行きません」


 さっさと帰って欲しくて、丁重にお断りしているのに狼の魔族はなかなか引き下がってくれない。

 よほど私の魔力に興味があるのだろう。まだ扱い切れないけど。


「貴様の魔力を安定させることができるのは魔王様だけだ。我らと来い。悪いようにはしない」


「素敵なお誘いだけど、私には辻くんがいるからなぁ。彼をほったらかしにはできないよ」


「では、その男がいなくなればよいのだな?」


 自分の失言に気づいた時にはもう遅かった。

 狼の魔族は俊敏な動きで村の中を突っ切り、小屋の扉を破壊して掃除中だった辻くんの胸ぐらを掴んだ。


「辻くん!」


「美鈴さん、逃げて!」


 こんな状況でも私の心配をする辻くんを放っておけるはずがない。

 渾身の力で体当たりしても片手で跳ね返されて地面に尻餅をついた。


「辻くんを放せ!」


 私の声を聞いて駆けつける村の人たち。

 女たちは悲鳴を上げ、男たちはくわかまを持って集まってくれたが魔族に歯向かうことはできなかった。


 ジーツーが顔を覗かせて喉を鳴らしているが、ここで本当の姿に戻ってブレスを吐かせるわけにはいかない。

 寝室に戻るようにアイコンタクトして、魔族へと向き直る。


「ごめん、辻くん。約束破っちゃうね」


 立ち上がり、体の中にある大部分の魔力を放出した。

 相変わらず扱い切れないただの魔力はいとも簡単に弾かれて離散し、キラキラ七色に輝く魔力だったものが空気中に溶け込んだ。


「この男と村人の命と引き換えだ。我らの元へ来い」


 このまま彼らを危険にさらすわけにはいかない。素直に従った方が賢明か。

 辻くんは私のわがままでスローライフに付き合わせているだけだし、訳ありの私たちを置いてくれている村の人たちにも迷惑をかけたくない。


 私は静かに頷く。 

 解放された辻くんが咳き込んでいる光景を目に焼きつけ、私は狼の魔族について行こうとした。


「美鈴さん!」


 叫び声を上げながら駆け出した辻くんが私の手を握る。

 今まで何度も触れ合ってきた二つの手。しかし、こんなにも強く握られたのは初めてだった。

 その瞬間、マラソンを走り終えた後に似たような疲労感と倦怠感に襲われた。


 私の魔力の一部が繋いでいる手を伝って、彼の中に流れ込んでいく。

 脱力する私の隣で彼は初めて魔法を発動させた。


「なんだと!?」


 呼吸を忘れて目を見開く。

 驚愕きょうがくする狼の魔族はどこからともなく現れた天使のような人型のモンスターによって体を貫かれていた。


「まさか、精霊魔法の使い手、だと」


 やがて魔族の体がボロボロになって消滅していく。

 それを見届けてから顔の見えない天使は辻くんに一礼して姿を消した。


「美鈴さん、大丈夫ですか!? お怪我は!?」


「大丈夫! 今のなに!? 辻くん、実は魔法が使えたの!?」


 お互いに別の意味で興奮していて会話が成立しない。

 そんな私たちに向けられる視線。ずっと隠していた魔法を見てしまった村人たちのものだ。

 きっと追い出されるに違いない。私はおそるおそる彼らの方を見た。


「すげぇな、ツジ! ミスズ!」


「魔法が使えるなら最初から教えてくれよ!」


「魔族をやっつけるなんてすごいわ!」


 私の心配は杞憂きゆうだったようだ。

 私がここにいるせいで村を危険にさらしてしまったのに感謝されるとは思っていなかった。

 ゲームのシナリオ通りならリリアンヌは人々の優しさに触れる機会がなく、魔王側に行ってしまう。しかし、私は彼女とは違う。


 私を受け入れてくれる辻くんとこの村の人たちを守りたい。

 そのためには強大すぎる魔力をコントロールし、私たちに降りかかる火の粉を払えるようにならないと。


 すっかり忘れてたけど、精霊魔法ってなに!?

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