第7話 もふもふを飼う悪役令嬢

 こうなった私は誰にも止められないことを辻くんは学んだのだ。

 だから、今回も黙って私の後ろでサンドイッチの入ったバスケットを大切に持っていてくれる。


 絶対に一人で逃げるような真似はしない。

 最初、「いざって時に一人で逃げ出しそう」って言ったことを謝らないといけないな。


 そんなことを考えながら、ゆっくりとドラゴンに近づく。

 先日の熊の魔物よりも巨大な生命体。喉をグルルルと鳴らしているドラゴンの足に触れようとしたら炎を吐かれた。

 あろうことかドラゴンが標的にしたのは私ではなく、辻くんだった。


 私の中では数多あまたの生物の中で最強なのはドラゴンだ。それなのに魔力を持たない辻くんを狙うなんて信じられない。

 卑怯だ。


「やめてよ。まだ辻くんのサンドイッチ食べてないんだからさ」


 彼の前に飛び込み、ドラゴンの吐いたブレスと同等の魔力をぶつける。

 正確にはちょっと多かったかも。


 私の手から放たれた魔力はブレスを相殺し、周辺の草木を焼いた。


 絶対に辻くんには手出しさせない。

 それが衣住食を約束してくれる辻くんに出来る唯一の恩返しなんだから。


「まだやる? 言っとくけど、辻くんの趣味はドラゴンの解体ショーを催すことだよ」


 自分でも驚くほどに低い声だった。

 それは辻くんも感じていたのだろう。彼の不安な雰囲気を感じる。

 だから、少しでも辻くんが安心できるようにいつも通りの冗談を言っておいた。


 辻くんはやっぱり私の言葉を真に受けたのか、首と手を横に振っていた。


 同時にグクゥと喉を鳴らすドラゴンが大人しくなった。

 さすが辻くん。ドラゴン界にも彼の卓越した包丁捌きの噂が轟いているのだろう。 


「美鈴さん。多分、魔力が漏れ出ています。レッドクリフドラゴンが怯えていますよ」


 怯える? この私に?

 辻くんのことが怖いんじゃないの?


 言われた通りに魔力を体内に収めて息をつく。


「やめよっか」


 こちらに敵意がないことを察したのか、ドラゴンも四本の足を折って伏せの体勢になった。


 この世界のドラゴンって賢いんだね。

 ゲームの中ではヒロインの聖なる魔法でしか追い払えなかったはずだけど、私の言葉を理解しているようだった。


「……お手」


 右手を差し出すとドラゴンは前足をちょこんと置いた。

 この子にとってはちょこんでも、人間にとっては会心の一撃だ。

 弾みで巨大な爪が私の腕を引き裂いた。


「うわぁ」


 とっさに魔力を放出して雑な回復と修復を終える。

 これも正しい回復魔法ではないから、なんとなくでやっているだけ。


「もうダメだよ。同じ目に遭わせるよ? あれ、辻くん?」


 私の半歩後ろにいたはずの辻くんが無言で歩き出し、ドラゴンを見上げて何かを呟いている。


 何を言っているんだろ。


 そんなに近づいて、さっきみたいに傷つけられたらどうしよう。

 用心棒失格になっちゃう。嫌われちゃう。


 辻くんの心配をしている振りをして、私自身の心配をしている自分が嫌になった。


 いつでも飛び出せるように待機していると地面が揺れて、土煙が舞い上がる。


 ――しまった!

 

 魔力の風圧で視界をクリアにした私の目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。


 仁王立ちする辻くんにお腹を見せているレッドクリフドラゴン。

 服従を示しているドラゴンの耳元で辻くんは何かを囁き続けている。


 次第にドラゴンの体が小さくなっていき、やがてぬいぐるみの大きさまでサイズダウンしてしまった。


「どうぞ。美鈴さんにプレゼントです」


 満面の笑顔で小さなドラゴンの頭を掴んだ辻くんは、瞬きしながら広げた両手の上に置いてくれた。

 その手触りは本物のぬいぐるみのようだった。それも安っぽいものではなく、お高めのぬいぐるみ仕様だ。


「もふもふ。可愛い」


 肌触りが良すぎてずっと頭や背中を撫でている私の前で辻くんがニコニコしている。

 私に抱かれるドラゴンは翼の付け根をなぞるとゾワゾワと体を震わせた。


「ありがとう!」


 辻くんが笑うと私の手の中のドラゴンがビクッと硬直するから彼らの中で上下関係がはっきりしたのだろう。

 さすが。決めるときは決める子だ。格好いい。

 それにしても、ヒロインの聖なる魔法よりも強力な言霊を持っているのかな?


「じゃあ、ハイキングの続きをしましょうか」


「そうだね。きみも一緒に行こうね。ジーツー」


「……それの名前ですか?」


「それ呼びは可哀想だよ。辻くんからのプレゼントだからジーツーにした」


 こうして私はぬいぐるみドラゴンを抱きながらハイキングを楽しみ、山頂で辻くん特製サンドイッチを堪能した。

 もちろん、ジーツーにも分けてあげた。

 丁寧にお辞儀してサンドイッチを食べる仕草が最高に可愛い。ただ、辻くんの顔色をうかがいすぎでは?


「足、疲れちゃったな」


 帰り支度中、無意識のうちに小声で独り言を呟いてしまった。

 距離的には絶対に聞こえていないはずなのに、辻くんがぬいぐるみサイズのドラゴンを鷲掴みにして、またしても何かを囁いている。


 すぐに元のサイズになったレッドクリフドラゴン。

 貫禄のある姿を見上げていると、ジーツーはしゃがみ込み、背中に乗るように首を振った。


 結局、ジーツーの背中に乗せてもらって山を下ることになった。


「快適だね。もう私と一緒に飛ばなくていいね」


「そ、そうですね」


 辻くんの顔が引きつっている。

 トラウマを呼び起こしてしまったのかもしれない。



◇◆◇◆◇◆



「はい。おじさん、これでしょ」


 ジーツーの背中にくくりつけた荷馬車を渡すと商人の男性はガタガタと歯を鳴らし、腰を抜かしてしまった。


「あぁ! この子ですか? ごめんなさい。この子はスープにしないので別の料理でいいですか? 辻くん、もう一食用意できるー?」


 台所から間延びした返事が聞こえた。


 これから暗くなるから出発は明日の朝にした方がいいと忠告したのに、商人はフェリミエールの絵画といくつかの宝石を置いて村から出て行ってしまった。


 顔を見合わせるドラゴンと私。

 肩をすくめるとジーツーはぬいぐるみサイズになって私の腕に飛び込んできた。


「ひどいねぇ。人もドラゴンも見た目じゃないのに。こんなに可愛いのに」


 私はペットとして迎えたレッドクリフドラゴンのもふもふを撫でながら辻くんの待つ台所へ向かうのだった。

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