第6話 サンドイッチが楽しみなの

「ハイキング。それは自然の散策を楽しむこと」


「そうですね。だから山頂まで登る必要はないんですよ?」


「ダメだよ、辻くん。この世界を見下ろしながらサンドイッチを食べよう。絶対に気持ちいいよ」


 今日の私はご機嫌だ。

 なんてったって辻くん特製サンドイッチの入ったバスケットを持ってお出かけをしているのだからな。


 事の発端は小さな町から村へと続く道で生き倒れていた商人の発言だった。


◇◆◇◆◇◆


「この先にあるクリフマウンテンでドラゴンに吹き飛ばされたんだ。山腹さんぷくに売り物を全部置いてきてしまった。もしも、取ってきてくれるなら王都で売る予定だった絵画をお礼に渡すよ」


 熊肉のスープにがっつく商人が手を止めて悲しげに語る。

 どこかで聞いた話だな、とうなっていると隣で辻くんがボソッと呟いた。


「フェリミエールの絵画、ですかね」


「それだ!」


 ゲーム内のイベントの一つだ。

 本来ならフェルド王子ルートでメインヒロイン(プレイヤー)が一緒に山を登り、そこにいるドラゴンを追い払うミニゲーム要素のあるイベントだったはず。


「でも、フェリミエールの絵画って使えないんだよね」


「そうなんですか?」


「ただの絵なんだよ。確かに高値で売れるんだけど、それだけなんだよね。後の必須アイテムでもないんだよ」


 そんな雑談をする私たちに向けられている視線に気づき、顔を向けると商人が青ざめていた。

 フェリミエールの絵画が高価なのは間違いない。ゲームの中ではトップクラスの値段で売却できる。しかし、今の私たちは防御力の高い服を買ったり、杖や剣のグレードアップをする必要がないからお金がありすぎても困るのだ。


 仮にもらったとしても埃を被らせてしまうだろう。

 今後、立派な家に済むのであれば壁に掛けるのもありかもしれないけど。


「あああ、あんたら何者なんだ。フェリミエールの絵画をただの絵なんて言えるのは王族くらいだぞ」


 そうです。辻くんは正真正銘の王族なんです。

 それは秘密だから、お口チャックしてにっこりと微笑んでおいた。


「絵画はどうでもいいけど、レッドクリフドラゴンには会ってみたいから行こうよ。ハイキング」


「ハイキング……」


 またしても化け物でも見るような目を向ける商人の男。

 まだ話が通じる方だと思ったのか商人は辻くんに期待の眼差しを向けた。


「んー、そうですね。ハイキングならおにぎりよりもサンドイッチの方がいいかもですね。ハムサンドと、卵サンドと、この前の魚でツナマヨネーズも作れるかな。あとは……カツですね」


「サンドイッチ!? やった! 俄然、やる気が出たよ。安心して、おじさん。ちゃんと荷物を持って帰ってきてあげるからね」


「間違ってもドラゴンに手を出すなよ」


「分かってる!」


 頭を抱える商人を他所よそに私たちはサンドイッチの中身について熱く語り合ったのだった。


◇◆◇◆◇◆


 さて、そんな回想をしつつも景観を眺めて足を動かす私たちはクリフマウンテンの中程まで登ってきた。

 この山にはレッドクリフドラゴンという真っ赤な壁のような鱗を持つ龍が棲み着いていると噂されている。

 実際にゲーム内に登場するので噂ではなく事実なのだが、ドラゴンという凶暴な生物の討伐に繰り出す猛者はいないらしい。


 今回のように商人が山を越えられないのであれば、もっと大きな問題になると思うけど。国だって暇ではないのだろう。


「美鈴さん、きっとあれですよ」


 辻くんが指さす先には商業用の荷馬車が置かれていた。

 しかし、その荷馬車を引いていたであろう馬が見当たらない。

 商人が逃がしたのか、それとも食べられちゃったのか。上手く逃げられているといいな。


 荷馬車の中を確認すると、フェリミエールの絵画の他にも美術品や宝石や貴金属が積まれていた。


「任務完了ですね。この辺でランチにして帰りましょうか」


「なんで? レッドクリフドラゴンに挨拶しようよ」


 至極真っ当なことを言っているつもりなのに辻くんは額を押えて、困ったような、どこか期待していたような複雑な表情を向けた。


「辻くんもドラゴン見たことないでしょ?」


「まぁ、普通に生活していたらないですね」


「じゃあ、見なきゃ。セカンドライフは自由に生きるんでしょ」


 彼の手を取り、走り出す。

 なんやかんやで一緒になって走ってくれるから、きっと辻くんもドラゴンを見たかったんだと思う。少しだけ勇気が出なかっただけかな。


「着いたー! って着いちゃったじゃん。ドラゴンどころか、魔物の一体もいなかったし。つまんないじゃん!」


 ブーブー文句を言う私の隣で辻くんが微動だにせずに何かを呟いている。

 なになに? とわざとらしく耳を近づけると、彼はどもりながら震える手で茶色の壁を指さした。


「ただの壁じゃない?」


 何度も首を振る辻くん。いわく、壁が動いたとのこと。


「お姉さんが確かめてあげよう」


「ちょっ!? 待ってください。不用意に近づくと!」


 壁に触れたとき、岩肌とは違うと直感した。

 じっとり湿った固い鱗。その下には確かに熱を帯びていた。


「これって」


 一歩、後退る。

 その瞬間、茶色の壁が動き、獰猛どうもうな瞳が私をじっと見ていた。


 あ、これまぶただったんだ。


 そんな暢気のんきな感想を抱きながらまた一歩、後退った。


 茶色の壁が剥がれ落ちて次第に色づく。

 それは真っ赤に染まり、巨大な歯の生える大きな口でけたたましい咆哮を上げた。


「ドラゴンだぁぁ!」


「だから、目をキラキラさせないでください! 早く逃げましょうよ!」


 今回は腰を抜かさなかった辻くん。

 しかし、私の腕に抱きつき、必死に道を引き返そうと引っ張る。


「待って。かっこいい」


「本物のレッドクリフドラゴンはマズいですって。ブレス一発で山を焼くって言ってましたよ! 実際に来た道の途中は焼け野原だったじゃないですか!」


だよ。まだ山頂から世界を見下ろしてないし、辻くんのサンドイッチ食べてないもん」


 恐怖を通り越して、呆れた辻くんのため息を聞きつつ、私の前に立ち塞がるドラゴンを見上げた。

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