第5話 魔物を狩る悪役令嬢

 村での生活にも慣れてきた頃には、辻くんの料理スキルが更に上達していた。


「どうぞ、召し上がってください」


 豪勢な朝食に目を丸くする。

 なんと焼き魚定食が置かれたのだ。


「こ、こ、これは! まさか、お米!?」


「米もどきです。本物はもう少し待ってくださいね」


「待つよ。いつまでも待ってるよ! いただきます!」


 はしたなくがっつく私は米もどきと焼き魚を順番を食べて唸った。

 最初は焼き肉や鳥の丸焼きばかりの生活になるかと覚悟したけど、料理上手な辻くんのおかげで栄養バランスも良好だった。


「今日も美味しい。おかわりしたくなっちゃう」


「たくさんあるのでどうぞ」


 そんな彼は満足そうに汁物の入ったお椀に口をつけている。

 辻くんにとっても納得の味だったらしい。


 そういえば、今日もこれから料理教室の講師をすると言っていた。

 辻くんが来てから村人たちの栄養失調問題が解決し、狩りや農作業の効率が上がっている。


 そんな日々を送っていたある日のこと。


「熊が出たぞ! 今日は村の外に出るなよ!」


 男たちが村中を駆け回り、注意を促していた。

 あらゆる獣が出没する森の近くにある村だが、熊が出ることは滅多にない。少なくとも私たちが越して来てからは初めてだった。


「辻くん、熊だって!」


「そんなに目をキラキラさせないでくださいよ。怪我したらどうするんですか?」


「魔力で何とかするよ。そもそも、怪我なんてしないし」


「ダメですよ。人前での使用は禁止にしたはずです」


 相変わらず辻くんは心配性すぎる。

 せっかく二度目の人生なのだから思いっきりスローライフを楽しんだ方がいいと思うんだけど、彼は安定志向らしい。


「とにかく、このまま熊を放置して村の人たちを危険にさらすのはマズいと思うんだよ!」


「ダメなものはダメです! 美鈴さんに万が一のことがあったら僕は耐えられません」


 今日もまた嬉しいことを言ってくれた。

 確かに用心棒がいなくなったら困るだろうからね。精神的なストレスに耐えられないのは理解できる。

 だけど、私は自重するつもりはない。


「分かったよ。じゃあ、食料をかってくる」


「買ってくるんですね」


「そうそう。かってくるの」


 小さな町に行くのも数時間がかりなのに辻くんが私を一人でお使いに出した理由は実に簡単だ。

 それは村の中に小さなお店ができたから。


 お店といっても大した物は売っておらず主に食料品だ。

 海で捕れた魚の乾物とか。あとは山で採れるキノコ類。たまに訪れる商人から買ったものが並べてある。


 私は村を突っ切り、そのまま外に出た。


「さて、森のクマさんはどこかなー?」


 少し歩くとなぎ倒された大木が行く手を阻んでいた。

 木をまたぎ進む。そこにいたのは私の知っている熊ではなかった。

 体の大きさは倍以上で、爪の一振りで木々をなぎ倒している。


 こいつ、魔物かな?


 パキッと小枝を踏みしめた音が鳴り、巨大な熊が俊敏な動きでこちらを向いた。

 その目は真っ黒で、視線を外すとすぐにでも飛び掛かってきそうな雰囲気だ。


「辻くんが勘づく前に帰りたいんだよね」


 私のつぶやきを合図にしたように熊が走り出す。

 真っ正面から受け止めたらタダでは済まないだろうから、そのまま彼の体重を利用させてもらおう。


 私は右手を突き出して、遠慮なく魔力を放出した。

 たったそれだけ。

 全速力で走ってくる熊は頭突きの姿勢のまま魔力でできた壁にぶつかり、そのまま気絶した。


 最近、気づいたことがある。

 私の魔力はただの魔力で、それを構築して魔法を発動させることはできない。

 だけど、魔力の形や放出量は少しずつコントロールできるようになっていた。


 つまり、私の戦闘スタイルは膨大な魔力で敵をぶん殴っているだけ。

 なんて野蛮な戦い方なのでしょう。本当はもっとエレガントに決めたいんだけど。


 私は難なく討伐した巨大な熊を引き摺りながら村へと戻った。

 あんぐりと口を開ける村人を気にせずに凱旋がいせんする。


「ただいま。狩ってきたよ」


 家の扉を開けると目を丸くした辻くんが私の顔と背後で伸びている熊を何度も見比べていた。

 そして、鍋とおたまを落とした辻くんが目にも留まらぬ動きで私の背後に回り込み、全身チェックが始まった。


「買ってくるって言ってましたよね!?」


「狩ってくるって言ったね」


「日本語の複雑性を利用するなんて卑怯です!」


「ハハハハ」


 この世の終わりを見たような顔だった辻くんは無傷の私に安堵したのか、一転して頬を膨らませた。


「僕は美鈴さんを大切にしたいのにあなたを守ることができない。弱い自分が許せない」


「辻くんは弱くないよ。毎日きみの料理を食べられるから私は元気なんだよ。それに私としても辻くんを大切にしたいから、きみに無理をさせるつもりはないよ」


「――っ! なら、美鈴さんが僕を大切にするよりも、もっと美鈴さんを大切にして幸せにします!」


「えっ。お、おぉ。ありがとう」


 絶対に譲らないといった様子の辻くんに気圧されて、面を食らってしまった。

 今でも十分なスローライフを送れて幸せなんだけど。


「と、とりあえず、今日の夕飯は熊肉だよ。魔物っぽいけど辻くんなら美味しく料理できるよね? 大量だから村の人たちにもお裾分けしてあげたいな」


「美鈴さんは優しすぎます。村の人たちの安全と食料問題を一緒に解決するなんて控えめに言って神です」


 そんなに褒めても何も出ないよ?

 眉をひそめて微笑んだつもりなのだが、なぜか辻くんは赤面して熊の解体ショーを始めてしまった。

 いつもよりも手早いのは気のせいかしら。


 人生初の熊肉は絶品だった。

 さすが辻くんだ。生臭さもないし、魔物特有の瘴気しょうき臭さもない。

 一口頬張れば歯を跳ね返すほどの弾力の次に肉汁があふれてくる。


 村の人たちも魔物の肉を食べるのは初めてだったようで最初は躊躇っていたが、私の豪快なかぶりつきっぷりを見て、目をつぶりながら一口かじって絶叫した。


「美味い!」


 一人が絶賛すると、続々と肉を切り分けてハフハフと口から湯気を吐き出しながら咀嚼しては感動していた。

 子供たち用に味付けをして食べやすいハンバーグにした辻くんには素直に脱帽だ。


「美鈴さんもどうぞ」


「でも、これって子供たちのじゃ」


「大丈夫です。美鈴さんの分も作ってありますよ」


 そんなに羨ましそうに見つめていたつもりはないけど……。

 彼にはお見通しだったようだ。

 差し出されたお皿に置かれたハンバーグにほっぺたが落ちそうになる。


「なんだこれ! ツジ! お前は本当に料理上手だな!」


「俺の娘の婿に欲しいくらいだ」


「ダメよ。ツジにはミスズちゃんがいるんだから!」


 酒樽を空けている大人たちはご機嫌に好き勝手言っている。

 私たちは顔を見合わせて顔を赤らめた。


 別にそういう関係じゃないんだけど。

 むしろ、婚約破棄されているわけで……。


「ミスズ、魔物の討伐を心から感謝する。あなたは村の女神だ」


 村長からの言葉に驚く。


 私が女神……? 悪役令嬢ではなくて?


「いえ、そんな、女神だなんて」


「そうです! 美鈴さんは女神です。いやー、美鈴さんが褒められるのは嬉しいな」


 やっぱりずるいと思う。

 そんな笑顔を向けられると何も言い返せない。

 割れんばかりの拍手をもらい、恥ずかしくなって席を外した私は一人井戸の前で息をついた。


「私だって、辻くんが褒められると自分のことのように嬉しいんだけど」


 彼も同じ気持ちを抱いていることを知って安心したことは、私の心の中だけに留めておこう。

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