第4話 勘違いの入り口

「ミスズ、そっちに行ったぞ」


「オッケー! 任せて!」


 辻くんに言われた通り、私は魔力を使わずに狩りに参加するようになった。

 今日の獲物はイノシシのような獣。脂が乗ってて美味なお肉だ。

 思い出すだけでよだれが出そう。

 と、言っても料理人の腕がいいから臭みもなく、美味しくいただけているだけで未処理だったらとても食べられたものではない。


「今日も良かったぞ、ミスズ。こっちはいいから早く帰れよ」


「旦那がうるせぇだろ」


 ガハハハと豪快に笑う男たちに「旦那じゃないって」と文句を言い、無事に捕獲した獣の処理をする彼らよりも先に我が家へ向かう。


「辻くん、帰ったよー」


 私が言い終わるよりも早く掘っ立て小屋から出てきた辻くんは、ぐるっと全身をくまなくチェックして質問攻めしてくる。


「大丈夫だって。今日も網をかけるだけなんだから」


「それでも心配なものに変わりはありません」


「じゃあ、ついて来ればいいじゃん。あ、ごめん」


 辻くんは男たちのリーダーから狩りの出禁を喰らっている。

 剣技に優れているフェルド王子とは思えない動きで凡ミスを続けるものだから出禁になってしまったのだ。


「男なのに魔法が使えず、家事しかできなくてすみません」


「なにを言う。私だって魔力制御は大の苦手だよ。家事はできなくはないけど、やらなくていいならやりたくないし。男とか女とか関係ないから。辻くんは優秀だよ。すごいよ!」


 辻くんのへこみ顔は放っておけなくなる不思議な魅力がある。

 私も極力傷つけたくないのだけれど、つい強く言ってしまうときもある。今後も良好な関係を築くためにも気をつけたいところだ。


「誰よりも優しくて、こんなガサツな女と一緒にいてくれてありがとう。本当に感謝しているんだよ」


「美鈴さん。僕はあなたのそばにいてもいいんですか?」


「もちろんだよ。私が快適なスローライフを送れているのは辻くんがいてくれるおかげだよ」


 安堵したように瞳を潤ませる彼はまたしても私の手を取った。


「僕、美鈴さんを大切にしますからね」


「うん。そうして。私もそうするから」


 こう言っておけば大丈夫。辻くんのメンタルは保たれたはずだ。

 私は膨大な魔力を持っているから用心棒として側に置いておいて損はないはず。是非とも大切にして欲しい。

 ちょっと魔力の扱いが下手くそだけど。ちょっとだけね。


 辻くんは家事が得意で好きって言ってくれたから私も彼を大切にするつもりだ。

 一国の王子様に家事をさせるなんて我ながら畏れ多い。でも、やりたがるんだから仕方ないじゃない。



◇◆◇◆◇◆



「ちょっと町に行ってくるね」


「僕も一緒に行きますよ」


「辻くん、初めてのおつかいじゃないんだからね。私は大人の女性なんだから一人で買い物くらいできるよ」


「ここは異世界なんですよ。魔法を使う暴漢に襲われたらどうするんですか?」


「守ってくれるの?」


「もちろんです」


「へぇ」


 辻くんは珍しく腰に剣を装備して外に出た。式典用の豪奢な剣だ。


 二人肩を並べて雑草まみれの道を歩く。

 滅多に馬車も通らないから舗装なんてされていない田舎の道。

 街灯なんてないから、日のあるうちに帰らないと道に迷ってしまうだろう。 


 この村から大きな町まで行こうとすると何日もかかってしまう。

 でも、小さな町であれば、徒歩でも数時間で着くのだ。

 私一人なら飛んでいけば距離なんて関係ないけど、辻くんが一緒だと気絶しちゃうから歩くしかなかった。


 しばらく雑談しながら進むと、見るからにガラの悪い連中が道の真ん中でたむろしていた。

 元の世界なら遠回りしてでも目的地までたどり着けるが、今は進むか回れ右するかの二択しかない。

 私は迷わず進んだ。


 辻くんは半端遅れて、肩を並べる。

 出発前に「守る」と約束した手前、自分一人だけで引き返すのは気が引けるのだろう。


「おい、誰の許可を得てこの道を通っているんだ。通行料を出せ。それか女を置いていけ」


 毅然とした態度で進み続けたが、案の定、絡まれてしまった。

 そのとき、頭の片隅で記憶が蘇る。


「こんなイベントあったな」


 フェルド王子が切り捨てるシーンだ。

 ゲームの中ではメインヒロインを助け出すストーリーになっていたことを思い出した。

 

 そっと隣を見る。辻くんは足を震わせながらも一歩前に出て、私を庇うように男たちと対峙してくれた。


「分かりました。手持ちがこれしかないので、これで勘弁してください」


 そう言って辻くんは腰の剣を渡して、頭を下げた。


「兄貴! こりゃ、高く売れますぜ」


「これで三日ぶりに飯が食えるぞ!」


 威圧していた男の顔が綻ぶ。

 彼らがたむろしている場所が見える木の影から更に幼い子供たちが顔を覗かせていた。

 どの子も痩せていてボロボロの服を着ていた。


「気づいてたの?」


「あの子たちですか? まさか。そんな余裕なんてないですよ」


 辻くんは怒るでも、憐れむでもなく無表情だった。


「本当ならかっこよく剣を抜いて戦ったり、追い払ったりするんですよね? すみません、ダサくて」


「ううん。人のために頭を下げるなんて簡単にできることじゃないよ。それも出会ってまだ数日の女のためになんて」


「僕の頭一つで大切な人を守れるならいくらでも下げますよ。……昔から自分でも嫌になるくらい臆病なんです」


「私はその臆病に助けられたんだよ。辻くんは優しすぎる。悪い人に騙されないようにね」


 剣を持って走って行ってしまった男たちの背中が遠ざかっていく。

 私たちは無言で歩き出した。


 小さな町で買い物を終えて店を出ると、小雨が降っていた。


「傘、買おっか」


 とても傘とは呼べない代物だ。

 慣れ親しんだビニールの素材ではなく、ずっしりと重い。

 女なら両手を使わないと持てないものだった。


「あ、一本でいいです。おいくらですか?」


 辻くんがスマートにお会計を始めた。

 傘の重さを確認しているところを見られたのだろうか。

 それともお金が足りなくなったのかな。


「美鈴さん、一緒に入ってもらってもいいですか?」


「うん、ありがとう」


 しとしと降る雨の音が心地よい。

 元の世界と違って嫌な臭いもしない。


「傘、重くない?」


「大丈夫です」


 片手で傘を、反対の手で買った日用品を持つ辻くんの腕を見つめる。

 決して軽くはないはずだ。その証拠に筋肉が張っている。

 それでも辻くんは最後まで傘を動かさなかった。


「……ダサくなんてないよ」


「ん? なんですか?」


「なんでもないよ。さぁ、今日の夕飯は何かなー」


 私たちが家に着く頃には雨はすっかり止んでいた。

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