第3話 スローライフの始まりはお説教から
徒歩移動が面倒になった私は魔力に頼ることにした。
「魔力ってどうやって放出するんだろ?」
「さぁ。僕は、というかフェルド王子も知らないみたいです」
「だよね」
何度やっても魔力をコントロールしている自分を想像できない。
マリリの森を焼いた……こほん。襲ってきた魔物を追い払ったときのような感覚をどうしても思い出せなかった。
「美鈴さんの直感に従ってみてはどうでしょうか」
辻くんのアドバイス通りにやってみる。
風がぶわっとなって、髪を広げながら空を飛ぶ感じ。
目を見開き、右手に力を込めると体内で渦巻く膨大な魔力が一斉に解き放たれた。
「できた! 辻くん!」
「はい!」
左手で辻くんの手を握り、空へと舞い上がる。
それからは目を開けていられない程の速さで空を飛び、いくつもの町や山や森を越えた。
「ここどこだろうね。分かんないけど、丁度よさそうだよ。ねぇ、辻くん。返事してよ」
地面を削りながら着地した私は辻くんが買ってくれたスカートについた土埃を払う。
せっかく買ってもらったばかりなのに裾がボロボロになってしまった。
グロッキーな辻くんのだらしなく開けた口から魂が抜けそうになっている。
こんな見知らぬ土地で一人ぼっちは嫌だから魂を戻してあげると薄く目を開き、辺りを見回してからもう一度気絶した。
「あーあ。これじゃ、先が思いやられるなぁ」
仕方なく一人で上空から見えた村に向かうと、思いのほか多くの人が出迎えてくれた。
「こんにちは! この村に住まわせてもらいたいんですけど、手続きって何かありますか?」
小さな村の村長は立派な髭を蓄えたサンタクロースのような人だった。
少しでも同情してもらえるようにお涙ちょうだいの話を披露し、見事に村の男性たちを味方につけた。
服装のボロボロ具合も相まって、女性たちからもよしよしと慰められた。
話を聞くと、この村は自給自足を常としているらしい。
大きな町に行こうにも片道数日を要するため、基本的に村から出ることはないらしい。
「ちなみにこの国の王様の名前は知っていますか?」
最年長である村長の口から飛び出したのは全然知らない人の名前だった。
それ以外の若い連中はポカンとするだけでお話にならない雰囲気だ。
「好都合だ」
「なにか?」
「いえいえ、こっちの話です。それで私たちは受け入れてもらえるのでしょうか。絶対にご迷惑はおかけしません。いや、最初は迷惑しかかけないと思いますが、きっと役に立ちますから!」
もう一度、頭を下げると村長も村の人たちも快く受け入れてくれた。
◇◆◇◆◇◆
「ここは!?」
「おはよう、辻くん。早速だけど、この村に住むことになったからよろしくね」
「ほんとですか!? ありがとうございます!」
確信した。この人、天然の人たらしだ。
私の手を握って何度も感謝を述べる辻くんは犬にしか見えない。
王子様を犬扱いする悪役令嬢なんて印象が悪すぎる。
この村の人たちは私たちのことも知らないみたいだし、情報に疎くてよかった。
起きた辻くんを連れて村長の家に向かうと、あまりのキラキラ笑顔にやられた女性たちの目がハートになっていた。
「さっきも自己紹介した通りで、私はミスズです。こっちの彼はツジです。よろしくお願いします」
「変わったお名前ですね。掘っ立て小屋ですが、好きに使ってください」
空き家になっている未来の我が家の掃除をすることになった。
キッチンとリビングと寝室しかない狭い家だ。でも、雨風を凌げるならそれで良い。
腕まくりをした私は右手に力を込める。
頭の中に魔力をイメージして、「ふん!」と気合いを入れる。
「ちょ、ちょっと! 美鈴さん、待った!」
おしい、辻くん。もう少し早ければ間に合ったのに。もうやっちゃったよ。
逆巻く魔力は掘っ立て小屋の屋根を吹き飛ばし、壁を崩壊させた。
それから小一時間後。
「いいですか、美鈴さん。僕たちは元日本人です。日本人は魔法を使いませんよね。過ぎる力はその身を滅ぼすと偉い人が言っていました。美鈴さんは魔力の制御が苦手なんですから、人前での使用を禁止にします。村長さんのご厚意を無駄にするような真似は絶対にダメです。聞いていますか、美鈴さん。返事が聞こえませんよ」
くどくどくどくど。ネチネチネチネチ。
辻くんって意外と面倒くさいタイプだ。
これから長い付き合いになるはずだから、ご機嫌を損ねないようにしよう。
「家は僕が直しますから美鈴さんは大人しくしていてください」
「はい」
住居は辻くんに任せて、村から森へと向かう。
そこにいる男たちは異様な緊張感に包まれていた。
彼らの視線の先には鹿のような獣がいる。
これが狩りの現場か。初めて見た。
見事に弓矢で鹿を仕留めた男たちに小さく拍手を送り、彼らとは別の方向へ進む。
空を見上げると大きな鳥が旋回していた。
「たしか、こうやって狙いを定めて撃つんだよね」
弓は持っていないから銃に見立てた人差し指を空に向ける。
「バンっ! なんちゃって」
その瞬間、指先から放たれた魔力の塊が鳥の羽を貫いた。
「うそ、でしょ」
ふらふらと落ちてくる鳥を捕まえて、得意顔で帰宅したのだけど……。
「いいですか、美鈴さん。いくら自給自足と言っても生態系を無闇やたらにですね……」
村の人たちは「初めてでこいつを捕まえるなんてすげぇ!」と褒めてくれたのに、私は辻くんの前で正座させられている。
あの短時間で掘っ立て小屋を作り直し、村の女性たちに混じって夕食の準備を始めていた辻くん。
日曜大工のみならず家事全般をそつなくこなし、私を叱りつけるなんてハイスペック男子すぎるぞ。
「まぁまぁ、ツジ。ミスズも反省しているみたいだし、今日は二人の歓迎会なんだからその辺にしておきましょう」
「そうだぜ。滅多に食えねぇ鳥だから早く食おうぜ」
渋々納得した辻くんに謝り、豪勢な食事が始まった。
その日の夜、私たちは別々のベッドに横になった。
全然ふかふかではないけれど、野宿に比べればマシだ。
それに気を遣われている。明らかに私のマットレスの方が分厚かった。
「……優しい」
1日中、動き回って疲れてしまったのだろう。
すぐに眠ってしまった辻くんの寝顔を見てから、まぶたを閉じた。
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