第2話 最初は名字呼びで
夜は肌寒いけれど、ゲームの世界で風邪をひくはずがないと信じて、マリリの森での野宿を決行した。
幸いなことに離れた所では絶賛、森火事中なので火種に困ることはない。
焚き火を囲んで暖を取っていると程良い眠気に襲われた。
「ふわぁ。眠い」
「僕が見張っておきますから、少し休んでください」
「
彼はうぐっと喉を鳴らし、あぐらの前に置いた剣を見下ろしている。
少しストレート過ぎたかな、と反省したが深夜に見ず知らずの男と二人きりで、すやすやと眠れるはずがない。
「フェルド王子はたしか、魔法の才能がないんですよね?」
「そう。正確には魔力がゼロだから魔法を発動できないって設定。その弱点を補うために剣術を極めたの」
「すごいな。僕なら挫折しちゃうかもしれません」
「あなた、このゲームちゃんとやった?」
彼はビクッと肩を震わせて首を横に振った。
「フェルド王子がオレ様キャラなのは幼少期の反動と、周囲の人たちに魔法を使えないことを馬鹿にされないため。それが分かるのはストーリーの後半なんだけど、ヒロインのアロマロッテを助けるために過去のトラウマを乗り越えるシーンは胸熱! あの展開だったからこそ、フェルド王子が人気ナンバー1になったと言っても過言では……」
得意げに早口で喋り続けていることに気づく。
案の定、彼は珍妙なものを見るような顔で私をじっと見ていた。
「ごめん」
「いえ、もっと聞かせてください。僕は妹のゲームを覗き込んでいただけで物語を詳しく知らないんです。だから、
「そう! 殺されるんだよ! そうやって軽はずみにバッドエンドを作るのは許せないよね。おかげで私の友達が学校を休んだんだよ。レポートを見せてもらう約束だったのに!」
拳を握り締めて熱弁する私に向けられる冷ややかな視線。
しかし、その目にはどことなく切なさも込められているようだった。
「でも、もう関係ないけどね。思い出した? 自分が死んだときのこと」
「はい」
「私も。死ぬときって一瞬なんだね」
自分語りのせいか眠気は吹っ飛んでいた。
んーっと伸びをして、何でもないように微笑む。
「この世界では国外追放される運命にある公爵令嬢だけど、レポートの提出は求められないし、思う存分セカンドライフを楽しもうじゃない」
「そう、ですね。僕もセカンドライフは自分のために生きたいと思います」
彼の過去に踏み込んでいいのか分からずに黙っていると、彼も同じように伸びをして岩の上に座り直した。
「妹はコーネリアス派だったんですよ。クールな感じがカッコイイって言っていました」
「あぁ、魔術師団見習いの。そうなんだ。私は苦手かな。何でも知ってますよ感が鼻につく」
「そういうキャラクターなんですね。僕も見た目だけならフェルド王子の方が好きです」
「今後、ほかの攻略対象者と関わりはないと思うけど、ぶん殴らないように気をつけよ」
顔を引きつらせる彼は私の冗談を信じてしまったようだ。
きっと前世でも真面目な人だったのだろう。
私とは正反対の性格かもしれない。
「あの、美鈴さんって呼んでもいいですか?」
「いいよー。私も辻くんって呼ぶね」
それからも当たり障りのない話をしていたはずなのに目を開けると、太陽が昇ろうとしていた。
「あれ? 寝落ちしちゃった?」
岩にもたれかかっていた体を起こすと、適度な距離を保って地面に寝転んでいる辻くんを発見した。
特に服が乱れた様子はない。
「まぁ、気弱そうだしね」
胸を撫で下ろし、辻くんが起きる前に静かに立ち上がって辺りを見回した。
どうやら私たちのいる場所を中心に森林が燃えたようで焦げ臭いにおいと白い煙が立ちこめている。
ここに住んでいる魔物たちに襲われなかったのは不幸中の幸いだけど、どこに行っちゃったのだろう。
「おはようございます」
「あ、おはよう。寝ちゃったみたいだね」
目を覚ました辻くんも辺りを見回し、マリリの森の惨状を確認して私と同じ疑問を抱いたらしい。
「美鈴さんが結界を張ってくれたんですか?」
「違うよ。
「そうなんですか? じゃあ、ラッキーでしたね」
一見すると高圧的な見た目なのに人懐っこく笑う辻くん。
そのギャップを目の当たりにして、とっさに目を逸らしてしまった。
彼は不思議そうに小首をかしげていた。
「これからどうしようか」
「美鈴さんの提案通り、王都から離れた小さな村や町でスローライフを送りましょうよ」
「じゃあ、この枝が向いた方に行こっか」
私も辻くんもこの世界の地図は頭に入っているが、あえて運命を委ねてみることにした。
適当な木の枝を拾い上げ、空に放り投げる。
クルクルと回転して地面に落ちた枝が指し示した方を二人で見つめ、歩き出した。
「もう少し速く歩いても大丈夫だよ?」
「え、すみません。特に気にしていませんでした。もっと速い方がいいですか?」
「ううん。辻くんが大丈夫ならこれでいい」
王宮から逃げ出したときもだけど、私と辻くんは歩いたり走ったりする速度がほぼ同じだ。
体力面では当然敵わないから長距離走では差が生まれるけど。
とにかく、気をつかわせていないならよかった。
雑談しながら近場の町で装飾品を売り飛ばし、質素な服に着替えた。
これで誰が見ても庶民のはずだけど……。
「似合いますか?」
「……ずるい」
「え?」
「キラキラオーラが消せてない。ずるい!」
私は公爵令嬢には見えないのに、辻くんは何を着ても王子様だった。
「お似合いですよ。美鈴さんは何を着ても可愛いですね。こっちも買いましょう」
「平気な顔してそういうこと言うの禁止! ほら、早く行くよ」
「はい。あ、お会計は僕が」
私の服だけ何着も持っている辻くんを放置して、さっさと店から出て行く。
私たちのやり取りを温かい目で見守っていた店員たちが鼻を押えているのは何か理由があるのだろうか。
時折、奇声を発していたし、体調が悪いなら仕事を休めばいいのに。
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