第11話 異世界でもアイスを食べたい

 村長の誕生日パーティーは盛大に執り行われた。

 まるで儀式でも始まるかのようなキャンプファイヤーに、供物のような獣たち。

 謎のダンスを踊ったり、歌ったりしてみんなで深夜まで騒いだ。


「あっついね。アイス食べたーい」


「あいすってなに?」


 子供たちに混ざって踊り疲れた私の嘆きは多くの人に聞かれたらしい。

 特に子供たちが興味を示した。


「ミスズが好きなものなら、きっと美味しいのね」


「子供たちのお口によく合うでしょうね」


 奥様、地味に馬鹿にしてる?

 誰が子供舌よ。


「アイスっていうのはねー。冷たくて、甘くて、頭がキーンってなる、暑い日に食べると最高に幸せになれる食べ物だよ」


 おおぉー、っと子供たちが目を輝かせている。

 この村のおやつは焼き菓子がほとんどだった。それに記憶を辿っても王宮で出されたスイーツの中にアイスクリームはなかったはずだ。


 やがて大人たちも興味を持ち始め、アイスクリームという見たこともない食べ物の話で持ちきりになった。


「辻くん? 大丈夫?」


「はい。ちょっと考えごとを」


「そっか!」


 顎に手を添えて、難しい顔をしている辻くん。

 まだ、この前の町で婦人たちが話していたことを気にしているのだろうか。


「ほら、そんなことは忘れて楽しまないと! 行くよっ」


「えぇ!? ちょっ。美鈴さん!?」


 無理矢理に手を引き、謎のダンスへと誘う。

 さすが王子様。すぐにリズムを掴んだようで誰よりも上手にステップを踏んでいた。


 それから数日後、目の前にアイスキャンディーが差し出された。


「なにこれ?」


「美鈴さんこの前、アイス食べたいって言ってたから作ってみました」


 あぁ! 言ったね、村長の誕生日のときだ。

 超有名なアイスキャンディーを模したそれの棒を持ち、あらゆる角度から眺める。

 一口舐めると甘みが口の中いっぱいに広がり、幸福感が私の心を満たした。


「異世界でアイスって自作できるの!? どうやったの!? すごいね。ちゃんとアイスだよ!」


「美鈴さんの喜ぶ顔を思い浮かべて作ったらできました」


「本当にすごいよ!」


 水色の見た目通り、ソーダ味だった。

 ほぼ完璧に再現されているアイスキャンディーをペロリと食べ終える。


「まだ味が5種類しかなくて。すみません」


「なにそれ、意味分かんない。控えめに言って神だよ。子供たちも絶対喜ぶよ」


 心底、申し訳なさそうにしている辻くんにかける言葉が見つからない。

 彼の中で私はどれだけアイスに執着している女なのだろう。


 早速、辻くん特製のアイスキャンディーを村人に配り、またしても絶賛された。

 その後、子供たちのおやつや肉体労働後のご褒美として広まり、絶大な人気を博すことになった。

 ただ問題が一つあった。保存方法だ。

 冷蔵庫がないから、その場で食べなくてはならない。


 何が言いたいのかというと、3時頃になると我が家の前に行列ができる。


「ジーツー、お散歩でも行こうか」


 私は手伝い禁止なので、邪魔にならないように空気を読んで外出するのだ。

 台所は辻くんの聖域だから仕方ないの。

 決してハブられているわけではないの。


 今日も列の中には見知らぬ顔がある。

 噂を聞きつけて、旅の途中にこの村に寄っていく旅人だ。


 私も辻くんもここまでの反響があるとは思っていなかった。

 お世話になっている村の人たちが喜んでくれればそれで良かったんだけどな。


「辻くんが認められるのは嬉しいけど、これ以上噂が大きくなっちゃうのは困るかなー」


 今日の営業を終えた辻くんが準備してくれた夕食を一緒に食べる。

 この光景にも慣れたものだ。

 金髪のイケメンと銀髪の令嬢が食卓に並べられた和食を食べる。

 うん、実に日本人らしい。


「あのさ、ちょっといい?」


 いつもは、たわいのない雑談をしながらの食事だが、今日は私の声が低かったからか辻くんも姿勢を正した。


「アイスキャンディーの件だけど、あまり村の外に広まるのは不本意というか。えっと、気分を悪くしたらごめんね。自分で作っているわけでもないのに偉そうなこと言って。でも、フェルド王子がアイスキャンディーを作ってるってバレると、ねぇ?」


「気にせずに言いたいことを言ってください。あのアイスキャンディーは美鈴さんがいなければ作れないものですからね」


 辻くんは持っていたお箸を置いて続ける。


「それは僕も気にしていました。一応、手は打ってあるんです。初めて村の外から来た人にアイスキャンディーを提供した日のことを覚えていますか?」


 私は迷わずに首を横に振った。


「美鈴さんの魔力区画の一つ、マギアパープルを拝借した日です」


「あぁ! あったね。そういえば、何に使ったか聞いてなかったね」


 マギアパープルはその名の通りで紫色の魔力だ。

 火、水、風、雷、光、闇の魔法に分類されない、その他の魔法へと変換できる万能な魔力。

 辻くんはそれをごっそり持っていった。


「実はこれまでアイスキャンディーを食べた旅人たちには記憶を改ざんする魔法をかけてあります」


「えげつないことしてるね」


「はい。これも美鈴さんとの幸せなスローライフを守るためです」


 辻くんは悪びれる様子もなく饒舌に語った。


「他言する者にはアイスキャンディーとこの村の記憶を抹消していますが、思い出として秘めている者には手出ししていません」


 なるほど。

 私が魔力コントロールの練習を続けてる間に、辻くんも魔法の幅を広げているというわけか。

 やるな。私も負けていられないぞ。


「それならいいや。心配して損しちゃった」


「いいえ。美鈴さんが思っていることを伝えてくれるだけで僕は嬉しいんです」


「そう? じゃあ、もう一つ提案していい?」


 辻くんは期待の籠もった目で頷いた。


「どうせなら町でも配ろうよ。絶品だから、一人でも多くの子供たちに味わって欲しいな。コソコソやるから面倒なだけで堂々とすればいいよ。それに村の人たちに迷惑をかけたくない」


 部外者が我が家の前に列を作って、他の村人の邪魔になり始めているのだ。

 今は大丈夫でも、いずれは苦情がくるかもしれない。


「さすが美鈴さんです。頃合いかと思って露店形式での販売方法を考えておきました。店は構えないので、不利益が出るようであればすぐに撤退します。光の精霊にお願いすれば顔も隠せます。美鈴さんのスローライフの邪魔はしません」


 辻くんは全てお見通しだったらしい。

 そういえばジーツーと一緒にどこかに出かけていたことを思い出した。

 あれは下調べだったのか。

 油断ならない男だ。浮気してもバレないタイプだぞ。


 それはさておき、二人して不敵な笑みを浮かべる。


「お金を稼ぐの?」


「戸建てを持つことが夢です。貴族も驚く家を建てたいですね。もちろん村にも寄付します」


「控えめに言って最高だよ」


 翌日には辻くんは町に出稼ぎに行くようになった。

 実にフットワークの軽い男である。

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