特別編

第163話 特別編① これは由々しき事態だよ

「これはまずいぞ……。どう解決したものかな」


 王宮の執務室で、おれは唸った。


 アルミエスと交わした十年で王様になるという約束を果たすため、まずはどんな王様になりたいかというビジョンを考えていたところ。


 そのヒントはないかと様々な資料を集めて、片っ端から確認していたら大変な事実に気づいてしまったのだ。


「ショウさん? なにか問題ですか?」


 手伝ってくれていたソフィアが首を傾げる。


「ああ、これは由々しき事態だよ。この国の存亡に関わるかもしれない」


「そこまでの問題ですか……。いったい、なにが見つかったのですか?」


 おれは確認していた資料を、ソフィアのほうへ持っていく。


「これは、工房や工場での事故件数ですか?」


「そう。怪我をした人や亡くなってしまった人の数も載ってる。ここ五年間の数字を比べてみると……」


 ソフィアはすく気づく。目を見開いて、真剣に頷く。


「はい、急激に増えていますね。これは確かに、由々しき事態です」


「しかも増えているのは、おれたちの射出成形インジェクション装置が広まりだした時期と一致してる」


「わたしたちの技術が、事故の要因になっているということでしょうか……?」


「だとしたら嫌だけど、おれたちが責任を持って対処しなくちゃならない。この国の貴重な技術者や職人が、こんなにも事故で失われていくなんて看過できない」


 ソフィアはそっと立ち上がった。黄色い綺麗な瞳が、いつものようにおれを射抜く。


「では、さっそく調べにいきましょう。どんな状況なのか、そしてどうして今まで問題として挙げられてこなかったのか、わたしたちは知らなければいけません」


 おれたちはすぐ支度をして王宮を飛び出した。



   ◇



 おれとソフィアは、事故件数が最も多いリコルスの街へやってきた。


 五年前は、メイクリエ国内で最も工房の少なかった土地だ。だからこそ、すでに多くの鍛冶仕事を抱えていた他の街よりも射出成形インジェクション技術を導入しやすく、今では国内で最も多くの射出成形インジェクション工場を抱える工業地帯に発展した。


 おれたちは連れてきた数名の部下と一緒に、手分けして聞き込みに走る。事故のあった工場の様子や、怪我をした職人や技術者についてできるだけ詳しく調べた。


 その結果……。


「やはり射出成形インジェクション装置と、その周辺設備による事故が最も多いようです。事故の原因は、人それぞれでしたが……総じて、装置や設備の持つ危険性を知らなかったり、関心がなかったりといった意識の問題にまとめられそうです」


「やっぱりそうなるか……」


 ある程度は予想していたとおりだ。


 射出成形インジェクションでは、重量物である金型を扱う。それを持ち上げる設備もあるが、使い方を誤れば人と金型を衝突させてしまったり、最悪、人の上に金型を落としてしまうこともある。


 射出成形インジェクション作業中も危険だ。装置で金型を開けたり閉めたりするわけだが、誤って手を入れてしまえば、強烈な力で挟まれ潰されてしまう。


 他にも危険はあるが、こういった危険性を軽視されては事故に繋がるのは当然だ。


「ちゃんと書面にまとめて送ったはずだし、いくつかの工場には直接講義に行ったはずなんだけどなぁ……」


「意識の違いはあるかもしれません。一から作ったわたしたちは、なにが危険か熟知しています。作業するときも、特に意識せず危険を避けられます。ですが……」


「与えられて使う側は、熟知とは行かない……か」


「ですがそれでも昔ながらの職人気質の方が多いですから。過去の経験と勘と度胸を頼りに作業して、思わぬところで怪我をしてしまうようです」


「こんなにも事故が多発してるのに、今まで大した問題とされてこなかったのも、その昔ながらの価値観が原因なんだろうね……」


 事故の周囲にいた者はおろか、怪我をした当人さえ、さほど気にしていなかった。


 鍛冶仕事自体、火傷や打撲といった怪我は起こりうる仕事だった。昔から職人の中では、長くやっていれば怪我は当たり前、怪我をしてこそ一人前、といった考え方がまかり通ってしまっている。


 もちろん誤った考え方だ。ケンドレッドを例にとっても、本当の一流職人は作業中に怪我などしない。


「昨今の発展も、それを助長させている気がします……」


 射出成形インジェクション技術の浸透で、メイクリエ王国はかつてないほどに潤っている。


 本当ならこれだけ多くの怪我人が出ていれば、彼らに支払われる障害年金も相当な高額になるはずだが、未曾有の好景気のお陰で余裕で賄えてしまっている。


 さらに、バーンたちの新型義肢も発展を続けていて、指や腕の一本や二本失くしても挽回できると軽く考えている者も少なくない。


 確かに失った体の一部を代替できるのは素晴らしいことだ。しかしそれで危険意識が軽薄となるのなら、次に失うのは生命となる。こちらに代替品はない。


 おれは腕組みして、う~ん、と唸る。


「もっともっと危険と安全について啓蒙するしか、解決できないのかな……」


「他にいい方法があるような気もするのですが、今は思いつきません……」


 おれたちが考え込んでいると……。


 携帯してきた通信魔導器に連絡があった。ノエルからだ。


「ショウ、ソフィア、今どこ!?」


「ノエル、こちらはリコルスの街だよ。どうしたの?」


「良かった、じゃあ割と近くね。すぐ来て欲しいの! アリシアを説得して! アタシじゃ手に負えないの~!」

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