第135話 おれたちの家へ
おれたちが
終戦調印式の会場としてこの診療所が選ばれたのは、モリアス鋼を実際に活用している様子を視察したいというロハンドール側の思惑がある。
またこの診療所が、前線から送られてくる負傷兵に、敵味方の区別なく義肢を提供していたという事実も汲んでのことだそうだ。戦時下において、もっとも平和的な行為を続けていた場所として、平和条約を結ぶに相応しいとのこと。
「敵兵にも義肢を提供しようと提案したのは、バーンさんだったと聞きましたよ」
「……単に忙しすぎて、敵とか味方とか区別してる余裕がなかっただけだよ」
「ふぅん?」
セシリーはにこにこしながらバーンの顔を見上げる。
「なんだよ?」
「今は、そういうことにしておいてあげます」
バーンは困ったように目を逸らしてしまう。
バーンの嘘なんてすぐわかる。いくら負傷兵とはいえ、敵兵をアテもなくここまで運んでくるわけがない。
おれは彼の肩を軽く叩く。
「評価されるのが後ろめたいのかもしれないけど、受け入れられるようになったほうがいいよ。それが後に繋がって、やりたいことの助けになってくれるからさ」
「俺を買いかぶり過ぎじゃねえか?」
「君の自己評価が低すぎるんじゃない?」
「お前こそ、俺のしでかしたこと忘れてねえか」
「実際、忘れたよ」
「お前……」
「自覚してなくても、行動したら良くも悪くも他人から評価されるものだよ。無自覚でいたり、評価を取り違えていたら、ひどい目に合うこともある」
諭すように言うと、バーンは納得してくれたようだ。
「……そう言われれば、俺もひどいことしてたときは、無自覚だったな。お陰で迷惑をかけちまってた……。そう言えるってことは、お前にも似たような経験があるのか」
「ああ、まあね」
「参考までに教えちゃくれないか。お前ほどのやつが、どんな失敗をしたんだ」
「えー……っと、おれ、結構、人を褒めてたよね?」
「ああ、人だろうと物だろうと、気に入ったらベタ褒めしてたな」
「その、褒めた女の子にさ、口説いてるんだと思われて……」
「思われてただろうな」
「ぐいぐい来られたから断ったら大泣きされて、あとが凄く大変だった……」
「それは本当に自業自得だっていうか……ざまあみろっていうか……」
「と、とにかく、自分のしたことが相手からどう思われるかなんて、コントロールできないんだ。だったら受け入れて、次に活かすしかないって、おれは言いたんだ」
「ふっ、はははっ。ありがたい話なんだが、ちょいと締まらねえな」
「笑わないでくれよ。本当に大変だったんだ」
とか言いつつ、おれも笑う。
こうして笑い合える仲間となれたことを嬉しく思う。
「でもまあ、ありがとよ。お陰で、心に引っかかってたものが少しは楽になった気がする」
「良かった。なら、おれはもうお邪魔だね」
最後にまた軽く肩を叩く。
「ついでに言うと、好きな人とすれ違ったり勘違いしたりして大変だったこともある。君は、そうならないように頑張りなよ?」
そう言い残して、おれはその場を離れた。
バーンとセシリーをふたりきりにして。
その後、ふたりがなにを話したのか、おれは知らない。
ただ調印式の準備を進める日々の中、バーンとセシリーとレジーナが、まるで夫婦とその子供のように過ごしているのをたびたび見かけたのみだ。
やがて、ロハンドール帝国の全権代表団や、メイクリエ王国のセレスタン王たち、スートリア神聖国のサイアム枢機卿といった各国代表が集結する。
政治的な話は、もうおれたちの手を離れた。
終戦調印式は滞りなくおこなわれた。
おおよそセレスタン王の思惑通りに平和条約は締結され、モリアス鋼も今後供給されることとなった。
なお、新たに医院を設立するという話があったが、それは話が変わり、この診療所を拡充することとなった。
すでに
これから多くの義肢が作られ、必要とする人々を救っていくだろう。
スートリア神聖国の次期教皇は、これまで聖女を擁していたサイアム枢機卿がなりそうだという。
スートリア教の教義は、その解釈は変わり、これまでのような閉塞感は消えていくだろう。物を作り出す術を得た人々は、これからさらにそれを広げ、ますます貧しさから脱していくだろう。
「さて、おれたちの仕事も、これで完了……かな?」
調印式が終わってから、おれはのんびりとソフィアに語りかける。
「はい。始めはハラハラしましたが、振り返ってみればたくさんの出会いと、たくさんの物作りに巡り会えた、素晴らしい新婚旅行だったと思います」
「物足りなくない?」
「……少し。あえて遠回りで帰るのもありでしょうか」
「いいね。のんびり陸路でいけば、また物作りの機会があるかも」
ソフィアは黄色い綺麗な瞳でおれを見つめる。
「……なんちゃって」
「えぇ……」
「国内のお仕事が溜まっているはずです。そろそろ帰らないといけません」
「おれ、結構乗り気だったんだけどなあ」
「陛下も来ていますし、領内のお仕事をサボろうとしたら怒られてしまいます」
「それもそうかぁ……」
ため息と共に肩を落とす。慰めるように、ソフィアは肩を寄せて触れ合わせてくれる。
「大変なときは、また甘やかしてあげますから」
それは非常に照れるが、とても魅力的でもある。
「じゃあしょうがない。帰ろっか、おれたちの
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