第126話 面白くなってきやがった

「こいつを筋繊維の代わりにするわけか。面白いこと考えやがる」


 周知のことだが、体を動かす筋肉は筋繊維が束ねられたものだ。腱と組み合わされた筋肉が、伸縮することで関節を動かす。


 その筋繊維の働きを再現できるなら、つまり本物の手足と同等の義肢を作り出せるはずなのだ。


「だがまあ、まずはこいつを見てみろよ」


 ケンドレットは、鈍色の金属板を持ってきてくれる。


「この金属――俺はモリアス鋼と呼んでるが、そのインゴットだ。魔法使いの姉ちゃん……ノエルって言ったな、魔力を流してみな。少しでいい。怪我をしねえように慎重にだ」


「うん、いいけど……わっ!」


 ノエルが微量の魔力を流し込むと、金属板は高速で縮んだ。ノエルの手から離れてしまう。魔力の供給源から離れたため、すぐ元の大きさに戻る。


 それらの一連の動きは一秒にも満たないもので、まるで金属板が跳ねたようにさえ見えた。


 床に落ちた金属板を拾い上げ、ケンドレッドは肩をすくめる。


「見ての通りだ。義肢に使うにゃ、ちょいと敏感過ぎる」


 おれはケンドレッドの作った織機を見遣る。


「この装置はちょうどいい塩梅で動いてるようだけど……そうか、歯車を使って力を分散させてるのか」


「そうだ。それにはどうしても大型化しちまう。この手法は義肢には使えねえ」


「魔力で収縮するのがモリアス鋼の特性なら、合金にして純度を下げてしまってはいかがでしょう? もう試したかもしれませんが」


 ソフィアの提案にケンドレッドは頷く。


「ああ、試したぜ。この激しい伸縮についてこれるような、相性のいい金属は全然なくてよ。見つけたと思ったら、今度は強度が足りなくてな。使い物にならなかった」


「う~ん。充分に伸縮して、それなりに強くて、ある程度は魔力を伝導する金属か……」


「すべてを満たすような物は、わたしの知る限りありません……」


 おれたちはすっかり行き詰まってしまった。


 そこにサフラン王女が、控えめに手を上げる。


「あの、金属ではありませんが、仰っていた条件をすべて満たす素材がございますわ」


 おれたちの視線は、一気にサフラン王女に集中する。


「その素材というのは?」


「みなさまのほうがお詳しいはずですわ。新素材です。生地の研究をしているときに、よく伸びて、強い物がありましたの。肌触りの面で採用は見送りましたが……」


「盲点でしたよ、サフラン様。条件を満たすなら、金属にこだわる必要は確かにない」


 ソフィアもこくこくと頷く。


「さっそく試してみましょう。まずはモリアス鋼を粉末にするところからですね」


 ケンドレッドも乗り気だ。


「粉末にして、新素材に混ぜるのか?」


「はい。まずはそれで。ダメなら、べつの手段があります」


「なるほど。へへへっ、面白くなってきやがった。俺も手伝わせてもらうぜ」


「もちろん。あなたなら歓迎だ」


 おれはケンドレッドと握手を交わす。頼りになる職人の手のひらの感触だ。


「アリシアは、サフラン様からどの魔物の新素材だったか確認してくれ。同じ魔物はいないかもしれないが、似た種族からなら似た新素材が採れる。この辺りで代わりの魔物を探そう」


「わかった。見つけたらとびきり仲良くなっておくよ。合成新素材のときみたいに、食べさせる必要もあるかもしれないものな」


「そういうこと。よし、やってみよう!」


 おれたちは互いに手を重ね、活動を開始した。



   ◇



 魔物の捕獲は、慣れてるのもあってあっさり完了した。


 その魔物から採取した新素材に、モリアス鋼の粉末を混ぜ合わせ、糸を作ってみた。


 しかしこれは失敗だった。ただ混ぜ合わせるだけでは結合が弱いらしく、魔力を流すと金属粉末のみが収縮して、糸のあちこちがちぎれてしまう。


 続いて、魔物にモリアス鋼の粉末を食べさせ、体内で新素材と合成させてみた。さっそく糸を紡ぎ、実験段階にまでこぎつける。


「それじゃいくわよぉ~」


 ノエルが掛け声とともに魔力を流すと、糸はゆっくりと縮んでいった。魔力を止めれば元の長さに戻る。さらに魔力の強弱が、そのまま収縮力の変化になることも確認できる。


 ばっちりだ。新素材とモリアス鋼の合成は大成功だ。


「では、さっそくこちらも試しましょう」


 ソフィアがなにか器具を持ってくる。その隣ではケンドレッドが上機嫌に笑みを浮かべている。


「簡単にだが作っておいたぜ。関節モデルだ」


 それは人体の関節を模した物だ。筋肉があるべき箇所には、糸を配置できるようになっている。


 さっそくモリアス鋼繊維をセットして、ノエルに魔力を流してもらう。


「おお、動いた!」


「はい、曲がります!」


「いいじゃねえか!」


 本物の関節のように動く様子に、おれたちは大はしゃぎしてしまう。


 サフラン王女は肩をすくめる。


「もう、みなさま……。ケンドレッド様もずいぶん年長ですのに、まるで子供のよう」


「こういうショウたちはお嫌いですか?」


 アリシアが問うと、サフラン王女は小さく首を振って微笑む。


「いいえ。わたくしも、いつかなるなら、あのような大人になりたいですわ」


 おれは遠慮がちに見学していた聖女セシリーに声をかける。


「これでバーンの考えてた義肢の重量問題は解決だ。複雑な機構がいらないから、だいぶ軽い。あとはきちんと設計すれば、素晴らしい義肢になる」


 セシリーはそれを聞いて、瞳を潤ませる。


「……ありがとうございます……」


「いや、まだだぜショウ。一番の大問題が残ってやがる」


 ケンドレッドの声に、おれたちは振り向く。


「モリアス鉱山は今は戦場だ。肝心の素材が、これ以上手に入らねえ」


「確かに。戦争を終わらせる理由がまたひとつ増えちゃったな」


 実はその準備も並行して進めていた。


 そろそろ連絡を取って動くべきかもしれない。


 そう思った矢先の翌日。


 タイミングよく、リリベル村におれたちの迎えがやってきた。





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