第2部 第2章 新たなる旅立ち

第96話 他者から奪うのではなく、自ら生み出す術を

 新素材繊維の誕生で、メイクリエ王国の職人ギルドや貴族はまた騒然とした。


 まだ射出成形インジェクションの普及も済んでおらず、ここにさらに新しい技術を投入されても、職人も工房も対応しきれないのである。


「やはり……調整はできませんでした……」


 ソフィアはぐったりとした様子で、うなだれていた。


 各工房の今後の動きは、ソフィアが職人ギルド長として動き回り、この前ようやく決定したばかりだ。そこから変更することはもうできない。


 平たく言えば、どこも忙しくて導入する余裕がない。新素材繊維の量産は、もう少し先になりそうだった。


 サフラン王女は残念そうにしていたが、やがて気を取り直し、自分から提案した。


「それまでに研究を重ねて、用途に合わせた布地を見つけておけば、その後の普及も滞りなくおこなえますわね?」


 今、自分にできることを見つけて動き出したサフラン王女は、きらきらと輝くようだった。


「それは名案ですよ、サフラン様」


 ダンスパーティで披露した新素材ドレスの噂は、貴族たちの中でも評判だ。是非、仕立てて欲しいと、大量の依頼が舞い込んできている。


 まだ試作機による少数生産に留まるゆえ断るしかなかったが、研究の一環として王女が少数の依頼をこなすことはできるだろう。


 依頼を受けることで課題が見つかり、また研究は進む。依頼した貴族は、貴重なドレスを提供してくれた王女に感謝する。


「きっと貴族たちは、サフラン様を無視できなくなります。王女の肩書がなくとも、みんながあなたを重要に思うようになるでしょう」


「まあ、そんなつもりではありませんのに」


 サフラン王女も加わったおれたちの日常は、そうして過ぎていった。


 そしてセレスタン王が予告していた、会談へ出席する日がやってきた。



   ◇



 メイクリエ王国宮廷の会議室に姿を現したのは、スートリア神聖国のサイアム枢機卿と、噂に名高い聖女セシリー・セントールだった。


 こちらは、セレスタン王の他、数人の側近、おれとソフィア、ノエル、アリシア。そしてサフラン王女が参加している。


 互いの挨拶の後、会談はセレスタン王と聖女セシリーが中心となって進んだ。


「つまり、先だってのリブリス教皇の要請を棄却して欲しいと?」


「はい。要約するとそうなります」


「教皇の考えを、聖女と枢機卿が止めるというのだな。聖女は派閥争いには関与しないものと聞いていたが」


「…………」


「今でもそうです。表向きは」


 黙った聖女に代わり、枢機卿が答えた。


「まずは理由を聞こう」


 聖女は再び口を開く。


「はい、戦争を未然に防ぐためです」


 おれたちは、セレスタン王からある程度は事情を聞いている。


 教皇からは以前から大量の武具の輸出を要請されていた。その対価として、非常に貴重な鉱石を優先的に輸出するとの申し出もある。


 だがスートリア神聖国には、そのような鉱石が採れる鉱山はない。スートリア神聖国の北、ロハンドール帝国領モリアス鉱山でのみ採れる鉱石である。


 大量に輸入した武具を用いて、モリアス鉱山へ侵攻するつもりなのは明らかであった。


「やはりそうか。余ももとより教皇の要請は断るつもりでいた。ロハンドール帝国とは同盟関係にある。同盟国への侵攻に手を貸し、対価を得るわけにはいかぬ」


「ありがとうございます」


「しかし、我が国とて新技術の開発が遅れていれば、多大な需要と貴重な鉱石というエサに釣られていたかもしれぬ。教皇の選択も、国を預かる者として追い詰められてのことだろう」


 スートリア神聖国は、決して豊かな国ではない。


 過酷な土地環境に、強力な魔物。資源も少なく、これといった産業も発展していない。


 世界中に広がっているスートリア教の総本山として、巡礼者や観光者向けの商売で外貨を稼いでいるが、それにも限界がある。


「教皇を否定するならば、戦争は防げるかもしれん。しかしなにかしら他国に輸出できる品がなければ、立ち行かなくなるのは明らかだ。聖女に枢機卿よ、お前たちの選択は、清貧の名の下に民を飢え苦しませるものでもある」


「承知しております」


「ならばどうする?」


「他者から奪うのではなく、自ら生み出す術を育みたいと考えております」


 聖女セシリーの発言に、セレスタン王の表情は少しほころんだ。


「技術大国であるメイクリエ王国に、その教えを請うべく私たちはここまで参ったのです」


「余も同じ考えである」


 セレスタン王は、おれたちやサフラン王女を示すように腕を広げる。


「我が国に新技術をもたらしてくれた、最高の人材をここに揃えておる。聖女がその提案をしなければ、このまま帰ってもらうところであったが、杞憂であったな」


「サフラン王女様も、そのひとりなのですか」


「うむ。先日、新たな物を作り上げた。加えてスートリア教に詳しい。自慢の娘である。必ずや役に立つであろう」


 サフラン王女は、はにかみながら恭しく聖女に頭を下げた。


「そういうわけだが、お前たちの意見はどうか?」


 王の側近たちは、もとより意向を聞いていたのか反対の声は出てこない。


 おれたちは、もちろん……。


「はい、アタシは是非やりたいです! 戦争なんて、人を困らせるだけだもの。原因から取り除けるなら取り除いたほうがいいわ!」


 ノエルが真っ先に手を上げて表明し、アリシア、ソフィアも続く。


「スートリアの聖女の力になれるとは、これ以上なき名誉なこと。私も是非協力したい」


「はい。わたしも、お手伝いしたいです」


 ソフィアはぐっと拳を握った。黄色い綺麗な瞳が、静かに燃えるように輝く。


 おれは微笑みを王に向ける。


「そういうわけです。陛下、わかっていて聞いていますね?」


「ふふふっ、お前たちのその返答が気持ち良くてな」


 ここから会談の中心は、聖女とおれたちに移っていった。





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