第95話 番外編⑮ 償う者の理想と現実
医師から義肢について学び、試作するたびにバーンの腕は上がっていった。
だが、義肢は所詮は模造品でしかない。無いよりはいいが、本物の手足のように自在に動かすことはできない。その上、訓練をしなければまともに使えやしない。
今のままでは、レジーナが以前のように走り回ることはない。
ここにいる患者たちを、バーンが望む形で救うことはできない。
だから考えた。義肢よく知る玄人ではなく、義肢に理想を求める素人として。
「義肢の関節を、自分の意思で動かせりゃあいいんじゃねえのか?」
図面も書いてみたが、医師の反応は芳しくない。現実的な意見が返される。
「動力はどうする? 装着者の意思をどうやって伝える?」
「動力は魔力石。意思を伝えるのは、魔力回路でやれるんじゃねえか?」
「材質は? 駆動させるなら構造的に脆くなる。強度を求めれば重くなる。日常的に鎧を着せるようなものだ」
「それじゃあ、小さな子どもには無理、か」
「それに魔力回路と簡単に言うが、高位の魔法使いに、義肢のひとつひとつに魔力回路を書いてもらうのは予算にしても労力にしても現実的ではないよ」
「……なんとかならねえもんなのか?」
「ならない。私の知る限りは」
バーンにも妙案はない。諦めたくはないが……。
「……診療所の予算も足りない。今、考えるべきは金策だよ」
「それはそうなんだが……」
バーンが義肢を作るペースに、予算が追いついていない。
現状では、必要な者に義肢が届くまでの時間は、予算を得て材料を調達する期間も含めれば、医師がひとりで義肢作りをしていた頃とさして変わらない。
それではバーンがここにいる意味がない。
そう考えかけたが、しかしその日、他の意味があることを知る。
「聖女様! なぜこのような場所へお出でになるのです!?」
再び慰問にやってきた聖女だったが、後からやってきた僧侶に強く問い詰められていた。
「ここには苦しんでおられる方々がいらっしゃるのです。私には根本的には救えません。それでもお話をすることで、少しでも心を救うことができればと……」
「不要であります。救いとは、神への祈りによってのみもたらされるのです。そもそも義肢が必要な時点で祈りが足りないのです。祈りが届いてさえいれば、手足の一本や二本失った程度の苦しみなど神が救っておられるはず」
「それは……」
聖女は困りきって、反論できない様子だ。
「義肢など不要。彼らからすべて没収し、人ではなく神に頼るべきだと諭すのです。それでこそスートリア教の聖女でありましょう」
バーンは、一緒に様子を窺っていた医師に尋ねる。
「なあトーマスさんよ。なんで聖女様は言い返さねえんだ?」
「相手の言ってることが正しいからだよ」
「いや、どう聞いてもおかしいだろ」
「スートリア教の教えとして正しいんだ。少々極端だがね。それを聖女様が否定しては大問題になる。下手なことを言えば、なんとか工面してくださっている支援さえ、できなくなってしまう」
トーマス医師はそれきり黙りこくり、僧侶をただ睨みつける。
「なら、俺の出番か」
バーンは僧侶の前に進み出て、聖女を自分の背後に隠した。
「ん、なんですかな、あなたは」
「なあ、俺はスートリア教のことよく知らねえんだけどよ……祈れば、手足の一本や二本なくても神様が救ってくれるってのは本当か?」
「うむ、スートリアの神は偉大ですからな」
「じゃあ、ここにいる連中は祈りが足りないから救われなくて……あんたなら祈りは足りてるから救われる。そういう認識でいいのか?」
「その通りです」
「よくわかったぜ、ありがとよ」
バーンは瞬間的に僧侶の腕をねじり、一切の躊躇なくへし折った。
「ぎゃあああ!?」
「バーンさん!? 急になにを!」
慌てて飛び出そうとする聖女を、バーンは手を出して制した。
激痛で呻く僧侶の胸ぐらを掴み上げる。
「祈れよ、おっさん」
「な、に……?」
「祈れば救われるんだろう? さっさと神様に治してもらえよ」
僧侶は痛みに震えながら、残った腕で聖印を切る動きを見せる。だが、それで骨折が治るわけがない。涙目になって聖女を見つめる。
「おいおい、そこで神様じゃなくて聖女様に頼るのか?」
バーンに言われて、僧侶は目を伏せる。
「祈るだけで救ってもらえるんなら、今頃みんな救われて誰も祈りやしねえよ」
「よ、よくもこの私の腕を……」
「腕を失くす気持ちが少しはわかったか? あんたはすぐ治るがな、ここの連中は二度と戻らねえんだよ。それを少しでも助けようって聖女様の邪魔をすんじゃねえ」
バーンは僧侶を離してやる。
僧侶はバーンを睨みつけたが、どうしようもできないと悟って、その場から退散していった。
「バーンさん、やりすぎです!」
聖女は形のいい眉を吊り上げた。
「ああいうのは痛い目をみねえとわからねえんだよ。俺の実体験だ」
「だからってあんな怪我をさせるなんて……」
「ああ、あんたはそれでいい。清く正しい聖女様でいてくれ。汚れ役は俺がやる」
聖女は怒ったような困ったような複雑な表情を浮かべた。
「……お礼は、言うべきなのでしょうね」
「いや言うな。やつを否定してもまずいんだろう。代わりと言っちゃなんだが、ひとつ相談に乗ってくれ」
バーンは 義肢の改良や予算不足の件を切り出してみた。
すると悪くない返事が戻ってくる。
「それなら、なんとかできるかもしれません」
「アテがあるのか?」
「はい。非公式にですが、今度、外交へ行くのです。そこで援助が受けられるかもしれません」
「そりゃあいい。どこの国だ?」
「メイクリエ王国です」
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