第91話 また新しい物が生まれます
「ショウ様、ソフィア様! 今日も参りましたわ!」
正直なところ、サフラン王女の裁縫の腕前はなかなかのものだった。
素直に褒めたのが、よほど嬉しかったのだろう。なにか新しく仕立てたら、おれたちに見せに来るようになった。
「今日はソフィア様のお召し物を仕立ててみたのですよ。さあさ、お着替えくださいまし」
「は、はい……」
王女に背中を押され、メイドに別室へ連れられていくソフィア。
やがて着替えてきた姿に、おれの目は釘付けになる。
ソフィアの髪色に合わせた、淡い青色を基調としたゆったりとしたドレス。ソフィアの淑やかな雰囲気によく似合っている。
天使とか小悪魔とか思ったことがあったが、今日は女神かな?
見つめるだけのおれに、ソフィアは困ったように上目遣いになる。
「ショウさん、なにか、言ってください……」
「え、ああ……綺麗だよ。凄く……」
ソフィアは顔を赤らめた。
「ありがとうございます。でも、あの、わたしではなく……王女様が作ったこの服について、です」
「あっ! そうか、そうだよね!」
するとサフラン王女は楽しげに微笑んだ。
「いいえ、お言葉にしなくても結構ですわ。ショウ様の今の反応こそ最高の褒め言葉ですもの」
弾むような歩みで、ソフィアの周囲を回って着衣の様子を確認。サフラン王女は、満足げにうんうんと頷く。
「このドレスはソフィア姉様に差し上げますわ。ショウ様とデートの際にでも、着てくださいな」
「ありがとうございます。ですが、あの……今?」
王女はすぐ自分の言い間違いに気づいた。
「申し訳ありません。わたくしったら、つい、姉様と言い間違えてしまいましたわ……」
恥ずかしそうにするサフラン王女に、ソフィアは目をきらきらさせて迫った。
「もう一度、呼んでくださいますか?」
「はい?」
「是非、ソフィア姉様と……。あるいは、ソフィアお姉ちゃんでも」
「えぇと……では……ソフィア姉様?」
「~~♪」
ソフィアは言葉にならない喜びの声を上げた。
「すみません、王女様。わたしには兄弟がいなかったものですから、少々、そういった関係に憧れがあるのです。大変、失礼いたしました」
「いえ、謝らないでくださいまし。わたくしも、その……ソフィア様のことは、実の姉たちより、お慕いしておりますから。わたくしのほうこそ、ご迷惑でなければ……姉様と呼ばせていただけたら嬉しいです」
ソフィアは本当に嬉しそうに目を輝かせる。
「もちろんです……! 嬉しいです、王女様」
「あら、ソフィア姉様。王女様だなんて他人行儀ですわ。サフランとお呼びくださいな」
「はい。サフラン……いえ、サフラン様」
「もう。仕方ありません。それで許して差し上げます」
互いに笑い合うふたりを見て、おれは兄様なのかなぁ、とか思ったりする。
夫婦水入らずの休暇とはいかなくなってしまったが、妹ができたみたいで、これはこれで楽しいものだ。
そんな日々が続いたある日。
おれとソフィアは、なにか新しい物作りのアイディアはないものかと、ソフィアの生家に備え付けの工房で新素材をいじっていた。
「新素材ってさ、なんか、違う使い方ありそうだよねー」
のんびりと、溶けた新素材を棒でつついたりする。
「はい。
とかふたりで話していると……。
「あら、おふたりとも今日はこちらでしたのね?」
今日も今日とて、サフラン王女が来訪する。もうすっかりお馴染みだ。
「それが噂の新素材ですの? 独特な匂いと……まるで図鑑で見たスライムのようですわね」
「そう見えて高温ですから、お気をつけください。触ったら火傷してしまいますから」
「もし興味があるようでしたら、この棒でつついたりするといいですよ」
ソフィアが火かき棒をサフラン王女に手渡す。
王女は興味深げに、溶けた新素材をつっついたり、伸ばしたりする。
「不思議な感触ですわ……あら、引き伸ばすと糸のように伸びていくのですね」
くるくると回転させて、糸のように伸びきった新素材を棒に巻き付けていく。
「この糸で布を織ったり、服を縫ったりはできませんの?」
「……!?」
おれとソフィアは、その発言に息が止まった。王女を見つめて固まってしまう。
「お、おふたりとも? どうかなさいましたの?」
「それだ!」
「それです!」
おれたちは顔を見合わせて、にんまりと笑顔になる。
「どれですの?」
ソフィアは首を傾げるサフラン王女の手を取った。
「糸です。新素材で糸を作るのです」
「ソフィア、すぐおれたちの工房へ行こう! ノエルやアリシアにもすぐ声をかけよう」
「はい! サフラン様もご一緒しませんか? また新しい物が生まれます」
「よくわかりませんが、姉様が行きますのならご一緒しますわ」
おれたちはさっそく馬車を手配し、アリシアの屋敷へ向かうのだった。
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