第90話 好きなことから始めてみることです

 突然の来訪に慌てながらも、おれたちは王女を応接間に通した。


 とは言っても、一緒にやってきたメイドや執事が、勝手にお茶を入れたりお菓子を用意したりするので、こちらがやることはほとんどなかった。


「えぇと、サフラン王女? 今日はどのような御用でしょう?」


 王女は端正な顔をわずかに傾ける。美しい銀髪が流れる。


「先ほど申し上げましたとおりですわ。ショウ・シュフィール。貴方こそわたくしの夫に相応しい殿方です。結婚を申し込みますわ」


 先ほどの発言は本気だったらしい。冗談なら良かったのだが……。


 おれの隣で、ソフィアは無表情にじぃっと王女を見つめている。


 なにを考えているのかわからなくて、ちょっと怖い。


「陛下はサフラン様のご意向をご存知なのですか?」


「いいえ。わたくしはもう十六。立派な成人ですもの。結婚相手くらい自分で見つけられますわ。わたくしの姉たちも、そのようにして立派なお相手を見つけたものです」


「では……なぜ、おれなんかにお声を? 何度かお姿は拝見しましたが、ご挨拶程度のお話しかできておりませんでしたが……」


 盾の性能試験会場やヒルストンとの決闘、それにソフィアとの結婚式で挨拶した程度で、それ以上の接点はなかったはずだ。


「貴方ほど功績を上げた殿方は、他におられませんから」


「功績、ですか」


「はい。新たな技術を生み出し、素晴らしい盾を量産し、あのヒルストンを堂々と打ち破った実力……。どれひとつとっても他に類を見ません。貴方は、義兄たちより遥かな高みにおりますわ」


「お褒めに預かり光栄ですが……」


 なんと返そうかと考えた隙に、ソフィアが口を開いた。


「ショウさんの魅力は、功績ではありません。それらはあくまで結果です。ショウさんは優しくて情熱的で、頼りになってかっこよくて、でもときどきおバカさんになる……そんな素敵な、わたしの愛する人です。結果だけで語らないでくださいませんか」


「その結果こそが重要なのです」


 サフラン王女は涼しい顔で返した。


「王族に見合うかどうか。そして見合う方の中でも、一番の功績を持つ方。それこそがわたくしの求める殿方なのです」


「王女にとってはそうかもしれませんが、おれとしては結婚相手なら間に合っていますよ」


 ここまで断る口実を探して王女の言葉に耳を傾けてきたが、もう結論が出た。


 おれの発言に、王女の背後に控えていたメイドや執事は目を丸くしている。


 当の王女は、紅茶を持つ手をわずかに震えさせる。


「……今、なんと?」


 感情を抑えようとしているが、動揺が見て取れる。


「わたくしの夫となれば王族になりますのよ。貴方の功績や、今後のご活躍次第ではこのメイクリエを統べる王となれるかもしれません」


「貴族の暮らしでも苦労してるのに、王族だなんて、さらに困ってしまいますよ。それに……」


 おれはサフラン王女の青い瞳をまっすぐに見据える。


「たとえ、おれと結婚したところで、おれの功績があなたのものになるわけではありません。あなたの価値は、あなたが作るしかない」


「……!」


 王女はバツが悪そうに瞳を逸らした。平静を装うように紅茶に口をつける。


 人は、自分が劣等感を抱くものを、意外と口にする。


 このところ色々な人とたくさん会ってきたことで、それがわかるようになった。


 かつての仲間エルウッドは「文字が読めなくても問題ない」と事あるごとに口にし、ジェイクはおれに「お前なんか大したことない」と何度も言っていた。


 今思えば、それらは彼らの劣等感の裏返しで、あえて口にすることで強がっていたのだ。


 そしてサフラン王女は、姉、義兄、功績、結果……と口にしている。


 姉たちへの劣等感を払拭するために、義兄らより功績ある者と結婚したいのだ。相手の功績を自分のものとして誇りたいがために。


 けれどそれで満たされるはずがない。本当はわかっているからこそ、王女は目を逸らしたのだ。


 黙ってしまった王女に、ソフィアは優しく問いかける。


「王女様は、どんなことがお好きですか?」


 質問の意図を履き違えたのか、王女は縮こまるように弱々しく答えた。


「……お察しの通り、わたくしにはこれといって自慢も実績もありませんわ」


「自慢でなくてもいいのです。責めたいのではありません。ただ、王女様のことが知りたいだけなのです。好きなことは、なんですか?」


「……スートリア教の伝承や、聖書の内容を考察するのが好きです。それに、変わり者と姉には罵られますが……裁縫に興味がございます」


「それは、とてもよい趣味です」


「王女がメイドの真似事のようなこと、おかしいと思いませんの?」


「思いません。むしろ、この国の王女様にはぴったりだと思います」


「ぴったり?」


「はい。物を作る行為ですから。王女様の作品なら、是非見てみたいです」


 それを聞いて、王女は顔を上げた。


「そう仰ってくださった方は、初めてですわ」


 口元がほころんでいる。無理に背伸びした顔より、ずっと自然で可愛らしい。


 おれも激励を口にする。


「サフラン様、まずは好きなことから始めてみることです。形になれば自信になり、それはやがて実績となって、あなた自身の魅力になっていくのですから」


「わたくし自身の実績と魅力……」


「ご結婚のことは、それから考えても遅くはありません」


 サフラン王女は考えるような沈黙のあと、ゆっくりと頷いた。


「ご助言、ありがとうございます」


 王女は席を立った。おれたちもそれに倣う。


「仰るとおり、まずは始めてみますわ」


 そう残して、サフラン王女は去っていった。来たときとは違う、どこか爽やかな笑顔で。


 その笑顔にこの先、幸あることを祈るおれたちだったが……。


「おふたりとも、こちらわたくしが仕立てましたの。ご覧になってくださいまし」


 サフラン王女は一週間後に、またやってきた。




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