第88話 番外編⑭-2 無知なる者から償う者へ

 バーンは聖女の乗る馬車の護衛に付くこととなった。


 魔物は度々現れた。先ほどのようなS級魔物はさすがに珍しいらしいが、【クラフト】を使えばどのみち一瞬だった。


 そのたびに護衛たちから歓声が上がったが、バーンにはそれが苦痛だった。


「この力は俺の力じゃない……」


 呟いた言葉は、聖女の耳に届いてしまった。


「それはどういう意味なのですか?」


「俺が罪を犯したという意味だ」


「罪……?」


「力を奪い、殺した」


「やむにやまれぬ事情があったのですね……」


「違う。私利私欲だ。本当は、誰より尊敬していた仲間だったのに、殺しちまったんだ」


「そんな……」


「今は後悔してる。けど後悔がなんになる。罪は消えねえし、罰はどこまでも追ってきやがる。俺に下るならいい……。けど、俺のそばにいたせいで……なんの罪もないレジーナがとばっちりを喰っちまった……」


 バーンは馬車の中を覗く。


 レジーナも聖女の馬車に乗せてもらっている。まだ目を覚まさない。もう命の心配はないという。けれど……。


「もっと色んなところへ連れて行ってやるつもりだった……。いつだって隣にいてやりたかった。あいつの小さな歩幅に合わせて歩くのが好きだったんだ。それがもう叶わねえ……。こんな神罰が、あるのかよ……」


「……あなたには、贖罪が必要なのですね」


「償えば、レジーナは歩けるようになるのかよ。俺が処刑されてあの子が救えるなら、そうしてもらうさ。でもそうじゃねえだろ。俺がいなきゃあの子はこの先、もっと苦労する……」


「……償いは、起きてしまった過去を変えるためでなく、未来へ進むために必要なことです。あなたの心の問題なのです」


「俺はふたりの未来を奪っちまった人間だぞ。どんな未来があるってんだよ」


「それは、これから見つけられるかもしれません」


 聖女の行き先は、地方の診療施設だった。


 慰問であるらしい。聖女の癒やしで治療するのかと思ったが、違うようだ。


「癒やしの力で救える方は、ここにはいません。救い切れなかった方々ばかりなのです」


 その意味はすぐにわかった。


 この診療所に滞在している者はみんな、四肢のどこかを失っていた。傷はもう塞がっている。きっとレジーナと同じように、聖女の力を持ってしても繋げられなかった者たちなのだ。


 彼らの一部は義手や義足を身に付け、しかし上手く扱いきれずにいる。この診療所は、義肢を使いこなすための訓練所という意味合いが強いようだった。


 ここなら、もしかしたら……。


 わずかな期待を込めて、聖女に医者を紹介してもらう。


「申し訳ないが……義足は作ってやれない……」


「そんな……。なぜだ」


「順番だからだ。私も一流というわけじゃない。ひとり分を作るのに、ひどく時間がかかる。その子の分を作れるまで、どれだけかかることか……」


 バーンは落胆した。しかしレジーナを想えば、それで終わりにはできない。


 どうすればいいか考えたとき、思い浮かんだのはシオンだった。


 シオンならきっと……。


「なら俺が……俺が作る! 作り方だけでも教えてくれ!」


 バーンは医者に教わりながら、【クラフト】で試作を繰り返した。失敗したら、どこがダメだったのかを確認して、失敗作を材料にして作り直す。


 本来なら多大な時間がかかるはずだが、【クラフト】はその時間を省ける。


 聖女が診療所に滞在する数日間のうちに、数十回も作り直しをおこなえた。それは医者が一年かけても実行できないほどの回数だった。


 圧倒的な試行回数は、バーンの未熟な技術を補い、完成度を高めていった。


 やがて目を覚ましたレジーナは、意外なことに右足を失ったことを嘆かなかった。


 ただバーンに「ごめんなさい」と呟くだけだった。


 バーンは完成した義足を見せる。


「これって……?」


「お前の新しい足だ」


 言って、義足を付けてやる。


 レジーナは立ち上がるまでは上手くいったが、歩くことはできず、その場で転んでしまう。


「あぅ……ごめんなさい」


「謝るのはこっちだ。もっと上手に作ってやれりゃあ……いや、これからもっと良い物を作ってやる。何度でもだ。俺は諦めねえからよ、お前も、諦めるな」


「何度でも……? それって、ずっとってこと……?」


「ああ、前みたいに歩いたり走ったりできるようになるまで、ずっとだ」


「そっか……。そっかぁ……」


 レジーナはそこで初めて、顔をくしゃくしゃにして、ぼろぼろと涙を流した。


「じゃあ、じゃあ、わたしが歩けなくても、置いてかないんだね……」


 バーンはハッと気づく。ずっと誰かに邪険にされてきた過去を持つレジーナだ。足を失ったことで捨てられると怯えていたのだ。それで悲しみも見せず、ただ謝るだけだったのだ。


 胸が張り裂けそうな気持ちで、レジーナを抱きしめる。


「……誰が……誰が置いていくもんかよ!」


 レジーナはバーンの胸の中で大声で泣いた。なにかを失った嘆きではなく、なにかを得た喜びの声で。


「バーンさん……」


 気がつけば、聖女が来ていた。潤んだ瞳でこちらを見つめている。


「よろしければ、この地に留まっていただけませんか。あなたなら、私が救い切れなかった方々を、きっと救えます」


「俺が、救う……?」


 今日までに見てきた患者たちを思い起こす。


 移動すら自由にできない者。器用な動作ができなくなった者。義肢を使いこなせず苛立つ者。思い出したようにふっと泣き出す者……。


 みんな、あったはずの当たり前の未来を失っていた。レジーナのように。


 彼女の未来が失われたとき、どれだけ悲しく辛かったか。


 けれど、ほんのひと欠片でも取り戻せたとき、こんなにも嬉しくなれた。


 その手助けをすることは、きっと、バーンの未来にもなる。


「……ああ、やるよ。精一杯、やってみる……」





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