第80話 見事な勝利であったぞ!

「アリシア、指揮を取って! 魔物を従えられるのは、紛れもなくよ!」


 その言葉に、ノエルが魔物たちを呼び寄せてくれたのだと悟る。


「えぇい! なにをしている! 早く魔物どもをなんとかしろ!」


 マロンから逃げ惑いながらヒルストンが声を上げる。


 すかさずアリシアは包囲を突破し、魔物たちと合流する。


「リッキー、ビッキー! フレイムだ!」


 アリシアの掛け声にフレイムチキンの夫婦つがいが、同時に火を吐いた。炎に包まれ、兵団は陣形を維持できずバラバラに散っていく。


「ローラ、敵の動きを止めろ! マロン、動きの止まった敵を倒すんだ!」


 ミュータスリザードが粘液を吐き、身動きの取れなくなった兵をマロンが押し倒す。


 魔物たちはアリシアの言葉を完全に理解できているわけではないだろう。身振り手振りや、声の抑揚や、状況を察して動いているだけのはずだ。


 しかしアリシアの指揮のもと、抜群の連携を見せる様子には、完全な意思疎通ができているように見えてくる。


 ヒルストンは大多数の兵を盾に、少数の護衛を連れて後退していく。


「アリシア、ここは任せた。おれ、ちょっと本気を出してくる」


 言って、おれはヒルストンを追った。


 護衛がすぐさま迎撃に出てくるが、おれは自作のアイテムに着火して投げつける。


 瞬間、爆発するような勢いで煙が広がり、周囲を覆う。


 おれの姿を見失った護衛たちを音もなく薙ぎ倒し、ヒルストンの気配に肉薄する。


「目眩ましなど小癪な……!」


 愚かなことに、ヒルストンはその独り言でおれに位置を報せた。


 もっとも、暗い洞窟での冒険の多かったおれだ。声がなくても、敵の位置など簡単に把握できる。


「動くな」


「うぁあ!?」


 背後から声をかけてやったら、ヒルストンは剣を大きく振り回した。


 すでにそこにおれはいない。素早く背後に回り込み、高速で三点を貫く。


「くっ、ふん! 貴様らの武器など、この鎧の前では無意味だぞ!」


「鎧がどこにあるって?」


 煙が晴れていく。こちらに振り向いたヒルストンの体から、鎧が剥がれて落ちた。


「な、にぃ!?」


 怯んだその瞬間、おれは踏み込み、ヒルストンの首に槍を突き刺した。


「あ、がっ」


「今度こそ動くな! 死ぬぞ!」


 貫通はさせていない。出血も多くない。気道や動脈、神経のすべてを避けて刺したのだ。下手に動いてどれかが傷つけば、死か半身不随が待っている。


 ソフィアが作ってくれた最高に馴染むこの槍でなければ、ここまで精密な動きはできなかっただろう。


「もともとおれは、訓練を受けていたんだ。あれくらいの鎧の壊し方なんてすぐわかる。魔物より人のほうが壊しやすいこともよく知ってる」


 ヒルストンは恐怖で引きつり、身動きもできず言葉もない。


「よく覚えておくんだ。おれが本気なら、どんな強固な鎧で身を守っていようとも、簡単にお前を殺すことができる」


 おれは槍を抜き去り、顔面に拳を叩き込んだ。


 ぶっ倒れたヒルストンを引きずってアリシアのもとへ戻る頃には、他の兵も全滅していた。誰ひとり死なせていないのはさすがアリシアだ。


 ヒルストンをアリシアの前に放ると、意識を取り戻して、慌てて立ち上がる。


 おれは一緒に持ってきたヒルストンの剣を放り投げてやった。


「一対一。本当の決闘を見せてもらおうじゃないか」


「それはいい。この男は、是非とも私が決着をつけたかった」


 アリシアは正面で構えを取り、ヒルストンの動きを待つ。


 ヒルストンは自分の剣を拾い上げた。


「温情のつもりですかな? 後悔しますよ!」


 ヒルストンは勇ましくも大剣を振り回すが、空振りばかりだった。


 ヒルストンが未熟なのではない。アリシアの身のこなしが、はるかに上なのだ。もともとの技量もあるが、装備の軽量化が大きい。


「ええい、くそ! 使いにくい!」


 ヒルストンはギルド長が作ったであろう大剣を捨てた。腰に差した剣を抜き、構えを変えた。


 細身の刺突専用の剣で、防具の隙間を狙う戦法だ。


 大剣よりよほど慣れているのか、ヒルストンの動きはすこぶる良い。


 これにはさすがのアリシアも慎重にならざるを得ない。


 一進一退の攻防が続くが、疲労の蓄積からか徐々にアリシアが押されていく。


 そしていよいよ右腕の反応が遅れる。ついに限界か?


 その隙を逃さず、ヒルストンが踏み込む。だがそれはアリシアの誘いだった。


「ぐ、あ!」


 ヒルストンの突きを紙一重で回避したアリシアは、逆にヒルストンの利き腕を剣で貫いていた。刺突剣が地面に落ちる。


「王国の恥めッ!!」


 アリシアは自ら剣と盾を手放し、ヒルストンの顔面をぶん殴った。


 鼻が折れ、鼻血と涙にまみれた顔に、アリシアは容赦なくさらに拳を振るう。


「貴様の不正! 悪行! なにより、私の仲間を泣かせた! 大事な友を! 二度とそんな真似ができないようにしてやる!」


 怒りの拳を受け続け、顔の形がどんどん変わっていくヒルストン。


「や、めっ、もう、やめ……っ! ころさ、ないで……!」


 その命乞いを受け、アリシアは最後にアッパーカットを喰らわせた。


 砕けた前歯が空を舞い、ヒルストンは仰向けに倒れて意識を失った。


「それまで! ショウ、アリシア! 見事な勝利であったぞ!」


 セレスタン王が手を叩きながらやってくる。


 が、おれたちのもとへたどり着くと、急に顔をしかめた。


「なんだ? この汚物のような臭いは……?」


「実際に汚物ですよ」


 おれはヒルストンを指さして答える。


「失神して、脱糞しちゃったんです。冒険者でもたまに見かけますよ」


 倒れたヒルストンの姿は、本人の性根のように醜く、臭かった。





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