第79話 決闘を始めよ!
決闘場は、おれたちの工房からそう離れていない、ヒルストン領内の平野だった。
おれたちを待ち受けていたのは、ヒルストンが率いる五十人を超える兵団だ。
いかにも強力そうな剣と鎧で武装したヒルストンは、立ち会いにやってきたメイクリエ国王セレスタンに、悪びれもせず宣言した。
「よもや卑怯とは申されまいな!? 私は、すべての力をもって決闘に挑むと申し上げ、陛下はそれを承服なされた! 領地を守るために鍛え備えてきた我が精鋭の兵もまた、我が力にございます!」
「よかろう。しかしリチャード・ヒルストン。敗北したならば、永遠に消えぬ傷が家名に付くと心得よ」
「覚悟の上。もっとも、負けるはずがございませぬが!」
ヒルストンは高笑いを上げながら、自分の陣地へ戻っていく。
国王はおれたちに、困ったような顔を見せる。
「すまぬ。言質を取られていては、あのような解釈でも認めざるを得ぬ」
「心中お察しいたします。お言葉をたがえては、王の器が疑われますゆえ……」
アリシアは勇壮な表情で、忠臣らしく口にする。
「しかしご心配には及びません。どんな人数であろうと、叩くべき者はたったひとりです。いくらでも勝機は見出だせます」
「うむ。その方らならば、必ずや勝利すると信じておるぞ」
いや、それはだいぶ無茶振りなのだけど。
おれは口には出さず嘆息した。
兵団の装備は、特注ではなさそうだが、どれもこれもメイクリエ製だ。観察する限り、ひとりひとりの力量もかなり高い。しかも殺気も感じる。まともにやって勝てる人数じゃない。
おれたちの陣地に戻ってみると、非戦闘員のソフィアやノエル、ばあやが待っていた。
ノエルが駆け寄ってくる。
「やっぱり、あの数と戦うことになっちゃった?」
「ああ、王様も認めざるを得ないってさ」
「それなら、アタシもふたりの力の一部ってことで参戦しちゃおうかな。アタシの魔法ならきっと……」
「それはダメだ。君が参加したら、敵は間違いなく君を最初に狙う。殺す気で、ね。おれたちだけじゃ守りきれない」
ソフィアも同意を示す。
「ノエルさんの防具は、用意していないのです。なにかあったら、本当にどうしようもありません」
ノエルは小さく唸って頷いた。
「じゃあべつの手を使う。アリシアの力を、全部使えるようにしてあげる」
「……私の力? 身体強化魔法の類だろうか? それを使ってしまったら、ノエルも参加者扱いになってしまう。やめたほうがいい」
「違う違う。実は、こんなこともあろうかと備えておいたんだよね~。ほら、アタシも嫌がらせとか妨害はたくさん受けてきたし、それで勘が働いたっていうか」
ノエルは指を一本立てて、アリシアに見せつける。
「少しだけ時間がかかるから持ちこたえて。必ずあいつら混乱するから。その隙を突くの」
「わかった。信じる」
全幅の信頼を乗せた短い言葉に、ノエルは笑顔で返す。
「お任せあれ♪」
やがて決闘開始の時刻が迫り、おれたちは呼び出された。
魔力を集中させてなにかを始めたノエルを尻目に、武器を持って前へ進む。
ヒルストンの兵団と、数十歩分の距離を開けて向き合う。
「決闘を始めよ!」
王の号令と共に、兵団が怒号を上げて突っ込んでくる。
「ショウ! 援護を頼む!」
接敵の瞬間、アリシアは速攻で最初のひとりを盾で殴り倒した。続いてふたり目、三人目を素早く斬り倒す。
正面からでは分が悪いと見るや、敵はアリシアの側面に回り込もうとする。
そいつらの不意を突いて、おれは槍を唸らせる。
全力の薙ぎ払いでふたりを打ち倒すが、アリシアほど上手くはいかない。槍の苦手とする至近距離に踏み込まれてしまう。
おれは慌てず、相手の動きを見極め、剣の一撃を鎧で受け止めた。すぐさま足を払い、追撃で気絶させる。
おれとアリシアは向かい来る敵を次々に倒していくが、数の差は覆しきれない。
アリシアの前進はやがて食い止められ、おれは敵の動きを阻止しきれず、ついには完全に包囲されてしまった。
包囲の向こう側から、ヒルストンの高笑いが聞こえた。
「案外早かったですな。これで貴方がたの命は、私が握ったわけです」
「ヒルストン卿! 兵にばかり戦わせ、自らは高みの見物とは恥ずかしくないのですか!?」
アリシアの怒りにも、ヒルストンは涼しい顔だ。
「なにを恥じると? 力ある者が弱い者を従えるのは道理ではありませんか! だから、これから貴方がたが私に平伏するのも、道理なのですよ?」
「貴方に平伏などしない!」
「ならば死んでもらうまで! ショウ殿はいかがですかな? 貴族になるなどという分不相応な望みを捨て、私の下でその技を振るうのなら、生かしておいてあげますよ!」
おれは無視した。聞く価値などない。
「その態度はノーですかな? よろしい! 八つ裂きになりなさい。ああ、ソフィア殿とノエル殿のことはご心配なく。あれほどの器量ですからな。私があとでたっぷりと可愛がってあげましょう。ぐふふふっ」
「……!」
その発言は、一切許容できない。
おれは目の前にいた兵を、容赦なく必要以上に叩きのめすと、ヒルストンを睨みつける。
ヒルストンが怯んで後ずさったその時。
――ガウゥアアアア!!!
聞き慣れた唸り声と共に飛び込んできた影が、背後からヒルストンを襲った。
「うあぁ!? なに!? 魔物!?」
「マロン!?」
アリシアが叫んだ通り、それはウルフベアのマロンだった。
一匹だけではない。他のウルフベアもいる。たくさんのフレイムチキンに、ミュータスリザードたちも。おれたちが飼育している魔物たちだ。
ヒルストンの兵団が混乱に陥る中、魔法で拡大されたノエルの声が届く。
「アリシア、指揮を取って! 魔物を従えられるのは、紛れもなくあなたの力よ!」
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