第69話 工房が焼けたくらいで諦めるとでも?

 おれは朝方にランサスの街に到着した。


 さっそく職人ギルド本部へ赴き、会合の部屋を突き止め、勢いよく扉を開け放ち突入する。


「おや、貴方は確かガルベージ家の客分の……」


「ショウか! てめえ、こんなとこまでなにしに来やがった!」


 そこには円卓があり、職人ギルドの幹部たちがずらりと並んでいた。ヒルストンの隣には、ギルド長と思わしき白髪長ひげの男が座っている。ケンドレッドの姿もあった。


「うちの工房が燃えてしまった。まずはその報告をしようと思いましてね」


 ヒルストンが一瞬口の端を歪ませた。


 それを見て、やはりヒルストンの差金だとおれは確信する。だが放火犯という証人を捕らえたことは言わない。


 今は、放火されたのだと知らないふりをしていたほうが、あとで足を掬いやすい。


 ヒルストンは、すぐ同情的な表情を作ってみせる。


「ほう、それはお気の毒に。工房のみなさまはご無事ですかな」


「人的被害は出ていない」


「それは良かった。しかし各卸業者に通達しなければなりませんな。レンズの生産は無期限延期だと。残念ながら工房が無いのでは、貴方がたの新技術推進事業もこれまでですな」


「ご心配には及ばない。生産は問題ないし、新技術の推進も続ける。今日は、早とちりされる前にその事を伝えに来たんですよ」


 ヒルストンは小さく鼻で笑う。


「これはずいぶんなやせ我慢をしていらっしゃいますな。無理をなさらず、事業を畳んだほうがよろしいのでは?」


 幾人かの職人が同調して頷く。ギルト長と思わしき白髪長ひげの男も、目で同意を示していた。


 今度はおれが笑う番だ。


「無理だって? ふふふっ、工房が焼けたくらいで諦めるとでも? それとも、みなさんなら、その程度で諦めて仕事を放り出すのですか? 見たところ凄腕揃いだというのに、お貴族様と仲良くしすぎて、職人魂が錆びついてしまっているのかな?」


 ひとり、ケンドレッドだけはにやりと笑ったが、他の職人たちからは睨まれ、いくつかの罵声も飛んでくる。


 おれは涼しく受け流し、ヒルストンとギルド長を睨みつける。


 おれがなにか言う前に、ギルド長が口を開いた。


「できると言うのは簡単だが、それをどうやって証明する?」


「今まで通り、黙って見ていればいい。おれたちは勝手に新しい物を作る」


「ふん、それで半端な物を作られては困る」


「ならどうして欲しい?」


「そうだな……。おい、ケンドレッド。お前もこいつらも盾を作るって言ってたな!? お前のところの新作で勝負してやれ!」


「ああ? もとからそのつもりだぜ!」


 ギルド長に名指しされたケンドレッドは、大声で即答する。


 ギルド長は再びおれに目を向ける。


「ということだ。お前たちの新作が、ペトロア工房の新作より出来が悪ければ登録は抹消……いや、それだけでは足りんな。すでにこのギルドから追放された者もいるのだ。登録抹消後は、速やかにこの国から出ていってもらう」


 おれは小さくため息をつく。


「それで、こちらが勝ったら事業存続を認める、と? ずいぶんとリスクとリターンが見合わない勝負だ」


 ギルド長は不敵に笑む。


「そうでもないぞ。お前たちが勝てたのなら、ペトロア工房を潰してやろう。ケンドレッドは職人ギルドを追放。目の上のたんこぶが消える。空いたギルド幹部の席に座らせてもいい」


 ケンドレッドは思わず目を剥く。


「なんだと、おいギルド長。聞いてねえぞ!」


「うるせえな、勝てばいいだろうが、勝てば! まさかお前自信がねえわけじゃねえよなぁ? なあケンドレッド、弟子になんぞ任せてないで、お前が本気でやれ! てめえのせいで若造に舐められてんだぞ!」


「…………」


 黙りこくり、ケンドレッドはただおれを睨む。


「ケンドレッドさんが消えて、ギルド幹部になれたとして、それがなんの得になる?」


「富と名声が手に入る。少なくとも名門ペトロア工房を叩き潰した新工房として、評判になるだろうな」


「そんなことしなくても、もう評判ですよ。驚くほどのお金ももらえている。貴族との癒着なんて必要ない」


「ならやめておくか? 不戦敗なら登録は抹消するが」


「いやせっかくだ。勝負は受ける。ただし、他のリターンが欲しい」


「ふん、わかっていないようだな。お前は要求できる立場にはない。今すぐ登録を抹消してやってもいいんだがな」


「そう言うならわかった。そちらの条件で勝負を受ける」


 それを聞いて、ヒルストンが手を叩いた。


「では期日はこれより三ヶ月後。互いに新作を持ち寄り、性能試験にて雌雄を決する。詳細は後ほど書面にて通達しましょう。それで構わんね?」


「ええ、構いません」


「……ああ、俺もそれでいい」


「よろしい。では決まりだ。ショウ殿は、退室願おう。これから職人ギルドの幹部会がある。部外者には聞かせられん話だ」


「ええ、失礼します」


 おれは退室した。


 これでひとまず、火事を理由に有無を言わさず登録を抹消されるのは防いだ。


 次は……。


「ケンドレッドさん」


 おれは会合が終わるまで待ち、ケンドレッドが帰り道にひとりになったところで声をかけた。


「ああ? なんだショウ、まだなんか用かよ?」


「ええ、是非あなたに協力をお願いしたい」





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