第26話 嫌に決まってるでしょ♪

「そもそもインチキじゃないのか。元が本当に海水だったか確かめてやる!」


 ボロミアは安全装置で魔力を遮断してから、樽の蓋を開けた。コップですくい、一気に口に含む。


「ぶふぅ! 海の味!?」


 盛大に海水を吹き出した。


 バカなのかな……。


「げほげほっ、くそお。なら、次は――」


「もうやめてくれないか」


 おれは見ていられなくて、一歩前に出た。


「なんだお前は!」


「ノエルの仕事仲間だよ。そんなことして、君は恥ずかしくないのか?」


「なにが恥ずかしいって言うんだ! ノエルにはもっと相応しい場所があるんだ。そこに連れて行くためなら、僕はなんだってするぞ! こんな下らない物を作ってるより、結婚して、学院に貢献するほうが何倍も――」


「想い人が作った物を、下らないと言うのか?」


 ボロミアは言葉を詰まらせた。


「君のやり方は卑怯だと思うけど、恋愛のやり方は人それぞれ自由だ。非難はしない。けど、君の想い人が精魂込めた物を、どうして下らないと言えるんだ? おれには、それがわからないよ」


「それは……」


「君はノエルのことが好きじゃないのか? なにをもって結婚を望んでいるんだ?」


「す、好きに決まってる! そっちこそ、ノエルのなにを知ってるんだ。僕は学院で何年も一緒だったんだぞ! ノエルの美貌も、才能も、なにもかもよく知ってるんだ! 知ってるから好きなんだ!」


「美貌や才能なら、知り合ったばかりのおれにだってわかるよ。他にはないのかい?」


「他にはって……」


「例えば、まず意外とよく食べる。健康的でいいと思う。それに人助けがしたいっていう夢が素敵だ。そのために努力してきたのも凄い。追われてるのに、いかにも魔法使いだっていう目立つ格好をやめずにいるのもいい。魔法の助けを求める人に見つかりやすくしてるんだ。信念を感じておれは好きだな。他にも――」


「ちょ、ちょっとやめてよ~……」


 なぜかノエルが真っ赤になって、突っついてくる。


「なんで?」


 その脇で、ソフィアが小さくため息をついた。ジト目になっている。


「とにかく、おれでさえこれくらい知ってるんだ。君が結婚を望むのもよくわかる。でも君が挙げたノエルの美点が、見た目と才能だけっていうのは、少し寂しくないかな」


「こ、言葉にできなかっただけだ! たくさんありすぎて!」


「本当かな? 君はノエルの表面だけ見て、内面を理解してないように思えるけど」


「そんなことはない! 僕のこの気持ちに、嘘なんてない!」


「なら教えてくれ。ノエルのどこに惹かれたんだ? なにかきっかけがあるんだろう?」


「それは……」


 ボロミアは深呼吸して興奮を抑え、思い出すようにポツポツと語る。


「ノエルが、助けてくれたんだ。僕がどうしてもわからない魔法理論があって悩んでたとき……派手な魔女の格好でいきなり現れて、理解するまで根気よく教えてくれたんだ。他にも、いじめられそうになったときに、味方してくれた……。僕にだけの態度じゃなかったみたいだけど……そんな人だから僕は……」


 おれは安堵の息をついた。


「良かった。君はちゃんとノエルが好きなんだな」


「だから、そうだって言ってる」


「でもそうなら、今のノエルをちゃんと見るんだ。学院時代と同じことを、学院から飛び出してやっているだけなんだよ。今回の装置を作ったのだって、そうだ。これを下らないと言うのは、君が好きになったノエルを否定することになる」


「……!」


 ボロミアは、初めて気づいたとばかりに息を呑んだ。


 やがてボロミアは無言のまま肩を落とす。


「僕は……バカだ。祖父や父に言われるまま、自分を見失ってた……」


「でも見下げ果てるほどでもない」


 ボロミアは涙目で顔を上げる。


「情熱のまま突っ走るのはおれも好きだからね。方向性は間違ってたけど、ノエルのためならなんだってするってのも気に入ったよ。実際、人任せにせず、自分で追いかけてるみたいだし。ちゃんと話せば間違いにも気づける。これから、見込みがあると思うな」


「え、褒められた? え、ありがとう」


 それから、ボロミアは姿勢を正した。あらためてノエルへ向き直り、頭を下げる。


「ノエル、すまなかった。これまでのこと、すべて謝罪する。でも君を想う気持ちも、君のためになんでもするという言葉にも嘘はない。これから全部改める。だから、僕たちの関係のことを、少しでもいい、考え直してくれないか」


 その真っ直ぐな姿勢に、おれは微笑んだ。ソフィアも感心していた。オクトバーもうんうん、と頷いていた。


 そしてノエルも、微笑んだ。


「嫌に決まってるでしょ♪」

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