第8話 わたしが、やってみます

「やれやれ……まいったな」


 おれは結局、依頼を受けてしまった。


 正直なところ、依頼を受けるつもりはなかった。ろくな装備はないし、もし仕事が長引いたりしたら、山から降りてきた『フライヤーズ』と鉢合わせしてしまうかもしれない。


 あの山の頂上から降りてくるまで、早ければ一週間といったところか。それまでに解決できる自信はない。できれば、さっさと遠くの土地へ行きたい。


 だが教会に避難して身を寄せ合っている住民の姿を見せられては、ドライにはなれない。


 バネッサからは「この辺は魔物が弱いから、ランクの低い冒険者しかいないの。でも相手は少なくともB級の魔物よ。頼れるのはあなただけなの」なんて言われてしまったし。


 そういうわけで、アンデッドが来るという深夜までに、町の住民から聞き取り調査をすることにした。


 ソフィアとバネッサにも協力してもらって情報を集めると、どんなアンデッドなのか見えてくる。


「まず姿は重装騎士の出で立ちだが、武器は持っていないらしい。毎晩現れては家屋を破壊したり、住民を襲っている。幸い死人はまだ出てないが、それも時間の問題だろう」


「あと幽体で、物理攻撃は効かないらしいわね」


「となると、ゴーストナイトか。確かに厄介な相手だ」


「物理攻撃が効かないなら、どうして鎧を着ているのでしょうか」


 ソフィアの疑問にはおれが答える。


「生前のその姿に執着があるからだろうね」


「執着といえば、なんか剣を探してるらしいわ。だから武器を持ってないんでしょうね」


「それはおれも聞いたよ。なんでも最近、鍛冶屋が古剣を仕入れたそうだ。ボロボロだけど、溶かして素材にならできるって二束三文で。アンデッドが出るようになったのは、その晩かららしい」


「では、ゴーストさんはその古剣を探しているのではないでしょうか? 返してあげれば、消えてくれるのでは?」


「ところが返そうとしても、その剣ではない! って暴れ出すらしい」


 バネッサは首を傾げる。


「状況的にその剣としか思えないんだけど」


「とりあえず鍛冶屋からその剣を借りてきてる」


 持ってきた古剣を、布の包みをほどいてふたりに見せる。


 ソフィアが悲しそうに眉をひそめた。


「ひどい状態です。これでは剣が可哀想……。持ち主さんでも、自分の剣だと信じられるわけがありません」


 おれもソフィアと同意見だった。


 刀身は錆でボロボロだ。刀身に掘られた装飾は今ではただ小汚く見える。かつては華麗だったであろう鍔の細工は、大部分が欠けてしまって見る影もない。柄頭には紋章が掘られているが、目を凝らしてようやく形がわかるという程度にまで腐食が進んでしまっている。


「やっぱり探してる剣はこれだろうけど。問題は、どうやってそれを納得させるかだな」


 ゾンビ系のアンデッドなら普通に倒せば土に還るが、ゴースト系はそうはいかない。


 なんらかの手段で倒せたとしても、執着がある限り何度も復活して現れるのだ。完全に浄化させるには、納得させて昇天させるか、高位の聖魔法で無理矢理消滅させるかしかない。


 だがこの場に聖魔法の使い手などいないし、仮にその手段を取れば、ゴーストは苦しみながら消滅していくことになる。あの絶望と悲哀の叫び声は、二度と聞きたくない。


「……その剣、どっかに捨ててきちゃったらダメなのかしら」


 バネッサの提案は速攻で却下だ。


「そしたら行方を探すために、捨ててきた人間を延々と追い回すよ。ゴーストってそういうものだから」


「それに、ゴーストさんの大切な物を捨ててしまうのは、あんまりです」


 言って、ソフィアは剣から顔を上げた。


 なにか覚悟を決めたように、真剣な眼差しをおれに向ける。


「わたしが、やってみます」


「ソフィアが、なにをやるんだ?」


「この剣を、修復してみせます」

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