第2話 ざまあみろ、です
ふたりで魚を釣って食べ終える頃には、陽が沈んでいた。
おれたちはその場で野宿することになる。
けれど、おれはいつまで経っても眠れず、ただ焚き火の炎を見つめていた。
目をつむれば、裏切られ、奪われたあの光景がぐるぐると何度も浮かんでくるのだ。
「……眠れないのですね」
ソフィアの声が穏やかに響く。
「ごめん、起こしちゃったか」
「いえ、わかります。わたしにも、眠れない夜は何度もありましたから」
それで話が終わるかと思ったが、ソフィアは寝袋から抜け出してきて、おれの隣に腰を下ろした。
今まであえてなにも聞かずにいてくれたソフィアが、初めて踏み込んできた瞬間だった。
「眠れないのなら、いっそ吐き出してみませんか」
「……面白くない話しか出てこないよ」
「それはきっと、考え方次第です」
「裏切られて、奪われて殺された。そんな話を、どう考えたら面白くなるって言うんだよ」
声が荒くなりかけて、ぎりぎりで自制する。
ソフィアはゆっくりと首を横に振った。
「あなたは生きています。相手からすれば殺したかったのに見事に失敗して、まんまと生き延びられてしまったのです。ざまあみろ、です」
ソフィアはそっと小首を傾げる。
「愉快ではありませんか?」
なにも言い返せない。
そういう発想は、おれにはなかった。
そうなのか? 生きていただけで、ざまあみろ? たった、それだけで?
「それに、シオンさんがなにもかも吐き出して、それで眠ることができたなら、それもやっぱり、ざまあみろ、です。あなたの元お仲間は、裏切りを用いてさえ、あなたから安眠を奪えなかったことになるのですから」
なんてポジティブな考え方だろう。
もしくは、無理にでもポジティブに考えなければ、心が押し潰されていた。そういう日々をソフィアは送ってきたのかもしれない。
おれにそうさせないために、自分で学んだことを教えてくれているのかもしれない。
ソフィアはこんなときでも姿勢正しく、ぴんと背筋を伸ばしている。
おれもそんな姿勢でいられたら、どんなにいいか。
……でも。
「疲れないか? そんな風に背筋を伸ばしっぱなしでさ」
「はい、実は長くこうしていると疲れてきます。でもこれは見栄なので、仕方がないのです」
「見栄?」
「はい、こうして背筋を伸ばしていれば、わたしの小さな胸も、少しは大きく見えるかと」
急になに言ってんの、この子。
ついソフィアの胸元に視線が吸い込まれる。
……慎ましい。まったくもって慎ましく、可愛らしい。
「いかがでしょうか」
「え、あ、いや、気にするほど小さくないと思う、よ?」
「つまり、小さくはある、と」
おれは黙って目を背ける。
それから気付く。
「ソフィア、君、またそんな真顔で冗談を」
「いいえ。割と本気、だぞ」
「マジか……」
「なんちゃって」
おれはまた脱力して苦笑する。
おいおい。
「意外とお茶目なんだな、君は」
「はい、たまにそう言われます。ただ、胸のことは本当に気にしていないので、安心してください。まだ将来に希望がありますので」
穏やかな、けれどわかりづらいソフィアの微笑みに、おれはもうひとつ気付く。
かなり気を遣わせてしまっている。
わざわざこのタイミングで冗談を言うなんて、おれの心を和ませる以外の理由なんてない。
そこまでしてくれたお陰か、ソフィアの提案に乗るのも悪くない気がしてきている。
おれは小さく息をついてから、心のわだかまりを吐き出すべく口火を切った。
「……おれは『フライヤーズ』っていう、S級冒険者パーティの一員だったんだ――」
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