第24話
本社のシステムがサイバー攻撃に遭った翌週。
システムセキュリティ強化プロジェクトが発足し、メンバーに入って欲しいと島田課長から伝えられた。
「いいんですか?管理課でもないし、経験年数も一番短い俺が入って。」
「マレーシア工場の劉課長がプロジェクトリーダーなんですが、彼からの指名です。私もほぼ通訳としてメンバーに入っているから、一緒に頑張りましょう!」
指名?なんか嬉しい。
なんだろうこの感じ。凄くわくわくする!
まるで、新しいゲームソフトをプレイする前のような感覚。攻略本を読むような気持ちで、情報セキュリティの教科書を読んだりして、プロジェクト会議までの期間を過ごした。
そして、ついに今日は3日連続で行われるプロジェクト会議の初日。劉課長が会議のために来日し、システム部にも挨拶にやってきた。
「マレーシア工場の劉です。宜しくお願いします。」
少し辿々しい日本語での挨拶だけど、爽やかな笑顔でとても印象が良い。宮本代理から劉課長の紹介があり、経歴にイギリスのセキュリティソフトの会社でプログラムを開発していたということを知った。
だからあの時、あんなにサクサクと対応できたのか。
全体の挨拶が終わると俺のところにやってきた。
「Thank you for accepting my nomination!」
・・・???ノミネーションありがとう?
困っているのを察して、「指名を受けてくれてありがとうって!」と島田課長が通訳してくれた。
「おぉ・・、Thanks too!」
通じたらしく、握手をすると宮本代理のところに戻っていった。
やばい、英語が分からん・・・。
nominationはなんとなく分かったけど、acceptingって何?英語も勉強しないとかな・・・。
「島田さんってめっちゃ英語出来るんですね。」
「母が高校の英語教師なの。小さい時から英語教育だけはスパルタで、英語で話さないとご飯が出てこなかったりしたこともあったなぁ。今思うと有難いことに財産よね。」
それはそれで大変そうだ。取得資格を聞いたら、TOEICは受けていないらしく、英検は1級らしい。
宮本代理も会話が難しいらしく、島田さんは通訳として連れていかれた。
「英語を話してる島田さん、尊いっ!」
柴田さんは順調に推し活をしている。職場にこういう楽しみがあるのは良いかもな。
あのあと山田とはどうなったんだろう。山田はルックスも愛想も良いから、よくちやほやされるし、友達なのか彼女なのかわからない女の子が常に回りにいるから、柴田さんがなびかなかったらすぐ諦めるかもな。まぁ、俺には関係ないけど。
プロジェクト会議の時間になり、メンバーが会議室に集まった。常務も来てる。なんだか緊張!
管理課は全員がメンバーに入っているのかと思ったら、主任の姿が見えない。
あれ?そういえば、最近見てないかも?
会議が始まると、常務からこのプロジェクトのゴールが提示され、リーダーは劉課長との発表があった。劉課長からは具体的なスキームを、島田さんの翻訳により伝えられた。メンバー全員が主体的に、疑問に思ったことや気付いたことを些細なことから全てを書き出し、課題を解決していく。
俺は一番下っ端なので、議事録係かなぁと思っていたら、劉課長がWebミーティングを開いてメンバーを召集し、会議記録を共有して全員で入力していく形をとった。これなら会議が終わったと同時に記録が残るし、回覧する手間もない。
劉課長は英文を入力していくけど、自動翻訳機能ですぐに日本語訳も追加される。たまに変な日本語になっているときは島田課長が修正していった。
今までに参加した会議とはスピードがダンチ・・・。すごい、楽しい!
通信機器の脆弱点を確認するため、会議室を出てサーバー室へと移動する。会議室でだけでなく、現場もしっかり自分達で確認するところとかは、普段から現場で作業をしている新規開発課的に嬉しい。
『日本の製造業には三現主義っていう言葉がありますよね?僕は、素晴らしい考え方だと思っています。情報を取り扱う僕らは特にバーチャルに偏ってしまいがちかもしれませんが、正しい情報を管理するためには、現場で現物を見て現実を把握する必要があります。バーチャル=リアルでなければいけません。』
劉課長と宮本代理の少し後ろで島田さんが通訳をしている。劉課長の話が面白くて、移動しながらも聞き耳を立てる。
宮本代理も長年システム部にいるだけあって、通信機器の機種や場所など、通信インフラの現状はほぼ完璧に頭に入っているようだ。
サーバー室で通信機器の状態を確認する。確かに、古そうだな。
『Wi-Fiルーターも結構古い型ですね。プライオリティはそこまで高くないですが、更新した方が良いでしょう。皆も気付き等をどんどん出して下さいね。すぐに対応すべきかどうか、出来るかどうか、とは関係なく、課題として認識しておくことが重要です。』
会議中ほとんど口を開かなかった、管理課の木村さんや庄司さんも意見を出し始めた。俺も負けてられないと思い、思い付くことを全て出した。
会議室に戻り、今日の会議のまとめに移る。まだ1時間も経っていない。今日洗い出した課題の解決案を明日の会議に各々で持ってくることになった。
会議が終わると休憩コーナーに行って頭を整理する。ドーパミンがドバドバ出てる気がする。
「会議、お疲れさまでした。」
声をかけてきたのは劉課長だった。
「お疲れさまでした。とても有意義な会議でした。」
「ユーイギ?すみません、まだ簡単な日本語しか分からなくて・・・。meaningfulね。良かったです。」
彼は分からない単語をすぐにスマホで調べて理解してくれた。
「木下さんはsystemsecurityのbasicを持っていますね。schoolですか?」
言ってることは分かるけど、これは、意志疎通が難しいぞ。
「大学で専門の講義を取っていました。」
スマホの自動翻訳アプリに向かって話し、翻訳された文を見せる。
「"I was taking a specialized course at university."」
「Oh.それは頼もしい!」
通じているっぽい。でも、翻訳アプリがちゃんと翻訳してるのかは不安だな。やっぱり英語も勉強しよう。
「劉課長は、日本語の勉強を始めてどのくらいですか?」
「どのくらい」の理解に少し時間がかかったけれど、期間のことを聞いているんだと察してくれて、「3ヶ月くらいです」と返ってきた。3ヶ月でこれだけ話せるようになるか。
「僕も英語を勉強します。」
「目的があるとlearningが速くなる。僕も頑張ります。」
劉課長の目的は仕事が円滑になるからかな。
島田さんが劉課長を呼びにきた。英語で話しているので内容はよく分からない。
なんか、距離近くない??
海外の人だしこんなもんなのかな。島田さんがいつもより笑顔のような気がするのも気のせい?
「お2人は意志疎通がバッチリで、息が合ってますね!」
特に変な意味を含まず、仕事上で感じたことを伝えただけだったけれど、劉課長は何故か照れる。
「分かりますか?結婚します。」
・・・・・え?誰と?
微妙な空気になっていることに気付いたっぽい。
「Would it have been better not to say it?」
「まぁ、早かれ遅かれだし・・・。It's okay.」
劉課長はほっとした表情で、島田さんに「ごめんね・・・」と謝っている。
「これは、ガチですか?2人が結婚するってことですよね?」
「そうです。まだ木下くんで留めておいてね。仕事のこととかも調整取りたいんだけど、なかなか進められてなくて。」
結婚するってことは、島田さんがマレーシアに行くのかな?
島田さん、めっちゃ仕事持ってるもんな。パッとは辞められないよな。劉課長も同じだし、今は遠距離なのか。
「そうだったんですね・・・。僕から広めたりはしませんよ。」
2人とも「ありがとう。」と微笑む。端から見てもお似合いの2人だし、仕事の話じゃないときは、好き同士なんだなっていう空気感も伝わってくる。
別に恋した訳でもないのに失恋した感覚。島田さんには俺なんかじゃなくて、彼の方が年齢的にも人間的にも絶対的に合っている。
13歳かぁ。13年、いや、10年でも早く生まれてればなぁ・・・。タラレバを考えたところで意味はないけど。
劉課長は宮本代理が前に座っていた管理課の机で作業している。マレーシア工場にはリモートで指示を出したりしているみたいで、たまに英語が聞こえてくる。
「会議どうでしたか?」
となりの席の柴田さんが話しかけてきたので、全体的にレベルが違ったことを伝えた。
「そんな感じしますよね。劉課長はキレキレって感じ。そういえば、管理課の川中主任、辞めるらしいですよ。辞めて当然だと思いますけどね。」
やっぱり、そうなんだ。柴田さんはこの前のサイバー攻撃事件のとき、川中主任を呪うって言ってたし、気味が良いのかも。
「・・・逆凪が来ますよ。」
逆凪とは、陰陽師が術をかける際に起こる反動のことで、柴田さんなら分かるかなーと思って言ってみた。
「私、陰陽術使えないです。」
普通に通じてるんだけど!
彼女とは、ある意味英語より難しいかもしれない意志疎通が出来ている。そのことが少し面白くて笑ったら、柴田さんも笑っていた。
翌日のプロジェクト会議もサクサク進み、昨日よりも個人が発言する雰囲気が出来上がっていて、活発に意見も飛び交っていた。
『講じた対策が本当に有効かどうかの検証も必要です。そのために僕らは、サイバー攻撃やハッキングをする側の手法も考える必要があります。』
「因みに、劉課長は以前セキュリティソフトの会社でプログラムをご担当されていたとのことですが、ウィルスを作ることも可能ということですか?」
会議の場が何でも言えるような雰囲気になってきたこともあり、管理課の木村さんは気になったことをさらっと質問している。
『もちろん、作ることは出来ますよ。でも、それはやってはいけないことだと理解しているし、人が困るものを作ろうとは思いません。薬剤師が毒薬を作らないのと一緒です。』
劉課長も当然のことをさらっと答えている。何聞いてんだよ、っていう空気もなく、これなら些細な意見も出しやすい。
具体的な対策案が固まり、明日までにこの対策案を突破する案を考えてくることが宿題になった。
プロジェクト会議も大事だけど、日常の仕事ももちろんある。会議後に新生産管理システムでの質問対応のため、工場に出向いていると、見学したいとのことで劉課長がついてきた。
「島田課長は来ないんですか?」
「彼女は来れないようでした。邪魔しないようにします。」
共通言語って大事なんだなぁ。場が持たん。
簡単な日本語ならいけるかな。
「あの、島田さんには劉課長からアプローチしたんですか?」
めっちゃ照れてる。
「そうです。実は初めてWeb会議で見た時から良いなって思ってました。彼女に夫がいないことを知ってからはもっと好きになって、気持ちを伝えました。」
出会いは俺が入社する前かな。日本語が辿々しいから分かりづらいけど、独身だと分かってから本気を出したってことか。
「劉さんは結婚したことありますか?」
「ありますよ。彼女もそうで、仲良くなりました。」
意気投合したってことね。何となく分かってきた。
「応援してます。」
「あはは、ありがとう。前の結婚は、あなたくらいの頃でした。ちょうど島田課長と同じくらいの年齢の女性と。It's better not to hurry.」
ん?どういうこと?
「13歳上の女性と結婚したんですか?」
「そう。説明難しい。」
マジか・・・。って、俺でも島田さんを狙えばいけるってこと?
「ダメですよ。彼女はengagementがあります。」
顔に出てた?劉課長は人のことをよく見ている。
「I know.」
俺でも分かる超簡単な英語で答えたら「Yes.」と頷いていた。
工場に入ると篠田さんに絡まれ、無駄な時間を使ってしまったけれど、工場のみんなとコミュニケーションが取れてて素晴らしいと褒めてもらえた。
工場からフロアに戻るとき、島田課長を見かけた。工具を持っている。何するのかと思ったら、PCをバラし始めた。
「Fantastic!」
隣を歩いている劉課長も驚いている。
しばらく見ていると、すぐに元に組み立て直し、PCを起動させた。
「白井さん、治りましたよ。」
「すごーい!さすが島田さんね!」
前におばさんって呼んでしまった白井さんのPCだったのか。なにが「すごーい」だよ。なんか腹立つなー。
島田さんは「いえいえ、また何かありましたら言ってくださいね。」と会釈をしてフロアに戻るようだったので、声をかけた。
「島田さん!見てましたよ。分解。」
後ろから声をかけたからビックリしていた。
「え!見られてたの?ああいうの見ると腕が疼くのよね。私、工業高校からの工業大学出身なの。ソフトよりハードの方が好きかも。」
危険物や溶接の免許まで持っているらしい。
「めっちゃカッコいい!」
「ありがとうございます。劉課長、しゃべり方が片桐工場長っぽいですよ。」
劉課長はマレーシア工場の工場長に日本語を習っているらしい。その人は「めっちゃ」をよく使うという、俺にはほぼ必要の無い情報を教えてくれた。
自席に着き、英語で話している劉課長と島田さんを眺める。今日は驚いたことばかりで疲れたけど、2人を見ているとなんだか眩しい。
「英語習いに行こっかなー。」
柴田さんがこっちを見る。
「私も行きたいです。一緒に行きませんか?サークルみたいな感じで。」
一緒に?たしかに、一人より心強いかも。
「いいですね!励みになりそう!」
英語が話せるようになったら、劉課長ともっと話したい。仕事だけじゃなく、プライベートのことも色々と勉強になりそう。楽しみだな。
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