第23話

 水曜日の21時。国際線の到着ロビーで、彼の姿を探す。

 最初のデートの時より緊張してるかも・・・。

 

 10月に入り、日本の夜は肌寒い。南国に住んでいる彼の服装を心配つつ、早く出てこないかと待ちきれない。

 

 続々とゲートから出てくる旅行客の中に彼の姿を見つけると、嬉しくて笑顔になるのが自分でも分かった。彼はちゃんとグレーのニットカーディガンを着ている。

 手を振ると、彼も笑顔で手を振り返し、足早に近づいてきた。

 

『ユーユ!逢いたかった!』

 

 ぎゅっと抱き締められて、私も抱き締め返す。すぐに離れて『移動、「お疲れ様でした」』と言ったら、「全然疲れてないよ!」と日本語が返ってくる。

 

「すごい!日本語上手!」

 

「とんでもないです。」

 

 お腹は空いてないか聞いたら、機内食を食べたから大丈夫、と言って荷物を片手に持ち替え、手を繋いできた。嬉しくて手を握り、腕にも密着する。


「真悠子?」

 

 突然後ろから声をかけられて振り向く。

 

「ぅお、お父さんっ!」

 

 反射的に、ぱっとリーリの腕を離した。

 リーリも「お父さん!?」と慌てる。

 

「こんな時間にこんなところで会うなんてな。この男は誰だ?さっき抱き合ってただろ?」

 

 見られてたなんて!しかもお父さんに!

 

「彼は、今お付き合いしている劉福利さん。年末に二人でお父さんとお母さんに挨拶に行く予定だったんだけど・・・」

 

「えっと、初めまして!劉福利と申します!」

 

 最初の挨拶を練習していたのか、リーリからはすらすらと日本語が出てきた。

 

「ほぉ・・・。年末じゃなくて、今じゃダメなのか?お母さんももうすぐ迎えに来るし、どこか店にでも入ってゆっくり話したい。」

 

 日本語が聞き取れなかったリーリに英語で通訳していると、お父さんは英語で『君とゆっくり話をしたい。今!』と、リーリの目をしっかり見据えて話した。「Now」がちょっと威圧的だな。

 

「分かりました。宜しくお願いします。」

 

 リーリもお父さんの目を見て、日本語ではっきりと応えた。

 

 

 近くのファミリーレストランに入り、とりあえず飲み物を注文して、リーリと一緒にフリードリンクを取りに行った。

 

『なんか、ごめんね。偶然お父さんに会うなんて・・・。』

 

『謝ることじゃないよ!むしろ、早くお会いできて良かった。』

 

 こんな時でもすごく堂々としていて、頼もしいな。早くお母さん来ないかな・・・。

 

 席に戻ってお父さんにホットコーヒーとスティックシュガーを2本渡すと、いっぺんに2つの袋を破って入れている。昔から変わってない。

 

「お父さんはどこから帰ってきたの?」

 

「イスラエルだよ。中東への取材は今回が最後なんだ。体力的に危ないからね。」

 

 お父さんは私には優しく話をしてくれる。リーリに、父は報道カメラマンで、イスラエルから帰国したところだと英語で伝えると、『彼女の父親の職業も知らないのか?』と英語で話してきた。

 

『英語が通じるということは伺っていたのですが、職業までは聞いていません。真悠子さんのお父さんがどんな職業に就いていたとしても、僕が真悠子さんのことを好きな気持ちは変わらないので、重要ではないと思いました。』

 

 はっきりと理由を伝えるリーリに、お父さんがさらに話を続けて白熱してきたところでお母さんが到着し、胸を撫で下ろした。リーリはすっと立ち上がって自己紹介をした。

 

「初めまして!真悠子の母です。あらぁ、思ってたよりイケメンね!真悠子から話は聞いてます。お父さんとは何話してたの?」

 

 私がお父さんとリーリの話を要約して話すと、「え?」と驚いた。

 

「どうしたの?今まで真悠子のことは本人に任せるって、意見を言ったことなんて殆ど無かったじゃない。」

 

 お母さんの言った通りで、お父さんは授業参観や運動会、入学式にも卒業式にも来たことがないし、進学や就職を決める時ですら、好きな道に行けば良いと言って口を出すことはなかった。

 

「・・・もう、見たくないんだよ。」

 

 お父さんはリーリをチラッと見て、英語に切り替えた。

 

『いつもは自分で決めた道を生き生きと前に進んで笑顔を絶やさなかった真悠子が、あんなに自信無さげにため息をついて、泣いて、落ち込むところを見たくない。あんな男に真悠子を嫁にやったことを本当に後悔している。次があるなら、相手が真悠子に本当に相応しい男なのか、俺がしっかり見てやろうと思っていたんだ!』

 

 あんな男、というのは離婚した夫のことで間違いない。離婚するとき、お父さんはものすごく怒って、相手に殴りかかる勢いだった。

 

『お気持ちは良く分かりました。僕も1度結婚を失敗しています。その事は真悠子さんとも話をして、似た経験をしてきたことで共感する部分もありました。僕はこれから先の人生を真悠子さんと共に、楽しく笑顔で過ごしていきたいと考えています。そのためには真悠子さんのご両親にも、僕が真悠子さんのパートナーとして納得する相手だと認めていただきたいです。』

 

 リーリは真摯に思いを伝えてくれたけど、お父さんはなんだか腑に落ちないらしい。

 

『もぉ、なんで今になってそんな態度になるの?劉さんは前の夫とは違うし、私も昔の私じゃないの。せっかく前を向いて歩き出そうとしてるのに・・・。』

 

 だんだん辛い気持ちになってくる。リーリは私の手を握って励ましてくれた。

 

『まぁまぁ、そんなに険悪な雰囲気になったって仕方ないじゃない。真悠子がお父さんの態度を気に入らない気持ちも分かるけど、お父さんが心配する気持ちも分かる。真悠子は押されると応えてしまうところがあるから・・・。劉さんとはどのくらい結婚したいの?仕事と結婚、どっちかを選択しなくちゃいけなくなったら、結婚を選べる?前の結婚の時は、同じ質問をしたとしたら、たぶん真悠子は結婚を選ぶことができなかったと思う。』

 

 確かに・・・。前の結婚の時は、仕事を続けて良いっていう条件が絶対だった。でも、今回は・・・

 

『仕事も結婚も欲しがったら欲張りなのかな。前の夫は家事を全て私に任せてたけど、劉さんはそんなこと無いと思う。フェアに物事を考えてくれて提案してくれるし、何か問題が起きたときも解決案を一緒に考えて、押し付けるんじゃなくて2人で納得した形を採用してくれる。彼と2人でなら、私の夢も彼の夢も叶えられると思ったの。仕事も続けたいし家庭も子どもも欲しい。それは欲張りなことなの?』

 

 お父さんとお母さんは黙ってしまった。言い過ぎちゃったかな・・・。

 

『あの、真悠子さんのお父さんとお母さん。よく知らない男が急に出てきて娘さんと結婚したいって言ってきたら、警戒するのは当然だと思います。だから、僕のことをもっと知って下さい。僕も、お2人のことをもっと知りたいです。SNSとかは利用されてないですか?僕は、真悠子さんと日常を共有するためのアカウントを持っています。2人のやり取りなので恥ずかしい気持ちもありますけど、是非見てみてください。2人の関係が分かると思います。』

 

 お父さんは世界の紛争や自然破壊の現状などを発信するためのアカウントを、お母さんは日本の英語教育を発展させるためのアカウントを持っていて、私を含めてそれぞれのアカウントを交換した。

 

『今日はまだ結婚を認めて貰えないかもしれませんが、年末にまたご挨拶に伺いますので、そのときには認めて貰えるように頑張ります!あと、そのアカウントはほんとに2人だけのやり取り用なので、取扱い注意でお願いします。』

 

 親にこんなの見せるの恥ずかしいんだけど・・・。まぁ、いっか。私も、2人の仲が分かるような投稿をしていこう。

 

 お店を出て、『今日はありがとうございました。』とリーリが頭を下げると、2人も頭を下げて挨拶をしてくれた。

 

『私は今日、劉さんが真悠子のことを本当に好きだという気持ちは感じたけれど、前のことがあるし慎重に吟味させて下さい。年末、お会いできるのを楽しみにしていますね!』

 

 お母さんが笑顔で締めてくれて、お父さんも最後は握手をして帰っていった。

 

 2人の姿が見えなくなると、リーリは大きく息を吐く。

 

『はぁー、緊張したぁ!役員会議の50倍は緊張した。』

 

『そんなに?偶発的なイベントなのにあんなに堂々と対応できて、すごく頼もしくて嬉しかった!ありがとう。』

 

 手を繋いで私の部屋を目指す。もうすぐ23時だ。

 

『すっかり遅い時間になっちゃって、ごめんね。寒くない?カーディガンの下って半袖でしょ?暖かい服持ってるか心配しちゃった。』

 

『僕は機内で寝てたからまだ元気だよ。ユーユは?帰ったらすぐ寝て良いからね。服はイギリス時代のものを引っ張り出したよ。捨てなくて良かった!日本の10月の夜は結構寒いんだね。マレーシアにいるとなかなか体験できないけど、寒いのは嫌いじゃない。寒いってだけでくっつく理由になる。』

 

 くっつくと暖かいし、気持ちも暖かくなる。

 

 最寄駅までは地下鉄で、そこからは徒歩で部屋に移動した。

 リーリを部屋の中に招き入れると、キョロキョロしている。

 

『お邪魔します。・・・なんか、ユーユの部屋って、カントリーと近未来が混じった不思議な空間だね。』

 

『そおかな。カントリーというより、印象派をイメージしてます。好きじゃない??』

 

 カバーリングや飾ってある絵画は印象派で揃えてある。近未来と言われる所以はたぶん、ロボット掃除機とかの家電が多いからかな。

 

『ううん、面白くて好き!ユーユは家電とか機械が好きなんだね。仕事でも、製造用機械のことにすごく詳しいから尊敬してるよ。』

 

 リーリは荷物を置くと、荷物の中からヘーゼルナッツ味のホワイトコーヒーを取り出した。

 

『はい、これ。好きでしょ?あ!お父さんたちにも渡せば良かった!しまったな・・・。』

 

『いいよ、急に会ったんだし。それにしても、ビックリした。偶然会ったのもそうだけど、お父さんたちが結婚のことをあんなにいろいろ言うなんて、思ってなかったから・・・。』

 

 リーリはぎゅうっと私を抱き締める。私も抱き締め返した。

 

『ご両親の気持ちを早く知ることが出来たから、良かったよ。それに、ユーユのことも知れた。前の結婚相手との離婚は、ご両親が心配するほど辛いものだったんだな、とか。』

 

 辛かったのかな。きっと離婚することが辛かったんじゃない。傷つけられたのは・・・

 

「自尊心、かな・・・」

 

 リーリは「ジソンシン?」と、スマホで調べようとしている。

 

『とりあえず、明日ゆっくり話そう!お風呂に入って早く寝ないと。明日は会議もあるし忙しいんだから!』

 

 彼はまだ話したかったみたいだけど、時計の針を見て残念そうに荷物の整理を始めたので私からお風呂に入った。

 

 

 2人とも寝支度を整え、久しぶりに一緒の布団に入る。

 

『ん?なんか、落ち着く香りがする。』

 

『リーリがいつもつけてる香水を少し、寝具につけてるからかな。』

 

 布団の中でぐっと引き寄せられると、彼の鼓動が耳元で聴こえる。

 

『そんな可愛いこと言われると、ドキドキして眠れなくなっちゃうよ。』

 

『早く寝ようよ。日付変わっちゃったよ?仕事のパフォーマンスが落ちる。』

 

 なんだか残念そうな表情で、『そうだね。おやすみ。』とキスをした。

 ここに彼がいて、抱き締めてくれている。

 幸せに浸りながら、彼の心音を聴いていたら、眠ってしまっていた。

 

 

 朝目覚めると、彼はまだ隣にいて眠っていた。移動で疲れてるよね。

 寝顔を見れるのはレアだな。スマホで写真を撮ってしまった。

 朝御飯を作ろうと布団から抜けると、『ユーユ?』と声が聞こえて、『起きた?』と返事をしたけど、まだ寝ているようだ。

 寝言?可愛い・・・!

 

 オーソドックスに味噌汁と目玉焼きを作り、リーリを起こす。彼的には寝過ごしたらしく、時計を見てビックリしていた。

 

「いただきます!」

 

 2人で手を合わせていただきますをする。彼は箸も上手に使えるし、食べ方も綺麗。

 

「美味しい!オミソシルって美味しいね!」

 

 私の味噌汁は鰹節をあと乗せする。気に入って貰えて嬉しい。

 マレーシアにも鰹節って売ってるのかな。

 

 食べ終わると、食器を予洗いして食洗機に任せた。顔を洗って着替えると、乾燥機付き洗濯機に洗濯物をセットする。

 

『ニットは縮むから帰ってから別洗いするね!』

 

 リーリは家電を見て、『近未来はすでに今なのか・・・』と呟いていた。

 

 

 一緒に玄関を出て会社に向かう。

 会社用のお土産も持ってきたらしく、荷物がいっぱいだ。

 

 都営バスに乗り、彼も交通系ICで決済をして降りる。

 守衛で、彼のマレーシア工場の社員証を渡して出張で来たことを伝えると、本社のセキュリティも通れるようにセットしてくれた。

 

『良かったですね、劉課長!』

 

「ありがとうございます。」

 

 守衛に日本語で挨拶をして、彼は自分の社員証で本社のゲートを通過した。

 

 この後劉課長は、召集をかけてきた常務と面談して、その後にシステム部に来る予定だ。

 窓口の総務部に案内し、「では、また後で。」と言うと、「島田課長、ありがとうございました。」と頭を下げてお礼を言ってくれた。

 

 ロッカーに向かっていると、木下くんが声をかけてきた。

 

「おはようございます!今日から劉課長が来ますね。楽しみです。」

 

 彼は劉課長に指名されて、私はほぼ通訳係で、セキュリティの強化プロジェクトのメンバーに入っている。

 

「やる気が漲ってるね!きっと学ぶことがたくさんあると思う。私もインフラ系は得意分野じゃないけど、精一杯取り組まなくちゃ!」

 

「セキュリティシステムの本を読んだりして予習してきました。仕事の評価とかは関係なく、面白いなと思って。・・・去年の冬の俺は、もういません。」

 

 かなたくんは「まゆさんが思ってるほど良い子じゃない」って言ってたけど。

 

「思ってた以上に良い子だったよね。」

 

 意味が通じたのか「少しは興味持って貰えました?」とにこっと笑う。

 

「そうねぇ、前よりはね。仕事仲間として。」

 

 彼とはお友達にはなれなかったけど、良い仕事仲間になれると良いな。

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