第22話

 あれ?VPNで本社のシステムにアクセス出来ないぞ?

 パスワードを確かめてもう一度ログインを試みたけれど、『ユーザーはログイン済みです』と表示が出て入らせてくれない。

 

 劉課長に助けを求めて内線を入れようとすると、田川部長から電話が掛かってきた。本社のシステムがサイバー攻撃に遭っていて、劉課長にリモートで応援を要請しているらしい。

 そのせいで入れないのか。となると、劉課長はしばらくは忙しそうだな。

 

 

 マレーシア工場は稼働が始まってから大きなトラブルもなく、穏やかに生産活動を営むことが出来ている。

 これも一重に、携わってくれている社員や関係者のお陰だ。工場長を任されてからは社員が働きやすい職場を、仕入先などの取引先には親しみやすい工場を目指して、積極的に皆の声を聞くために話しかけるようにしている。

 

『こんにちは!今日は天気がいいですね。いつも配達、ありがとう!』

 

 運送会社のお兄さん、というかお父さん?に話しかけると、笑顔で『どうも!ここに来ると少し休憩させて貰ってるよ!』と言って屋外の休憩スペースに移動していった。

 一緒に休憩スペースに入って運送業の景気はどうか聞いたりしていたら、『そういえば、ここに劉福利さんという男性が働いているようだけど、いつもいるんですか?』と聞かれた。

 

『劉さんはシステム部の課長で、常勤です。お知り合いですか?』

 

 個人情報を出すのはあまり良くないとは思いつつ、知り合いの可能性が高いと思って答えてみた。

 

『えぇ、知り合いの息子さんが3年前にイギリスから帰ってきて挨拶に来たけれど、その後連絡を取っていないと聞いていたもので、気になりまして。』

 

 彼から実家の話なんて聞いたことが無い。親と折り合いが良くないのか?

 

『そうなんですか。劉課長にあなたのことを話しても良いですか?』

 

『はい、構いませんよ。宜しければ連絡先も伝えてください。私は彼のお父さんの友人で、彼が15歳くらいの時に会ったことがあります。』

 

 その事も伝えると言ったら嬉しそうだった。

 劉さん、子どもがいたことも衝撃だったし、何かと謎が多い。めっちゃいい人だけど。

 

 

 頃合いを見計らってシステム部を覗くと、ちょうどWeb会議が終わったみたいで何やらスマホを操作していた。

 

『劉課長!』

 

 手招きすると、パッと顔を上げてこっちに来てくれた。普段は微笑って感じの爽やかさだけど、今は満面の笑みで笑える。

 

『島田さんと話してたの?』

 

『っ!・・・仕事でです。』

 

 分かりやすいなー。付き合いが長くなってくると、だんだん彼の可愛らしさが分かってくる。

 

 とりあえず会議室に入り、さっきの運送会社のお父さんからの話をして、預かった連絡先を渡した。

 劉課長は複雑な表情だ。

 

『なんか大変そうだね。相談とかはいつでも話聞くし、思い詰めないようにね。』

 

『ありがとうございます。』

 

 話したくないことをあまり深掘りしてもいけないし、そっとしておこう。

 

『あと、さっきVPNで本社のシステムに入れなかったんだけど、復旧した?』

 

『はい!本社のシステム部の部長代理がお葬式でお休みだったみたいで、リモートで応援しました。本社のシステム部のメンバーとも顔合わせをしました。』

 

 島田さんを思い出したのか、笑顔が戻る。彼には島田さんが心の拠り所なのかな。

 お盆の日本行きがキャンセルになった話以降、日本に行ったという話は聞いてないし、逢ってないんだろうな。見てるだけでこんなに切なくなるのに、自分が当事者だったらどうなってしまうんだろう。

 

 

 今回の本社のサイバー攻撃の件は劉課長が活躍したらしく、彼がまとめた報告書に目を通して田川部長に回した。さっきの話なのにもう報告書にまとめるとか、さすが仕事が速い。

 そういえば、島田さんのご両親への挨拶はどうなったのかな。個人的に気になる。

 ご飯にでも誘って聞いてみようかな。

 

 内線でサイバー攻撃の報告書を田川部長に回したことを伝えたら、彼から『夜ごはん一緒に食べませんか?』と誘ってきてくれて、もちろん快諾した。

 

 

 ゆっくり話したいらしく、なんと彼の家に招かれ、手料理を振る舞ってくれた。

 

『劉さん、料理の腕前がプロ並だね。』

 

 こんなの家で作れるの?っていう料理が出てくる。部屋の中も綺麗に保たれていて、インテリアもお洒落。こういうのをイケメンって言うんだろうな。

 

『料理は得意なんです。頭の中をリセットしたい時は手の込んだメニューを作ります。』

 

 リセットしたいのかな。それにしても、出来上がるスピードも速い。

 

 黒鯛のアクアパッツァとクリームパスタを食卓に並べ、白ワインで乾杯をした。

 

「これは、胃袋掴まれるなぁ。」

 

『「イブクロツカマレル」ってどんな意味ですか?』

 

 日本語の解説をすると、スマホでメモっている。

 

『それより、相談事だった?』

 

 口を整えると、『実は・・・』と話し始めた。

 

『実家のこと、心配かけてしまったかと思いまして。僕の実家なんですけど、事業をしています。不動産がメインで、他にも色々やってて、本当はイギリスから帰国したあと、家業を継ぐ予定でした。でも、イギリスにいる間に色々あって、すぐに帰れなくなり、親には勘当されたも同然な状態です。』

 

『イギリスにいる間の色々って?』

 

 彼は徐に、イギリスでの大学生活や、カフェでのアルバイトで恋に落ちたこと、相手が既婚者だったこと、不倫相手が妊娠したこと、自分の子どもだと思っていたけれど生まれた子どもは自分の遺伝子を持っていなかったこと、それでもその子どもを育てようと決心したこと、就職して入籍までしたけれど、相手は更に別の相手と不倫をしていたことなどを細かく話してくれた。

 

『壮絶だなぁ・・・。』

 

 血の繋がらない子どもを育てる決心をしたところなんかは、彼の真っ直ぐな性格からも納得だったけれど、それで20代が過ぎていったのかと思うとやるせない。

 

『自分で選択した生き方なので後悔はしていないですし、息子のMarkとは今も良い関係で、宝物です。でも、両親には本当に申し訳なかったなと思っています。せっかく海外の大学に進学させて貰ったのにその在学中に不倫をして、国には戻ってこないし勝手に結婚や離婚もして、怒るのも呆れるのも当然なことです。本当は両親とも関係を修復したいと思ってますが、万が一許して貰えたとして、家業を継ぐことになるとこの会社を辞めなくてはいけなくなるのも嫌だし、真悠子さんと結婚するのも遠退かないか不安で・・・。』

 

 うーん・・・。うちの工場としても、彼が居なくなるのはかなりの痛手だ。

 

『家業を継ぐことになるかどうかはまだはっきり分からないんだし、ご両親と関係を修復したいのなら、その事をしっかり伝えていくべきだと思うな。それで、関係を修復できて、家業をついで欲しいってことになってから、会社との折り合いをつけていくと良いと思う。うちの会社としても、劉課長が居なくなるのは痛手だし、かといってプライベートを犠牲にするのも良くないから、両立させていく方法を見つけていこう。働き方なんてたくさんの形があるんだしさ。例えば非常勤としてうちの会社に籍を置きながら、家業にも携わっていくという形とかもあるだうから、そこはそうなったときに良い形を模索していけば良いと思うよ。』

 

 劉さんは『そうですね。』と、ホッとしたような笑顔を浮かべた。

 

『こういうことは一人で悩まず、相談することも大事ですね。片桐工場長には助けられました。』

 

『何言ってるんだよ。俺の方が助けられてばかりで、いつもありがとう。そういえば、島田さんのご両親への挨拶はどうなったの?』

 

 島田さんのことになるとパッと笑顔が弾ける。

 

『次は年末年始の休みでご挨拶を申し込みました。彼女にも歩幅を合わせていきたいということを伝えて、早すぎないか聞いたら大丈夫だと言って貰えました。あと、日本語を勉強していることを教えたら、彼女のご両親は英語が出来るそうで、片桐さんみたいだねって二人で笑ってしまいました。でも、日本語はこれからも勉強を続けたいので、引き続きレッスンをお願いします。』

 

 俺みたいだねって・・・。まぁ良いけど。

 

『年末かぁ。当所の予定よりだいぶ遅くなっちゃったんだね。仕方ないのかなぁ。』 

 

『僕としてはもぅ、すぐにでも結婚して一緒に暮らしたいですけど、タイミングを合わせていくとなかなか難しいですね。早く結婚したいだけで、早くしないといけない訳では無いですし。仕方ないです。』

 

 そうだよなぁ。早くしなきゃいけない理由ってなんだろう。親が死にそうだから安心させたいとか?あとは・・・。

 

「授かり婚とか・・・。」

 

 劉さんはもちろん授かり婚という単語を知らない。

 

『「授かり婚」っていうのは、そのままの意味で子どもを授かってから結婚することなんだけど、今は日本でも珍しくない。5組に1組は授かり婚だって聞いたこともあるなぁ。』

 

『え!?イギリスでは婚外子も多かったですけど、日本はまだ結婚してから子どもという流れだと思っていました。授かり婚で親は怒らないんですか?』

 

『孫を見るとデレデレになるよ。俺の姉は授かり婚だったけど、結局父親は母親に諭されて結婚を認めて、孫が生まれたらもう、なんで結婚するときの順番に拘ってたんだろう、って感じ。結婚して子どもができなくて心配することもあるんだし、逆によかったね、なんて言ってたよ。』

 

 たまには実家にも顔出さないとな。っていうか、アニーを紹介して結婚すること言わないと。

 その前に、アニーの両親に挨拶だな。この国ではまだ、授かり婚は良くないイメージがある。まだそんな関係は持ってないけど。

 

『子どもかぁ。欲しいのか欲しくないのかもまだ確認していないし、そこからですね。欲しい場合は年齢的なことも考えて早く作らないと・・・。って、つ、作るとか、照れて真悠子さんに言えないっ!』

 

 劉さん、可愛いー!萌えるなこれ。

 二人きりになったら、どうせ良い感じに伝えるんだろうな。

 

『コミュニケーションをとって、方向と歩幅を合わせて行けば良いよ。俺も、劉さんに負けずに頑張らないと!』

 

 お互い頑張ろう、と励まし合い、また何かあったら相談にも乗り合おうということでディナーが終わった。劉さんはいつも客観的且つ的確にアドバイスをくれるから助かる。

 

 

 

 そして、年末年始を待たずして、劉さんは日本に行く事になった。本社がシステムのセキュリティ強化に乗り出し、劉課長はサーバーや通信機器の現状を確認して、会議にもメンバーとして出席するように指示が出たらしい。

 その事は田川部長からWeb会議で連絡があり、劉課長がにやけるのを必死に我慢している姿は田川部長にもばれるほどだった。


『宿泊先ですが、こちらでホテルの手配は必要ですか?ご友人のお宅に宿泊するのであれば、出張申請書には宿泊先に「友人宅」と記入すれば良いですよ。』


『分かりました。ホテルの手配は必要ないです。』


 劉課長は休日も日本で過ごしてから帰ってきたいと伝え、通常のチケットを本社で準備するから、変更と追加の料金は自分で手続きするように教えて貰っていた。

 めっちゃ嬉しそうで田川さんまで笑っていた。こっちまで嬉しくなる。



 自分自身についても、ついにアニーのご両親に挨拶へ行く段取りがつき、気合いを入れて良いスーツに身を包む。滅多に着けないネクタイも締めた。暑いからハンディ扇風機は必須。

 一応、アニーから聞いたお父さんの大好物だというお菓子を手土産に持って来た。

 よしっ、行くぞっ!

 

 いつもアニーが入っていくのを見届けていた家のドアのインターホンを鳴らす。緊張する!

 

『はい!お待ちしていました!』

 

 アニーが出てきてくれて、少し緊張が解れる。今日は長袖のロングワンピースを着ていて、アニーも緊張しているようだった。

 家の中に案内され、リビングにお父さんと思われる恰幅の良い西洋人男性と、お母さんと思われる綺麗なマレー系の女性が待っていた。

 リビングに入る前に一礼し、ソファへ誘導されるとお父さんとお母さんも立ち上がった。

 

『この度は、お時間をいただきありがとうございます。アニーさんとお付き合いさせていただいている片桐宏祐と申します。今日は彼女との結婚を認めていただきたく、挨拶に伺いました。宜しくお願いします。』

 

 頭を下げると、『まぁ、座って下さい。』と言われ、ソファに腰を掛ける。アニーがアイスティーを入れて持ってきてくれて、隣に座った。

 

『娘から話は聞いています。娘が好きになったお方なので、私も妻も反対はしていません。聞いていた通り、誠実そうなお方で安心しました。ひとつ気になることは、日本に移住するのは心配で寂しいということくらいです。』

 

 お父さんもお母さんもとても朗らかで優しい人柄のようだ。反対していないという言葉に、安堵した。

 

『私はこの国が好きです。この国に住み始めてもうすぐ4年になりますが、日本に帰りたいと思ったことはありません。たまに旅行のような形で帰省することはあると思いますが、この国に住み続けようと考えています。仕事ではこの国の工場を任されていますし、ここで骨を埋める覚悟です!』

 

『さすが、日本人なだけあって武士のようだ!』

 

 笑いが起き、なんか良い雰囲気になってホッとした。日本の武士とか忍者に興味があると教えてくれた。

 

 アニーのご両親も国際結婚で、お父さんも最初はイスラム教に改宗しないといけないのかと思ったらしい。自分も同じことを思ったと伝えたら、共感してくれて仲良くなれた。

 

『宏祐さんは、なんだか夫に似ているわ!』

 

 確かに話を聞いていると、共感することが多い。無意識のうちに親に似ている人を選んでしまう説あるしな。

 

 夕飯までご馳走になり、その時間になると弟さんも帰ってきて、家族全員と交流を深めることができた。

 時間も遅くなり、結婚のスケジュール等はまた相談していくことにして挨拶をいれ、玄関のドアを開ける。アニーも玄関から出てきて、玄関先で手を握ってきた。

 

「今日は、ありがとうございました。本当に嬉しかったです!」

 

 ぎゅっと短く抱き締める。

 

「こちらこそ、ありがとう。今度は俺の親に挨拶しに、一緒に日本に行こう!」

 

「はい!宏祐さん、大好きです♡」

 

 今日もアニーは可愛い。

 もう、これは夢でも良いけど醒めないでほしい。

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