第20話
島田課長が帰国し、飯田部長が追放され、宮本課長がたぶん思惑通り部長代理となり、新体制でのシステム部はまぁまぁ平和を保っている。
同じシステム部でも、新規開発課と管理課では業務内容が全然違うので、関わることがあまり無く、少し隔たりがある。
管理課には宮本課長の下に主任と役職のない課員が2名いて、全員男。歳的には、新規開発課より年齢層が上の感じだけど、宮本課長以外は独身らしい。
「木下くん、合コンとか興味ない?」
そんな微妙な距離感である管理課の、一番若手の庄司さんに、なんと合コンに誘われた。彼とは休憩コーナーでたまに話す仲で、そんなに親しくはない。話す内容はほぼゲームの話。
「合コンですか?まぁ、興味ないことはないですけど・・・。」
あんまり気乗りしないけど、無下に断るのもなんだか気が引ける。メンツが急にこれなくなって困っているらしい。この際、管理課の中のことを聞いてみようかな。
今日の終業後にロッカーで待ち合わせて一緒に行くことにした。
「宮本代理。先ほど有休申請の承認依頼を送りましたのでよろしくお願いします。」
「了解です。お休みされる日に私がやっておくことがあれば教えてください。有休は5日間は取らないといけないので、島田課長も遠慮せず取ってくださいね。」
席に戻ると、島田課長と宮本代理の会話が聞こえてきた。金曜日に休むことは知っていたけど、なんで休むんだろう。
「引越業者がその日しか空いてなかったものですから、今週になっての申請で申し訳ありません。ご対応いただくことは無いようにしておきますが、イレギュラーがあればよろしくお願いします。連絡は取れるようにしておきますので。」
引っ越すのか。そういえば、この前電車が雷で止まったとき、遠いから大変だって言ってたなぁ。
「そうですか。出来る限りは連絡しないようにしますが、やむを得ないときはよろしくお願いします。あと、私も近いうちに忌引きがあるかもしれないんです。まだなんとも言えないんですが、妻の父の容態が良くなくて。その時は管理課の方は主任にお願いしておきますが、フォローをお願いします。」
「かしこまりました。」と丁寧な返事に、宮本代理は満足そうに頷いている。
隣の席の柴田さんは、島田課長をうっとりした表情で見つめていた。
「柴田さんて、やっぱり島田課長のこと、推しですよね?」
ゆっくりとこっちに顔を向けて、「で?」と言われた。そう言われると、何も言えない。
「私が入社したとき、島田さんはまだ主任になったばかりだったんだけど、人見知りで人前で話すのも苦手な私のことを気にかけてくれてたの。入社5ヶ月くらいの時、システムの概要を大人数の前で説明する担当になってしまって。案の定頭が真っ白になって言葉が出なくなって、ヤバいっ!って思った時に・・・」
時に?
「背中に優しく手を当てて、「大丈夫!私に説明した時と同じように話せば伝わるから、呼吸を整えて!」って励ましてくれて、窮地を脱したことがある。島田さんの自然で優しい笑顔とか、分け隔てなくフラットに人と接する姿勢は私の憧れなの。彼女を虐めたり貶めたりする輩は、私が許さないから。」
柴田さん怒ると怖そうだな。普段無表情だし。
過去の「まゆさんとかなた」の関係は絶対に封印しておこう。怖い。
定時を過ぎ、庄司さんと連れだって合コン会場の居酒屋へ向かう。庄司さんは俺より2歳年上だった。それとなく管理課メンバーの歳を聞いたら、主任の川中さんは38歳、もう一人の課員の木村さんが32歳らしい。
「同じ部なのになかなかコミュニケーション取れてないですよね。」
「うちの課は宮本さんを除いてみんなゲーマーだし、ネット民なところもあって口下手だからさ。この後の合コンも、木村さんを誘おうかなって一瞬頭を過ったけど、絶対に木下くんの方が相手に喜ばれると思って木下くんに声かけちゃった。」
俺の方が喜ばれるかどうかは、相手にもよると思うけどな。
「相手ってどんな関係の人たちなんですか?」
「俺の大学時代の友達の会社の人だよ、証券会社ね。俺、合コンとか初めてなんだよね。緊張する。」
「あ、ここだ。このお店だって。」と言われてお店を見る。なんとなくこっちに向かっているな、とは思ったけど、マジでこの店とは・・・。
「いらっしゃいませ!ご予約ですか?」
山田が笑顔で接客してくる。庄司さんの後ろに隠れていたけど、すぐに気付かれた。
「っ、かなた!なにそのビジネスマンみたいな格好!」
庄司さんが「なに?知り合い?」と驚いている。
「ここでアルバイトしていたので・・・」
山田には「後で話す」と言って、席に案内して貰った。庄司さんの大学の友達がすでに席にいて、挨拶した。真面目そうだなぁ。俺、浮いてんじゃね?
山田がちらちらこっちを見るたびにニヤニヤしてるのがイラッとくる。
当たり障りの無い会話で場を持たせていると、女子メンバーがやってきた。
第一印象は証券会社のお姉さんたちって感じの清楚系。島田課長みたいな感じのお姉さん、期待してたのになぁ。ちょっと違うなぁ。
自己紹介をして料理を注文する。今回は女子との会話が苦手な庄司さんたちをサポートする係に徹し、料理を頼んだり下げたりの役回りで場を凌ぐ作戦で前半を乗りきった。
席を外してトイレに行くと、顔を歪める山田とすれ違う。
「どうした?どこか痛いの?」
「店に来る途中にバイクで車とぶつかりそうになって避けたら足を挫いてさぁ。ビールの樽交換が辛い。」
樽交換くらいならすぐ終わるので代わりにやってあげたら、店長も出てきて「ありがとな!」と言ってくれた。
「こちらこそ、急に辞めてすみませんでした。今は再就職して正社員してます!」
この店は俺が大学に入ったくらいの時にバイトを始め、何だかんだとお世話になった。お礼をちゃんと言えたのは良かったかも。
「そうか、良かったよ。たまには顔出せよ?」
「はい!ありがとうございます!」と言って席に戻ると沈黙の空気だった。
「あれ・・・?どうしたんですか?」
「・・・ごめんなさい、私、帰りますね。」
私も、私も、と相手メンバーは帰っていった。
「え?なに、この状況・・・」
庄司さんたちは暗い表情でため息をついている。
「年収聞かれて正直に答えたら、実家住まいなのかとか、兄弟はいるのかとか立て続けに質問されて。その前に、趣味とかそういうのは聞かないの?って言ったら、ああなった。俺、変なこと言ってないよね?」
たぶん言い方がまずかったんだと思う。
「言ってないと思います・・・。前半は良い感じだったし、初戦にしては上出来ですよ!」
2人を励ましたらほっとしていた。
相手のお姉さんたち、結婚相手を探してそうだったしな。となると、彼女が欲しい庄司さんたちとは目的意識が違うかも。
ちょっとした反省会を終え、店を出ようとするとレジが混んでいた。山田がレジであたふたしている。
声をかけたら、最近始まったキャッシュレス決済の選択方法が分からないらしく、一緒に画面を出してあげた。
「今日のシフト1人なの?」
「そうだよっ!」
忙しすぎて逆ギレされた。
「すみませーん!」
お客さんからお呼びがかかる。
見てられないな・・・。
「俺、レジやっとくから注文行けよ。」
庄司さんたちに「すみません、お世話になった店で、手伝ってから帰るんで。今日は誘っていただいてありがとうございました!」と伝えて山田のフォローに入った。
結局、ラストの午前1時まで付き合わされた。
「もぉ、ほんとにかなちゃんラブ♡」
山田がウザい。もう一度キャッシュレス決済のやり方を教え、捻挫しているという足の具合を見せて貰うと、かなり腫れていた。
「おまえ、これ、歩いていいやつなの?病院行った方がいいって。」
「冷やしておけば治るっしょ。」と軽く考えている山田に、明日絶対に病院に行けと念を押す。
「店長、バイトの人員は増やせないんですか?」
「求人かけてるけどなかなか来てくれないんだよ。広告出すのも高いしなぁ。かなた、ちょっとヘルプで入れない?山ちゃんの足が良くなるまでさぁ。」
うちの会社、副業禁止じゃないのかな。
俺がヘルプに来れない場合は定員を減らして営業時間を短くするらしい。明日というか今日は定休日だから、とりあえず答えを保留にして貰った。
睡眠時間が3時間だったため、あくびを我慢しながら出社し、お昼は寝不足であまり食欲がなく栄養補助食品に頼り、自席で突っ伏して体力を温存する。普段は食堂や休憩コーナーで昼の休憩時間を過ごすので、この時間のこのフロアでの人の動きを初めて見た。
隣の席の柴田さんはマイ弁当を自席で食べて、その後は動画配信をスマホで見て過ごしている。少し画面が見えてしまった。
「リカ活ですか?」
バッ!とこっちを見て、嬉しそうに「可愛いでしょ?」と画面を見せてくる。隠す方だと思っていたので想定外だった。
「これ、私のチャンネルなの。」
眠くて、言ってる意味が入ってくるまで時間がかかった。
「・・・え!?これ、柴田さんが作ったんですか?」
どや顔でめっちゃ説明してくる。
「このリカは、島田さんをイメージして作ったの。自信作!可愛いのと凛としてる感じをしっかり表現できてるでしょ?洋服は、島田さんに着せたら絶対似合うタイトスカートのスーツね。」
推し活も兼ねてんのか。重い気もするけど、まぁ、楽しそうで良かったね。
ぼーっとその動画を見ていると、カメラワークがすごく上手で目を見張った。
動画撮影と編集も自分1人で行っているらしい。
こ、これだっ!
「柴田さんっ!今日の夜、空いてませんか!?ご飯奢るから助けてください!」
小声で心の声を叫ぶと、「なになに?面白いこと?」とけっこう乗り気で話を聞いてくれて、力を貸してくれることになった。
就業後、昨日と同じ道を、今度は柴田さんと一緒に辿る。昨日の合コンと、その後に店を手伝った話をしたら、俺がラストまで店を手伝ったことに感心してくれていた。
「この店です。」と暖簾のかかっていない引戸を開け、中に入ると店長と山田が待っていた。
柴田さんの力を借りてバイトの求人広告を作るために集まって貰った2人に、柴田さんを紹介する。山田は明るい茶髪で毛先を遊ばせていて、着ているものもなんかチャラい。勝手なイメージだけど、柴田さんの友だちにはいなさそう。
「茜ちゃんって言うんだぁ。かーわーいーいぃー!」
山田は柴田さんのことをかなり気に入り、馴れ馴れしく絡んでいて、彼女はちょっと困惑しているようだった。
普段は作業ジャンパーを着ているから分からなかったけど、柴田さんは胸が大きい。山田は柴田さんの胸を斜め上から見ている。
「早く作ろう。出来れば明日の午前に面接に来て貰って、夕方からシフトに入って貰いたい。やっぱり俺が手伝うのは限界があるからさ。」
4人でどんなCMにするのか決めて、柴田さんがどんどん撮っていく。撮った動画をスマホですぐに編集し、「"急募!すぐにシフトに入れる方!山田くんが怪我して店がまわりません!"」というテロップまで、ちょちょっと入れてくれた。
ものの15分弱で30秒のCM動画が出来上がり、お店のSNSアカウントにアップロードした。後は祈るだけだな。
「賄い作るから食べていけよ。」
店長が挽き肉親子丼を作ってくれた。食欲無いけどこれは食える。
「今日、病院でレントゲン撮ったら、ヒビ入ってたんだよね。どうりで痛い訳ですよ。」
「は?なのに昨日、あんなに動きまわってたの?凄すぎっ!超人かよ!」
俺と山田のくだらない話で柴田さんも笑っている。笑うたびに胸が揺れ、山田がイヤらしい目で見てる。
「茜ちゃんは動画作るのがほんとに上手だね!どうやって覚えたの?」
山田は柴田さんに話しかけまくり、柴田さんもだんだん慣れてきた。動画編集は独学で、リカ活が原点ということで、自分のチャンネルを見せてあげている。
「へぇー、可愛い!はるとくんとかひまりちゃんもアレンジされてるんだね。お洋服は茜ちゃんが作ったの?凄く上手に出来てる!」
「なにそれ?なんでそんなに詳しいの?」
山田がリカちゃん人形に詳しすぎて笑える。
「年の離れた妹がいて、いつも遊んであげてたからさ。あの人形たちがこんな形できれいに整えられてスポットライトを浴びさせて貰えるなんて、良いことだよ。子どもが人形遊びしてるの見てると、可愛そうになってくるからね。」
リカ活に興味を持った山田は、柴田さんのチャンネルをフォローし、メッセージアプリの友だち交換もしていた。
「お!DMきた!求人応募だって!」
店のSNSのアカウントに求人応募のメッセージが届いたらしい。店長のテンションが上がる。この調子でバイトが決まりますように。
どうしても困った時はヘルプに入れるか考えるから連絡して貰うように店長に言うと、「お前も立派になったなぁ!父ちゃん嬉しいよ!」と泣き真似して肩を叩かれた。
「この店は店長がいるから好きです。客としても来たいし!」
「ありがとな!かなた以外にも応援してくれるお店のファンもいるから、頑張るよ。」
次に客として来たら、挽き肉親子丼を裏メニューで頼もう。
バイトにはたくさんの応募があったらしく、いい子が決まったと報告があった。柴田さんにその事を伝えてお礼を言うと、「私も楽しかったから、よかった!」と言ってくれた。
それから、柴田さんは俺にもリカ活のことを話してくれるようになった。興味がないので「へえー」とか「ふーん」と頷いてるだけだけど、話し相手がいるのが嬉しいらしい。
休憩時間、柴田さんはスマホで自分のチャンネルをチェックしていると、パッと笑顔になった。
「山田さん、私が動画をアップするとすぐに「いいね」とコメントをつけてくれるんだぁ。凄くいい人だよね!」
これは・・・。山田はガチで落としに行ってるな。まぁ、でも。
「いいやつですよ。見た目はチャラいし喋りも軽い感じですけど、優しいし、意外と奥手だし。」
この二人がどうなるのかは俺には関係ないけど、ちょっと手伝うくらいはしてあげようかな。
今の俺には自分の恋愛より、誰かの恋愛をサポートするくらいの方がリハビリになる気がする。
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