第12話

 そのメッセージは突然送られてきた。

 

「"お疲れさまです。今お時間ありますか?"」

 

 慌ててイヤホンマイクを着けながら、大丈夫だと伝える。

 すぐにWebミーティングが開かれてルームに入ると、凛としてるのに優しい、ハスキーな声が聞こえてきた。

 

 この前の課会の時はカメラがオンになっていて、最後に見たまゆさんとは別人かと思うほどの変貌ぶりだった。みんなはイケメンって言っていたけど、儚さと美しさが増していて、笑った時の可愛らしさとのギャップが胸の奥をソワソワさせる。

 あーぁ、なんで俺は、あの時あんなことを言って、彼女をふってしまったんだろう。見る目がなかったな。

 

 話の内容はもちろん仕事の内容で、マレーシアの業務も抱えている彼女には負荷がかかりすぎて困っているようだった。

 俺に声をかけてくれたことが、なんだか嬉しい。

 

 「"頼ってもらえたの、嬉しかった"」

 

 音声だと回りに変に思われてもいけないので、チャットで送ってみた。予想通り、固い感じで返されたけど、少しだけ繋がりが強くなったような気がする。

 トークアプリのブロックの方は、まだ解除されなさそう。

 

 

 まゆさんからの信頼を得るためにも、まずは実績作りだな。とりあえず、指示をもらったシステム変更申請書の処理に取りかかった。

 

 まゆさんに教えてもらったパスを開くと、手順書があった。更新は最近されているけど、作成者は「島田」になっていて、作成日は10年前だった。

 

 手順書は凄く分かりやすくて、迷いなく順番に進めることが出来た。

 

「手順書って、全ての業務のものが準備されているんですか?」

 

 隣の席の柴田さんに質問すると、彼女は「手順書の作成方法についての手順書」のデータをコピーして送ってくれた。

 

「全ての業務にある訳じゃないけど、ルーチン作業はほぼ網羅してると思う。島田さんが入社した頃は口頭での説明だけだったみたいで、自分のメモをデータ化して作ってくれたの。これ、全部島田さんが作成したんだよ、凄いでしょ?木下さんも、手順書があった方がいいなって思う業務が出てきたら作ってね。」

 

 確かに凄い。量も凄いけど、内容が分かりやすいし、更新もしやすい。

 新人のうちは疑問に感じることもたくさんあるし、今のうちに疑問点を書き留めておかないとな。

 

 

 システム変更申請書の処理は、工場や検査場、

倉庫などに入っているシステムを少しいじって改良していく作業だった。

 現場に行って、どこをどうしたいのかを具体的に見て聞いて、プログラムのどこを変更するのかの案を作って部長に承認をもらい、ソースコードを変更して動作確認をして完了、という流れだ。

 確かにこれは、リモートだと面倒かも。

 

 現場に行くと、1ヶ月という短期間でも、工場でバイトしていたキャリアが活かされた。現場に知っている人がいるというのは心強い。

 

「木下くん!久しぶりだねぇ。最近どぉ?」

 

 篠田さんが満面の笑みで話しかけてきた。そういえば最近は、ネットゲームも出来てないな。

 システム部はなにかと忙しいという話をすると、「島田ちゃんがマレーシア行っちゃってるし、大変だよな!」と納得している。

 

「島田さんと仲良いんですか?」

 

「何言ってんだよ!島田ちゃんは皆のマドンナだぞ?システムのことなんてよく分からない俺たちにも優しいし、仕事は速いし、謙虚だし、笑顔が可愛い!あ、今は可愛いとか言うと、セクハラになるんだっけ?気を付けないと。俺も再来週からちょっとだけマレーシアに出張行くんだ。楽しみ!」

 

 めっちゃ評判良いじゃん。バリバリ働いてるだけじゃなくて、みんなに愛されてるんだなぁ。今のところ悪い評判は耳に入ってこない。きっと悪い評判を口にする人は、ただの妬み嫉妬なんだろうけど。

 篠田さんがなんでマレーシアに行くのか聞いたら、工場の試運転の応援のためらしい。俺も行きたい。

 

 現場での内容確認が終って、ソースコードを確認するためにプログラムのコード画面を開くと、アポストロフィーから始まる説明文に、きめ細かい配慮を感じた。

 ひとつの動作のコードの始まりに、目的と関連が明示してある。

 おかげで、今回の変更をかけるコードがどれで、どう修正すればいいのかが分かりやすい。修正が終わったら、俺も説明を更新しておこう。

 

 変更の作業が終り、飯田部長に申請書を提出すると、驚かれた。

 

「これ、木下くんが全部やったんですか?」

 

「はい。みなさんに教えていただきながらですけど。」

 

 飯田部長は実務はやらない感じだけど、確認はちゃんとやってくれるみたいでほっとした。

 

 一応島田課長に「"指示のあったシステム変更申請書の対応は、今、部長の確認待ちです。"」とチャットを送ると、「"ありがとうございました。"」と返事が返ってきた。

 

 その後は、俺がシステム変更の対応を出来るということを知った飯田部長から、直接仕事が降りてくるようになり、忙しい日々が過ぎていった。

 

 

 会社や仕事にも慣れてきて、心にも余裕が出てきた。心配していた人間関係も今のところ順調で、それには鈴木先輩の存在が大きい。

 社内不倫の前情報があったので、きっと適当な人なんじゃないかと思っていたけれど、全然そんなことない。人との繋がりを大切にしていて、仕事の進め方も皆が納得するようにしっかりと調整をとっている。

 彼の笑顔と明るい話し方が場を和ませる。

 

「木下くん、休憩行かない?」

 

「行きます!」

 

 連れだって休憩コーナーに行き、無料のコーヒーでひと息つく。この会社に入ってから、ブラックコーヒーを飲めるようになった。

 

「はやく島田さん帰ってこないかな。」

 

「何か相談事があるんですか?」

 

 鈴木先輩は島田課長に絶大な信頼をおいているらしい。柴田さんも推しなんじゃないかってくらい島田課長が好きみたいだし、彼女の人間力の高さに驚かさせれる。

 

「ぶっちゃけさ、飯田さんは俺への当たりが強くて。原因は自分にあるから仕方ないんだけどさ。島田さんがいてくれると、飯田さんから直接何かを言われることも減るだろうし、迷ったときは相談しやすいし、今はちょっとストレス状態なんだよね。」

 

 まぁ、飯田部長の鈴木先輩への当たりの強さは、俺が見ても感じるほどだ。

 同じフロアの他の部の人たちも心配している。

 

「順調に行けば後2ヶ月弱ですよね。」

 

 その頃に、自分も参加する新システム導入の対応が始まる。島田課長が帰ってくるのに合わせて開始を延ばしたらしい。

 

「持つかな、俺。」

 

「大丈夫ですよ!ダメそうなら島田課長に直談判すれば良いんじゃないですか?」

 

 鈴木先輩は俺の顔をじっと見る。

 

「そうだね。それ、良いね!」

 

 鈴木先輩も笑顔を取り戻し、マレーシアって食べ物美味しいのかな、とかの雑談をしていると、通りかかった女性社員の話し声が聞こえた。

 

「社内報見た?システムの島田さん、雰囲気変わったよね。遊びに行ってるんじゃない?あははっ!」

 

 カッチーンと来てしまった。彼女が本当に忙しいのはよく分かっている。鈴木先輩も嫌悪感のある表情で、その女性社員の後ろ姿を見ていた。

 なぜか体が動いてしまい、その女性社員に、俺は言ってはいけないことを口走ってしまった。

 

「あの・・・、あ、ぉおばさん!」

 

 その人は振り向き、「えっ?」という顔をしている。

 ヤバイっ、おばさんはダメだろ俺!

 

「あー、こらこら、すみません!こいつまだ新人で、人と名前が一致してなくて。青葉さんはこの人じゃないよ。ごめんなさい、白井さん。」

 

 鈴木先輩が慌ててフォローしてくれて、白井さんも「最初は大変よね!」と、気にしていない様子で去っていった。

 鈴木先輩に休憩コーナーの隅に引っ張って連れていかれる。

 

「おま、お前っ!何考えてんの?バカなの?」

 

「すみません、とっさの一言が・・・。島田課長は休みも休まず働いてるのにあの言い方は無いなと思ったらつい・・・。」

 

 メールの日付とか、データの更新日時とかで、島田課長が残業や休日出勤をしていることは、システム部の皆は知っている。

 

「気持ちは分かるけど、カッとなったら負けだぞ。良かったよ、俺がそばにいて。」

 

「ほんとに助かりました。なんか、衝動的になってしまう癖があって、直していくように心がけます。青葉さん、最高でした!」

 

 鈴木先輩の優しさに、感動してしまった。

 

「だろ?何が凄いって、青葉さんはほんとにいるからね。検査のリーダーで、女性ね。大場さんか小浜さんも候補に入るけど、そこをちゃんと青葉さんをあの瞬間的なスピードでチョイスしたところは、自分でもナイスだったな、あははっ!」

 

「チョイスとナイスも韻を踏んでるんですか?」

 

「あ、分かる?お前、センスあるな!」

 

 2人で笑ってコーヒーのカップを片付けると、デスクに戻る。

 鈴木先輩、面白くていい人だな。

 

 最初は不倫した情報から色眼鏡で見てしまっていたな、自分もしてたのに。

 

 人とちゃんと関わるのは怖い気持ちがあったけど、鈴木先輩とはちゃんと関わっていけそう!

 こうやって、鈴木先輩みたいに付き合っていける人が増えていくといいな。

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