第9話

 片桐さんと会食をした数日後、Noraちゃんに誘われてランチに行こうとすると、劉さんに呼び止められた。

 

「僕も、ご一緒して良いですか?」

 

 Noraちゃんにも許可を得て、3人でいつものカフェへ足を伸ばす。

 

 

 海風が気持ちいい!

 リゾート気分でリフレッシュできるなぁ。

 

 店内が満席だったので、オープンテラス席に座っているため、劉さんはサングラスをかけていて少しチャラい。

 その姿がツボに入ってしまい笑いを堪える。

 Noraちゃんが笑いを堪えていることを突っ込んできたので正直に話すと、劉さんはすぐにサングラスを外した。

 

『外さなくて良いですよ!目から入る紫外線は有害ですしね。』

 

 そう言うと、もう一度サングラスをかけ、少しずらすとウィンクしてきた。

 

『劉さん、真悠子さんの前だとそんなにお茶目なことするんですね、意外!』

 

 Noraちゃんは英語も堪能で、3人での会話は英語になった。

 

『毎日共同作業してるし、少しずつ打ち解けてきましたよね!稼働まで日がないから残業も少しずつ増やしてるけど、真悠子さんも一緒に残ってくれて助かってます。』

 

 マレーシアの文化なのか、他のメンバーは指示がない限り、自分から上司を手伝ったりすることがなく、自分の業務が終わったら帰っていく。

 

 他のメンバーが帰ると、フロアには劉さんと私の2人になり、前は何の会話もなかったけれど、最近はこの国の観光地の話とか、劉さんのイギリス時代の話とか、私の日本の話をしながら、楽しく残業も乗りきれている。

 

『システム部も残業してるんですね。うちも最近は残業が多くて。片桐さんなんていつ寝てるのかなってくらい仕事してます。心配。』

 

 Noraちゃんはため息をついて眉を下げる。ほんとに心配しているようで、片桐さんの今日の様子を事細かに教えてくれた。

 

『Noraちゃん、片桐さんのこと良く見てるんだね。』

 

 ふと口にした私の言葉に、彼女の頬が赤くなった。

 

『Noraさんは、入社したときに比べるとすごく垢抜けたし、たぶん日本語もすごく上手になってると思う。きっと、片桐さんの影響なんじゃないかな。』

 

 劉さんとNoraちゃんはマレーシア工場立ち上げ時の求人に応募してきた同期なんだそうだ。

 スタートラインが一緒だと、チームとしての絆も強くなりそう。

 

『片桐さんは明るくて楽しい雰囲気ですよね。』

 

『はい!傍にいると私まで笑っちゃうし、片桐さんが笑わせてるのに、私の笑顔は素敵だって褒めてくれるんですよ。仕事熱心で一生懸命で、かと思うと少し抜けてるところもあったりして。なんだか放っておけないんですよね。色々と世話焼いちゃいます。』

 

 片桐さんの話をしているNoraちゃんは、なんだかとても嬉しそうで、微笑ましい。

 

『そういえば真悠子さん、この前片桐さんと会食したんですよね?どんな話をしたんですか?』

 

 劉さんはサングラスを外して胸ポケットにいれると、眩しそうにしながら聞いてきた。

 料理が運ばれてきて、食べながら話す。

 

『メインは仕事の話で、マレーシア工場の目的についてと、日本の工場と違う点についてです。良い点も悪い点もよく分析されてて、これからどうやって課題を解消していくか、アイデアとシミュレーションを力説していただきました。あとはプライベートの話で、このままマレーシアに赴任するのか聞いたら、ここは住みやすいからどうしようって悩んでました。家庭も持ちたいみたいで、私もここの住みやすさは納得だって伝えたら、俺と結婚してここに住むのもアリですね!なんて口走ってましたよ。あははっ。』

 

 プライベートの話は笑い話として話したのに、2人には面白さが伝わらなかったのか、真剣な顔で見つめられる。

 

『それ、なんて返したんですか?』

 

『冗談辞めてください、って。私は1度結婚してるので、結婚には前向きにはなれないし、慎重にお付き合いしてからって考えてしまうんですけど、彼は未婚なので結婚に憧れがあるみたいです。きっと良い出会いがありますよって励ましておきました。』

 

 何故かホッとしたような表情をしたNoraちゃんは、私がバツイチであることに驚いていた。

 

『何で離婚したんですか?』

 

 Noraちゃんの率直な質問に少し苦笑いする。

 

『きっかけは相手の浮気です。まぁ、その原因は私にもあったと思うし、何で離婚したのかをしっかり考えてみると、一緒にいるのが辛くなったから、ってとこかしら。』

 

 劉さんは哀しそうに『僕も。』と同意した。

 

『離婚の理由は一言で伝えるのは難しいですよね。僕の場合は、あんなに好きだと思っていた相手を、全く愛おしく感じなくなってしまった自分に対しても自信がなくなって、このまま一緒にいるのはお互いに良くないという結論に至りました。』

 

 劉さんの離婚歴のことは知っていたようで、Noraちゃんは『そうなんですね・・・。』と返事をしている。

 

『細かい部分もそのうち教えていただけますか?』

 

『そうですね、同士なので真悠子さんには特別ですよ!逆に僕にも教えてくださいね。きっと、そこから学ぶことがあって、これからの人生にも役立てられるはずです。』

 

 前向きな捉え方に場が和み、食事も終わったのでお会計を済ませて職場へと戻る。


『今日は楽しいランチでしたね!また3人で行きましょうね!』

 

『もちろん!はぁ、日本に帰りたくなくなっちゃいます。』

 

 まだ少し先だけど、ちょっと寂しいな。

 

『ははっ、『僕と結婚してここに住むのもアリですね!』』

 

 劉さんがふざけて話しかけてくるので、『もぉ、冗談辞めてくださいって!』と笑いながら返す。

 でもなんだか、劉さんに言われるとちょっとだけドキッとしてしまっている自分に少し戸惑った。

 

 

 

 午後の2時から、久しぶりに日本のメンバーとウェブ会議があり、一人で会議室に籠る。

 日本は1時間進んでいるから、午後3時か。

 4月から入った新人の子とは初顔合わせだな。

 どんな子かなぁ。名前は「木下奏汰きのしたそうた」君で、第二新卒扱いらしい。

 

 画面を繋ぐと、鈴木くんと柴田さんはすでに入室していた。

 

「お久しぶりです!島田さん、何か雰囲気変わりましたね!」

 

 鈴木くんのいつもの明るい声が届いて、懐かしくなる。

 

「お疲れ様です!すっかりこっちでの生活に染まってきてます。そっちはどうですか?困っていることとかあったら気軽に連絡くださいね。」

 

 物静かな柴田さんも、私のカメラをみて「イケメンです!」と喜んでくれた。

 飯田部長もインし、最後に新人の木下くんのカメラがオンになると、どこかで見たような顔に記憶を掘り起こす。

 

「紹介が遅くなってしまってごめんなさい。工場の方にアルバイトに来ていたところをスカウトして、我が部の一員にお迎えした木下くんです。では、自己紹介をお願いします。」

 

 飯田部長が彼を紹介し、画面は木下くんの1画面になった。

 

木下奏汰きのしたかなたです。入社してもうすぐ1ヶ月で、少しずつ職場にも慣れてきたと思います。島田課長とは初対面で緊張していましたが、気さくな感じの方でホッとしました。これからよろしくお願いします。」

 

 「こちらこそよろしくお願いします!」と笑顔で返しながら、心の中は穏やかではない。

 

 『そうた』じゃなくて『かなた』だったのか・・・。

 

 っじゃなくて!

 かなた君じゃん!!


 髪型はアップバングになって、作業ジャンパーの下にはカッターシャツとネクタイを着けて身なりをきちっとしてるし、居酒屋で一回実物を見ただけの記憶からは呼び起こせなかった。

 なぜ彼がうちの工場にアルバイトに来て、うちの部にスカウトされたのか・・・・。

 

「彼はほんとにありがたいことに即戦力で、人当たりもいいしフットワークも軽いしで、他の部からも注目されてますよ。」

 

 飯田部長の評価は高いようだ。実力はあるのね。

 

「木下くん、早速モテモテっすよ。見た目も爽やかながらトーク力も抜群で!凄いのは老若男女問わずにモテてます!」

 

 鈴木くんもニヤニヤしながら彼を紹介し、彼は「いやいやいやいや、皆さんに可愛がっていただいてありがたいです。」と謙虚な姿勢を見せていた。

 

「柴田さんは、部内では女子1人になっちゃってるけど、大丈夫?」

 

 彼女は大人しく内気な性格なので、なにかと我慢してしまいそう。

 仕事はコツコツ、黙々と進めるタイプで、丁寧でミスがほぼない。

 

「はい、ありがとうございます。木下さんとも少しお話しできるようになりました。島田さんが戻ってくるの待ってます。」

 

 帰国まではあと4ヶ月弱の滞在予定だ。

 マレーシア応援が終わったら、社内システムの改良や入れ替えの対応といった仕事が待ってる。

 

 かなた君の件は日本に帰るまではまだ日にちもあるし、様子を見ることにしよう、と思っていたら彼から個別チャットでメッセージが送られてきた。

 

『色々と説明したいことがあるのでブロック外してください。ストーカーとかじゃないんで!』

 

 カメラを見ても、涼しい顔をしている。

 理由も気にはなるし、身元も分かってるし、外しても害はないか。

 

『時間が出来次第対応いたします。』

 

 ビジネス的に文章を送ったら、

 

『恐れ入ります。よろしくお願いします。』

 

 と同じように堅い文章が返ってきた。

 

 マレーシアでの業務の内容を説明し、今は残業も増やして対応していて、工場稼働までが山場であることを伝えると、日本からのリモートで応援できる部分があれば受けてくれることになった。

 

 反対に、日本の業務で私が担当していた案件はリモートで回ってくるらしい。

 確かに、その方が効率いいか。

 

 海外事業部にも話は通してあるようで、このあと私から劉さんに説明して、必要があれば国内メンバーとマレーシアのシステムメンバーとで会議の場を儲ける方向で固まり、会議は終わった。

 

 

 モバイルパソコンの画面を閉じると、溜め息をつく。

 日本に帰ったら住むところも探さないとだな。

 そろそろ、住まい探しサイトでチェックしておこうかな。

 

 

 デスクに戻ると劉さんは工場の機械を確認しに行っていて不在で、会議の話は戻ってきてからすることにした。

 

 黙々とソースコードの入力を進める。

 私のプログラマーの拘りとしては、一つ一つの動作に目的と関連を明示し、他の人が見ても分かりやすいようにしておくことだ。

 こっちの工場のプログラムなので、説明文も英語で作文。必要に迫られてではあるけれど、英語の作文力が上がった気がする。

 

 

「See you!」

 

 気付いたら定時を過ぎていて、他のメンバーは帰宅していく。劉さんと私が英語で会話しているので、他のメンバーも私には英語で話しかけてきてくれる。

 

 笑顔で挨拶を返し、残っているコードの入力を進めていると、ホットコーヒーがデスクの脇に置かれた。

 

『少し休憩したらどうですか?』

 

 見上げると、劉さんだった。

 お礼を言って口をつけると、いつものブラックコーヒーではなく、栗のような甘い香りがする。

 

『味はどうですか?こっちでは有名なホワイトコーヒーのヘーゼルナッツ味です。1スティックで2杯いるれと丁度良い濃さになるので、真悠子さんにも入れちゃいました。』

 

『凄く美味しいです!ありがとうございます。もう7時だったんですね・・・。劉さんは、機械の確認に時間がかかってたんですか?』

 

『今日はなんだか待ち時間が長くて。片桐さんが本当に体調悪そうで、確認作業がいつものようにスムーズに進まず、来週に他の機械とまとめて行うことにしました。』

 

 片桐さんはNoraちゃんもお昼に調子悪そうって言ってたもんな。大丈夫かな。

 

 折り合いをみて、今日の日本との会議の話を出す。

 

『そうですか。突然こっちに来た訳ですし、真悠子さんの日本の業務もたまってしまいますよね。かといってリモートで日本へ出せそうな業務と言っても、こっちの機械と日本の機械は機種とかも違うだろうし、そこを調べてるだけでも時間がかかりそうです。繋いでる端末の全体を把握するのも最初はボリュームが多いですよね。』

 

 私の意見も彼と全く同じで、今は説明している時間が勿体ない。

 

『まぁ、こうなったら休日出勤ですね。』

 

『働きすぎも良くないですけど、稼働までの短期間と思えばそれが無難かもしれません。こっちのシステム構築での真悠子さんの担当分は僕もシェアするので、休日出勤も一緒に出ますよ。』

 

 飯田部長なら絶対言わないであろう沁みる言葉を、彼はごく自然に導きだす。寄り添う姿勢はリーダーとしても尊敬。

 

『本当にありがとうございます!劉さんは、リーダーとしても、人としても、スマートで温かくて尊敬しています。』

 

 優しい瞳と視線が絡み合う。

 

『こんな対応するのは、真悠子さんだから、なのかもしれません。』

 

 それは、どう答えれば・・・。


 冗談として終わらせられない感情が芽生えてきてしまっていることに気付く。

 

 少し沈黙が続いていると、内線がかかってきた。

 劉さんが出て、何か慌てた感じで応答している。受話器を置くと、会社を出るために荷物をまとめるように指示があった。

 

 

『片桐さんが倒れたそうです。』

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