第4話

 全然進んでない、、、。

 え、今って、何月?


 カレンダーを見ても、時間は戻ってはくれない。

 だめだ。これは助けを要請するしかない。



 

 上司である田川部長に会議の召集メールを送り、承認されると少し気持ちが楽になった。


 Web会議の時間はすぐにやってきて、包み隠さず事情を話すことにした。


「田川さん、お時間いただきありがとうございます。実は、新工場のシステム開発が大幅に遅れておりまして・・・。」


 今までのことが走馬灯のように思い出されて、少し感極まりながら田川部長に経緯を説明する。


 


 俺がマレーシアでの新工場立ちあげのリーダーに抜擢されたのは3年前。内示が出ると、やりがいのあるポジションと内容に、「是非!やらせてください!」と快諾した。


 マレーシアに長期赴任する形になり、当時真剣に付きあっていた彼女に意を決してプロポーズし、マレーシアについてきて欲しいと申し入れたら断られるという辛い出来事もあった。

 

 そして傷心の中飛び込んだマレーシア。

 現地ではお手伝いさんも雇うことができ、現地スタッフたちもいい人ばかりで、いつしか傷心も癒えていき、新工場立ちあげに向けて充実した日々を過ごして頑張ってきた。


 一世一代の大仕事と張り切って取り組んだプロジェクトなので、進捗確認もしっかりやってきた。

 

 建築も、機械や什器の準備も遅れてはいない。

 そしてシステム開発も遅れていないはずだった。



『もうすぐ機械が搬入されるから、システムを入れて試運転させてほしい。』


『え?まだ、そんなとこまで進んでいませんよ?』


 ・・・え?


『いやいや、ここまで進んでるって報告受けてるけど、どういうこと?』


 システム開発のリーダーはキョトンとしている。

 彼は現地スタッフの中華系マレーシア人の劉福利リュウフリーさん。

 先月退職した前リーダーから実務を引き継いでくれた30代前半のやる気のある現地スタッフだ。


 詳しく話を聞くと、前リーダーが虚偽の報告をしていたことが分かった。

 劉さんはとても真面目で真摯な印象で、総務スタッフからも信頼できる人柄であることを聞いていたので、彼が嘘をついているとは思えない。


『ちなみに、この計画書のどこまで進んでるの?』


 恐る恐る聞いてみる。彼が指差したガントチャートは、かなり前の行程部分だった。

 

 マジか・・・・・・・。


『僕も引き継いで少ししてから違和感を感じました。あなたとの会話が噛み合わなかった理由を、今やっと理解しました・・・。』


 彼もかなり意気消沈して二人でため息をつく。

 前担当者は既に退職しているし、責任追及したところで進捗が進むわけでもない。

 

 システムは目に見えにくいため前任者の報告を鵜呑みにしていた自分に落ち度もあり、悔しくて涙が込み上げる。

 

『片桐さん、ギリギリになってしまうかもしれませんがなんとか立て直す方法を考えましょう!明日までに方法を考えてくるので、少し時間をください。』

 

 劉さんの発言にさらに涙が出てきてしまう。

 彼は俺の目をしっかりと見つめて頷いてくれた。

 

 思ってみれば前任者はどこか他人事のような雰囲気があったかもしれない。

 話し方が上手いので、すっかり信じ込んでしまっていた。

 まぁ、今さらなんだけど。人間不信になりそう。

 

 

 翌日、劉さんは朝イチで立て直しのプランと見積りを持ってきてくれた。

 データの更新時刻が今日の早朝で、夜通しでプランを練って来てくれたことに胸が熱くなる。

 

 人員を増やさない場合と増やした場合で、作業を誰がどのように進めてどのくらいの時間がかかるのかが分かりやすく纏めてある。

 

 『劉さん、本当にありがとう。上と掛け合ってくるから、少し寝てください。』

 

 劉さんは『1日の徹夜くらい大丈夫ですよ!』と微笑んでくれたけど、体を休めるのも仕事だと言って一度帰ってもらった。

 

 劉さんの資料を読み込み、上司にも説明できる状態にして、藁にも縋る思いで会議の召集メールを田川部長に送った。

 

 

 

 「片桐くん、状況は理解しました。それで、君としてはどうしたいですか?」

 

 「私としては、出来れば日本人スタッフでシステム関連に長けている方を派遣していただけないかと思っています。新任リーダーの劉さんは信頼できるとは思いますが、前任者の虚偽報告を私は見抜けませんでした。」

 

 田川部長は「うーん・・・。」と考え込む。

 

 「マレーシア工場の稼働開始までは5ヶ月切ってますが、稼働後の確認も含めると長期滞在になりますね。対応してくれる社員がうちのシステム開発部にいるかどうか。片桐くんはシステムだけじゃなく他の進捗も管理しなくてはいけないし、やはり中身がわかる日本人スタッフが良いかと私も思います。常務に報告して、システム開発部に応援を要請します。」

 

 「本当に申し訳ありません・・・。」

 

 「私も任せっきりにしてしまっていて、反省しています。片桐くんだけの責任ではないし、そう気を落とさずに、挽回できるようにしていきましょう。」

 

 劉さんといい、田川部長といい、人の優しさに心が救われる。

 3年もこっちで頑張ってきて、あと半年で工場が完成するんだ。

 ここで躓いている場合ではない。


 少し萎んでいたやる気が復活し、システムだけでなく他の準備も見直したのだった。

 

 

 翌日、田川部長からシステム開発部から応援に来てくれる方が決まったと連絡があり、すぐにウェブ会議の召集メールが届いた。

 劉さんにも転送し、一緒に出てもらうことにした。

 

 「お時間いただきありがとうございます。マレーシア工場のシステム開発で遅れがあり、本社のシステム開発部新規開発課から課長の島田さんが応援を引き受けてくださいました。」

 

 課長職で、しかも女性の方が来てくれることに少し驚いた。

 

「ご期待に添えるよう、精一杯頑張ります。よろしくお願いします。システム開発スタッフのリーダーは劉さんと伺っておりますが、日本語はできますか?」

 

 マレー語で劉さんに通訳すると、「I can't speak Japanese.」と英語で答える。

 

 それを受けて「English OK?」と島田さんが質問し、劉さんは「OK」と答え、島田さんも劉さんも少しほっとしたようだった。

 

 島田さんがこっちに来るまでの短い期間も、島田さんは劉さんにシステムの概要やこれからやるべきことについての質問を英語のメールで送り、劉さんも真摯に対応してくれているのをCCで確認していた。

 現地でも彼女がうまく中に入って開発が進みますように、と祈るばかりだ。

 

 

 

 そして、島田さんは単身でマレーシアへやってきた。

 日本人と対面で話すの久しぶり!

 空港へ迎えに行き、テンションが上がって大きく手を振った。

 

 「片桐さん!迎えに来ていただいて、ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」

 

 全身の姿を見るのは初めてで、スレンダーな容姿と可愛らしい笑顔に見とれてしまった。

 だめだめ、今はそういうのじゃない。とにかく、プロジェクトを成功させなくては。

 

 

 休みを挟んで、島田さんは現地のシステム開発チームに合流した。心配でしばらく様子を伺っていたけれど、彼女は英語が堪能のようで、劉さんとはすぐにコミュニケーションをとっていた。

 

 他のスタッフとも言葉がわからないときはジェスチャーや翻訳アプリを使って意志疎通を図っている。思っていたより逞しくてほっとした。

 

 彼女は言葉が不安と言っていたけれど、日本語ができる総務の女性社員とも仲良くなり、言葉の不安はそれほど無さそうに見える。

 溌剌と業務に勤しみ、リーダーの劉さんをしっかりと立てるような形でサポートと実務を行っていて、他のメンバーも気に掛けている様子は、さすが役職を持ってるだけあって組織の中での動きかたが上手だなと感心した。

 

 「・・・さん、片桐さん!聞こえてます?」

 

 島田さんを見ていたら総務のNira(ノラ)さんが話しかけていた。マレーシア人の名前は呼び方が難しく、何て呼べばいいか本人に確認してその名前で呼ぶようにしているのでNoraはたぶんラストネームだと思う。

 Noraさんは20代後半の綺麗系OLで、日常会話程度の日本語が出来る。

 

 「片桐さんったら、島田さんが来てからずっと彼女を見てますね。」

 

 「そおかな。ちゃんと進んでるか心配で。」

 

 「ほんとにそれだけですか?好きなんじゃないですか?」

 

 まったく、からかいやがって。

 若い女性はこういう話、好きだもんな。

 まぁでも、島田さんなら悪くないなぁ。

 よく知らないけど独身っぽいし、全然ありかも。

 

 そのうち食事とか誘ってみよっかな。

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