第2話
いつものようにアプリを開き、近くに住んでいそうな年上の女性にメッセージを送る。この手のアプリはサクラが多くて、ちゃんとした返事が返ってくることは少ない。
「こんにちは!よろしくお願いします。」
少し時間が経ってから送られてきた返事に心が弾む。
「返事してくれて嬉しい!たくさんお話ししよー!」
彼女は俺より13歳年上だった。こっちの話し方はこのくらい可愛い感じの方がウケが良いだろう。
話の内容も、警戒心を解くように当たり障りの無い話題で会話を繋いだ。
しかし、彼女は話の流れで教えたロックバンドの曲を気に入った様で、積極的に話しかけてくるようになった。
正直言って、ちょっとめんどくさい。
最終的にヤれれば良いかなぐらいにしか思っていなかったし、半ば強引に送って貰った写真を見てもタイプじゃなかった。年上を狙っているのは、デートの際に出費を抑えられる可能性が高いから。
「まゆさん、ごめん。僕はまゆさんが思ってるほど良い子じゃない。」
たぶん彼女はバリバリ仕事をしているタイプで、俺が何を言いたいのかもすぐに分かったと思う。ヤル気が無いなら付き合う理由が無い。
あっさりと別れを告げられたのには少し拍子抜けしたけれど、まぁ、恋愛感情を持たれて面倒なことにならなくて良かったかなと思った。
***
それから何週間か経ち、まゆさんのことなどすっかり忘れ、他の女性と遊んだりして過ごしていたある日。特に定職に就いていない俺は、いつものように夕方から居酒屋でアルバイトをしていた。バイト歴は長いけど、バイトリーダーではない。
「いらっしゃいませ。ご予約ですか?」
仕事帰りと思われる男性一人と女性二人のグループを席へ案内する。
席の座り方で、この人たちの関係性が分かってきた。一人で座る女性の対面に男女。上司の女性に連れて来られた感じかな。
注文をとって席を離れる。全員ノンアル。重たい話かも。
料理を運ぶ度に聞こえてくるのは、奥さんとか、不倫とか、そういう単語。きっとこの女性の部下の二人が恋愛関係になったのだろう。でも、男性の方は家庭を持っていた。そういう筋書きだ。
「軟骨の唐揚げです、お待たせいたしました。」
「私、妊娠してるんです!彼の子どもなんです!誰に何と言われても、産みたいんです!」
おぉ、修羅場・・・。
軟骨の唐揚げを、出来るだけ音を立てずにそっとテーブルへ置く。「ありがと。ごめんなさいね、込み入ったところを。」と上司と思われる女性から声をかけられる。会釈をしたときにちゃんと彼女の顔を見て、はっとした。
あれ、なんか、見たことある?
そう思いながらも誰かは思い出せず、静かにテーブルから離れる。
「あそこのテーブル、なんか修羅場なの?」
「たぶん。社内不倫っぽいよ。」
バイト仲間の山田に声をかけられ、そのテーブルを見てまた考える。誰だっけ。
妊娠していると言っていた女性は途中で帰り、男性と上司の女性のサシになった。
そこからはビールが追加注文されて運ぶ。
「鈴木くん、この後どうするの?まだ子どもいないって言ってたし、奥さんと別れて中村さんと結婚するの?」
「どうしよう、どうすれば良いんでしょうか。僕は妻と別れるつもりは無かったし。子どもが出来るなんて思ってなくて。」
コイツ、クズだな・・・。だったらちゃんと避妊しろよ。
「お待たせしました、生二つです。」
上司の女性は俺に会釈をして男にビールを渡す。
「とりあえず、起きてしまったことは仕方ないじゃない。子どもが出来たのは中村さんとの二人の責任だし、鈴木くんが浮気をしてしまったのはご夫婦の責任だと思う。あなたの責任は大いにあるけれど、相手があることなんだから、あなた一人の責任ではないって私は考えてる。それよりも、これから先に進むには何を優先すべきなのかを考える必要があると思うの。第一に大切にしなければいけないものは何か考えて?」
驚いた。上司と思われる女性は鈴木というこの男を責め立てるのかと思っていたけれど、そんなことはなく、これからどうするのかを建設的に考えるよう促している。
「やっぱり、これから産まれてくる子どものことを第一に大切にしたいです。妻には申し訳ないですけど、気持ちをしっかり伝えて、別れて貰います。そして、批判は承知のうえで、中村さんと家庭を構える方向で話し合っていきたいです。」
あまり立ち聞きしてもよくないとは思いつつ、話の流れが気になってしまって聞き耳を立てる。とりあえず、落ち着くところにおさまりそうだ。
「島田課長、相談に乗っていただいて本当にありがとうございました。」
「どういたしまして。あと、課長って呼ばないでよ、仰々しいから。ほら、あなたも色々忙しいんだから、早く帰りなよ。お会計はしておくから。」
あの人、課長さんなんだ。まだ若そうなのに、凄いな。
部下を帰らせた彼女は、残っていたビールを飲み干すと、すぐに席を立った。
彼女のことを思い出したくて、慌ててレジに向かう。
「領収書は必要ですか?」
「いえ、必要ありません。」
微笑む彼女と目が合う。あんなの仕事の話のようなもんなのに、自腹切るんだなー。彼女は俺の胸の辺りを見つめて「あっ。」と声を漏らした。そこには「かなた」という手書きのポップな名札を付けている。
すかさず声をかけた。
「あの、どこかでお会いしましたよね?」
「会ったことはありません。あなたにとって私は、用無しみたいだから。ね、「かなた」くん。実名だったのね。」
彼女はお釣りを受け取ると、「ありがとう。」と微笑んで颯爽と去って行った。
後ろ姿を見送りながら、数週間前に少しだけやり取りをしたまゆさんを思い出した。写真とは雰囲気が全然違うから気付かなかったけれど、ちゃんとお礼を言ってくれるところとか、恩着せがましくない物言いは彼女らしい感じがする。
「なに、あの人タイプなの?まぁ、歳いってそうだけど美人だったかな。声かければよかったんじゃない?相手してくれるかもよ?」
山田に促されて店の外に出ると、信号待ちをしている彼女を捕まえる。
「まゆさんっ!」
驚いた表情をした後、掴んだ腕を振りほどかれる。
「ちょっと、なに?」
「あの、ごめんなさい。その節は・・・」
「大丈夫、気にしてないから。仕事に戻りなよ。」
「ブロック外してよ。用無しじゃないから!外してくれないと戻らない!」
「は?」
青に変わった信号も点滅し始め、また赤信号になった。
「こんなに魅力的な人だったなんて、後悔してるんだ。だから、その・・・」
「あなたが私に声かけたのは、性欲を満たせてお金がかからなさそうだからなんでしょ?申し訳ないけど、私はどっちの期待にも応えられないから。」
背を向ける彼女に、なんとか食い下がる。
「俺がどういう男なら、興味持ってくれるの?」
「そうねぇ。とりあえず、目標のないフリーターには興味ないから。それじゃ、頑張ってね、バイト。」
ノールックでひらひらと手を振り、再び青信号に変わった横断歩道を、ヒールの音を響かせて渡って行ってしまった。
確かに俺はフリーターで、特に目標はない。実現したい夢も希望も持ち合わせてなくて、今を楽しく過ごせればいいと考えている。
店に戻って持ち場に着くと、どこに行っていたんだと店長に怒られた。そして衝動的かもしれないけれど、こう告げた。
「店長。俺、バイト辞めます。」
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