ふられてふって惹きよせられて
ぽにこ
第1話
「こんにちは!お話ししませんか?」
思ったよりすごい数の友達申請に戸惑う。
出会い系アプリに慣れていない私は、メッセージが届いた順に返信をした。
「こんにちは!よろしくお願いします。」
彼との出会いもその中のひとつに過ぎなかった。本当に、大したことの無い出会い。
「どうしてこのアプリに登録したの?」
そんな質問に、率直に答える。
「浮気した夫の気持ちが知りたくて。」
これから浮気をしようとしている男たちは、丁寧に心情を伝えてくれた。
「うちはもう、10年もしてない。もう限界。」
セックスレスで不満が溜まっているらしい。
「歩みよりの姿勢がない。そうなると、こっちのタイミングも分からないし、ただの同居人みたい。」
個人を尊重しすぎるとこうなるのか。
「ただのチームメイトなんだ、家族っていうチームの。もちろんリーダーは向こうだよ。」
チームメイト・・・。耳が痛い。
確かに私も、夫が同じ方向を向いて一緒に走っていると思っていた。
でも、どこに向かっていたんだろう。
ゴールが見えなくて、そんなときに二人の間に溝があったら、相談すらできない。
今は走るんじゃなくて歩きたいとか、休憩したいとか、相手のことを考えていればすぐに分かったことなのかもしれない。
仕事では「報連相は基本」と言いながら、私生活では全然出来ていなかったことに反省と後悔しかなかった。
元夫は離婚した2年後に、あっさりと再婚した。取り残された私には、何も無い。
アプリに慣れてくると、その大半が性的な内容であることに驚く。やはり公に言われているように、良くない出会いの場、なのかもしれない。それでも、今はこういったSNSでのパートナーとの出会いは多い。肩書きも何もない世界では、本音で話せることもたくさんある。
私は今年で36歳になる、子ども無しのバツイチだ。
離婚は6年前。ちょうど30歳という節目だった。
仕事に没頭する私に痺れを切らした夫が、マッチングアプリで知り合った女性と浮気したことを知り、愛情を感じなくなったことが原因だった。当時は怒りしかなかった。裏切られた気持ちが本当に大きくて、悲しくて仕方がなかった。
親や親族、友人たちに責められたのは夫だけだった。でもいろんな人の話を聞くにつれ今は、自分にも非があったと思っている。
離婚後は辛い私生活を忘れるように仕事に没頭し、今年からは課長に昇進した。
部下を持つ立場になったけれど、昇格早々、部下が社内で不倫をした。上司として、彼の気持ちを少しでも理解したい。そしてふと、あの時の元夫の気持ちも考えるようになった。
どのくらい寂しかったのか。欲求不満だったのか。
27歳で結婚する前はお互いを高め合う、仲睦まじいカップルだったと思う。結婚してからは、二人とも仕事を優先しすぎて、子どもを作ることも延び延びになり、もちろんそういうことも疎かになっていた。
性的な内容のチャットにうんざりし、アプリを退会しようとしたところ、一人だけ普通の会話をしてきた人がいて、返事をしてみた。
「趣味はなに?」
「趣味は、音楽を聴くことかな。」
「ほんと?僕も音楽好きだよ!どんなのが好きなの?」
彼は私より13歳年下の若い男の子。敬語じゃないところもなんだか可愛く感じる。
教えてもらったアーティストの曲を聴いてみると、すごく好きなテイストでテンションが上がってしまった。
「かなたくん、教えてもらった曲聴いたよ。凄くよかった!」
「でしょ?他にもいろいろお話ししようよ。アプリ移動しない?このアプリ、使いづらくて。」
なんの疑いもなく、一般に普及しているトークアプリへ移動した。
「これでもっと仲良くなれるね!」
この時は本当に、年下のお友達が出来たことが嬉しくて気持ちがハイになっていたと思う。
「写真送ってよ、僕も送る!」
良いとも悪いとも言っていないのに、送られてきた。
わ、若い・・・。綺麗な瞳に唾を飲む。
「ほら、僕も勇気出して送ったんだから、まゆさんも送って!」
いや、こんなの送られてきたら送りづらい。おばさんだよ?しかも美魔女とかじゃないよ?と言いたい。
それでも可愛く催促され、スッピンだけど自撮り写真を送った。
「素敵!」
素敵、という言葉が無難な言い回しとして使われることはよく知っている。まぁいいけど。
それから、彼からの返信の頻度はかなり減った。
私は教えてもらった音楽の話をしたくて、「今日はお話しできる?」とメッセージを送る。その返信があったのは日付が変わる頃だった。
「そんなに僕のこと好きなの?」
ハイになっていた気持ちが一気に冷たくなっていく。
「まゆさん、ごめん。僕はまゆさんが思ってるほど良い子じゃない。」
何となく、言ってる意味は分かった。それに最初から、その可能性も捨てていなかったので特に傷つくことはなかった。
「まゆさんに声かけたのも、ゆくゆくヤれたらいいかなくらいの気持ちで、恋愛とかじゃないんだ。」
そんなことは初めから知ってる。私はただ、そのおまけ的な部分で普通の趣味の話が出来れば良いと思っていた。
もちろん、彼とヤる気持ちはないし、一回り以上も歳の離れた男の子の相手が出来るほどの自信は無い。
「分かってるよ。私もそんなに純粋じゃないの。かなたくんが若すぎて、ちょっと相手は出来ないや。ごめんね。今までありがとう。」
少しだけ胸がチクリとする。でも、大したこと無い。私は彼に恋をしたわけでもないし、身体を重ねたいと思ったわけでもない。ただ、お友達になれなかった。ただそれだけ。
出来ないなら用無しだよね、とバイバイし、アカウントをブロックする。例の出会い系アプリもアンインストールした。
・・・はぁ、何やってんだろ。
結論、私には出会い系アプリは向いていない。そして、まだ体目的で若い男の子から声をかけられることもあるらしい。
そして、完全に理解は出来ないけれど、不倫をした元夫や部下の気持ちを少しだけ同じ目線で考えることが出来たと思う。
夫の気持ちに寄り添うのは妻として当然、部下の気持ちに寄り添うのも上司として当然。
でも、理解できないことだってある。
歩み寄る努力はした。それで許して貰えるかな。
さぁ、仕事しよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます