雪のように

@Electra17

女子大生と社会人


 松下さんは年上の男性上司だ。歳は40歳らしい。

 私はアルバイトの女子大生で花の20歳だ。

 親子ほどの年の差のある彼を最初は何も思ってなかった。

 けれどある日事件があった。


 私は仕事でミスをした。

 上司の女先輩(30歳独身)梅上さんから怒られることになった。

 しかしその日は女先輩と松下さんの二人で怒られた。

 松下さんは「竹中さん、大きなミスをしたので今後このような事がないように」と和やかに言った。


 梅上さんは「そんなあっさりともっと叱るべきです」と言った。

 私もそう思ったけど、その反面しかられるのはいやだと思った。

 すると松下さんは「誰でもおおきなミスはするから。問題はミスした後の行動だよ」

 そう言うと梅上先輩はそれ以上何も言わなかった。


 次のバイトの日から頑張ろうと思った。

 叱られなかったからではない。

 叱らずに雇い続けたと言う事は私の働きに期待しているからだと思った。

 しばらくは順調に行っていた。


 そう思っていたある日、私はまた同じミスをしてしまった。

 前回と同じように松下さんと梅上さんに呼ばれた。

 クビになると思った。と言うかクビにして欲しい。こんな役立たずの自分には。

 「ごめんなさい。同じミスばかりしてごめんなさい」

 

 泣いて同情を誘いたかったわけでは決してない。

 けれど涙が止まらなかった。

 「泣くほど悔しかったなら明日からそれをバネにして働けば良いよ」

 松下さんはそう行ってくれた。


 その言葉に私は顔を上げる。

 松下さんは少し困った様子で微笑み、梅上さんは同じように少し困った様子で怒っていた。

 「同じミスをすることは許されません。しかしそれ以上にあなたの勤務態度は良いですし、やる気も感じられます。なにより同じミスをしないように心がけている。そんな人材はなかなかいませんからね」

 そう言って二人は私を雇い続けてくれた。


 半年ほどして私はその職場では中堅になった。

 入れ替わりの激しい職場なのでもう半年経てばベテランだ。

 私に後輩ができ指導する立場へと変わった。

 後輩の女の子は同じ女子大生の横杉さんだ。


 可愛らしい雰囲気の子だ。

 もっさり系の私とは大違いだ。

 でも私もその気を出せば彼女くらいにはなれる。。

 私は本気を出す相手がいないのだから。そう思ったらふと頭の中に松下さんの顔が浮かんだ。


 バイトがない時は以外は松下さんのことばかり考えていた。

 バイト中は迷惑をかけれないので仕事に集中するためだ。

 「あなた好きな人が出来たでしょ」

 幼馴染の杏条李々からそう指摘して慌てて否定した。


 「あなたねバレバレなのよ。それで学校の人?違う、じゃあバイト先?あ、そうなんだ。先輩なの?二つくらい上?うん?もっと上?10くらい?え、もっと上?いくつよ。30代40代のおっさんなの?え!40代マジで!父親ジャン!」

 「何で私は話してないのに心の中が読めるのよ!」

 「あなたはすぐに表情に出るからね。て言うかその様子じゃあその先輩に気付かれているんじゃないの?」

 李々からそう指摘され私は愕然とした。


 帰宅した私は李々との会話を思い返す。

 「表情にでるから・・・気付かれているんじゃないの?」

 無理だ。こんな心境ではバイトに行ってもいつも通りに働けない気がする。 

 翌日、私は病欠と言う事にしてバイトをサボった。余計なことを言うなと李々を内心で罵った。


 私は思考を纏めることにした。

 私は松下さんが好き。

 そう考えて頭が興奮してベットの上で転がった。 

 母に「ご飯の時間よ」と呼ばれるまでそんな状態だった。


 ネットで検索することにした。

 20代と40代の恋は実るか?

 そうすると既婚者なら止めておけと言う回答が多かった。

 そういえば松下さんが結婚しているのか私は知らなかった。指輪はしてないけれど。


 まずは松下さんのことを知ることからはじめようと思いバイトに行くことにした。

 もちろん仕事は頑張る。

 そこで私は信じられないものを見た。

 松下さんの左手の薬指に指輪が入っていたのだ。


 竹中先輩と松下さんが話をしているところを聞き耳を立てる。

 「指輪治ったんですね」

 「ええ、半年から一年かかるといわれてたんですけど、予想より早く治って良かったです」

 「奥さんは可愛い年下ですもんね。しかも8歳差なんて」


 その会話で私の心は砕かれた。

 帰りの更衣室で竹中先輩が話しかけてきた。

 「松下さんは既婚者よ。可愛い年下の奥さんもいるから。それが目的なら仕事を辞めなさい」

 そうじゃないと辛いわよ。そう小さな声で言った竹中先輩の姿をみて私は確信した。


 ああ、竹中先輩も松下さんが好きなんだ。

 でもその気持ちは分かる気がした。

 松下さんは包んでくれる雰囲気というか。

 「とても安心するんです」私は心の中でそう呟いた。


 それから二ヶ月頑張った。

 竹中先輩の話では二ヶ月間は年内で一番忙しい時期なので辞めるならその後の方が辞めやすいからだ。

 なので二ヶ月間は頑張って働いた。 

 そして多忙な時期は過ぎていった。


 今日は竹中先輩から松下さんへ私がバイトを辞めることを伝える日だ。

 帰りに松下さんから呼び止められた。

 「バイト辞めるんだって」

 「はい、家の手伝いが、忙しくて」もちろんそれは嘘。心が痛んだ。

 

 「そうか、家の方が大変なんだね。落ち着いてもしこれるようなまた来てね」

 ああ、そんなことを言わないでほしい。

 「でもその頃には就職活動かな」

 最初の方はここに就職活動に来たかったけどそれももうないだろう。


 「急に辞める事になってすいません」

 「いいや、竹中さんから聞いているよ。多忙な時期が終わるまで待ってくれてたんだよね。ありがとう」

 もう我慢の限界だった。

 「私、松下さんが・・・」

 

 「・・・好きです」

 そう言いたい。

 しかし喉のところまで出て止めた。

 「・・・上司で良かったです。本業にも活かしたいと思います」


 そうして私の最後のバイトの日が終わった。

 空は薄暗くなり、息は白い。雪が降り始めていたので当然だった。

 「雪みたいに消えちゃえ」

 そう呟いたが、雪みたいな思い出になれと思うことにした。


 完。

 

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