⑲

「バアルさん!」


 ジュラさんが駆け寄ってくる。最低限の防具を着けている所を見ると、加勢をしようと思って来てくれた。ジュラさんは、倒したアースグリズリを見て、とりあえずの危機が終わった事を察したみたいだ。


「本当にありがとうございました」


 頭を下げるジュラさんに、


「どういう事か、教えて貰えますよね」

「はい」


 きっと、さっき話をしようとした事がこの事なんだろう。この村で起きている事の詳細を今度こそ聞こう。


 その前に、と。俺は後ろを振り返ると、


「この惨状を片付けからにしますか」


 俺たちは、アースグリズリの素材回収と、損壊した建物の補修ならび柵を建て直し

の作業を開始した。


「ご飯までご馳走になってしまってすいません」


「構いませんよ。村の危機を救っていただいたのですから、これくらいはお安い御用です。それに、いつも主人と二人だけなので、腕の振るい甲斐があります」

「ありがとうございます」


 そう言ってくれるフェブラさんには、お礼を言う。結局、作業を終えたのは、日が完全に沈んだ夜だった。元々、村で泊まる場所はなく、馬車でもいいかと思っていたのだが、ジュラさん達がお客様にそんな事はさせられないと、自分達の家は部屋が余っているから使ってくれと提案してくれた。ジュラさん達は最初から、そのつもりだったらしいけど、有難い限りである。そういうわけで、二人の住居でもあるリビングで、テーブル囲んでいるわけだ。


 フェブラさんは、たくさんの料理を振舞ってくれ、得に育ち盛りの二人は美味しいと美味しいと言って、平らげていた。その様子を見て、フェブラは余程嬉しかったのか、ジュラさんの制止を振り払って、さらに追加で料理を作っていた。


 フェブラさんの美味しい料理を堪能した俺たちは、満たされたので、後はもうゆっくり休むだけ………って、まだ終わっていない。


 お茶を飲みながら、


「それで、ジュラさん」


 俺は切り出す事にした。ジュラさんも、俺が切り出したい話の内容を判ってくれたのか頷く。場の雰囲気が変わった事に、シバとパールも察したのか、居住まいを正す。


「バアルさんに相談とは、最近この村の周辺で起きている事に対してです」

「それは、先ほどアースグリズリの事ですね」

「そうです」


 やはり、アースグリズリの襲撃の事か。そして、おそらくだが。


「その感じから、襲撃はもう何度も遭っている、しかも、アースグリズリ以外のモンスターからも」


 俺の言葉にジュラさんは頷く。何度も襲撃があったのは、この村に来た時に判った。あの柵が真新しい物とそうでないもがあった事。新しくない柵に自然につくような傷ではないものもあったので、もしかしたらと思った。


「そ、それって、今までもあったんですか?」

「いえ、今まではこんな事はありませんでした。それに、あの柵は魔道具の一つで、柵に仕込まれている魔石からモンスターの嫌がる音を定期的に発しているのです。それで、今までこの村がモンスターの被害に遭う事は減ったのですが」

「最近になって、現れたって事、ですか」


 パールとシバの言葉にジュラさんは再度頷く。


「心当たりはないんですね?」

「はい。正直、理由が判らないのが怖いのです。この村には、戦える人間は多くありません。今日まで、何とかしてきましたが、いつ犠牲が出てもおかしくはないのです」

「魔道兵団やギルドには……」

「一応、連絡はしてみましたが、この村はローアからも離れていますし、それに近い街もその街だけで手一杯なのが実情です。解決の為に、人を寄越すのには、時間が掛かるでしょう。その間に、もっとひどい事になったら」


 主要な都市から離れれば、離れるだけどうしても手が届かなくなる。それは、どうしようもない事なのかもしれない。スエラル国でも、国が全部を見る事は出来ていない。そんな国の手の届かない所を冒険者が出来るだけカバーしていたりするのだが、この国では増えて来たとはいえ、冒険者の数はまだ少ない。依頼を出したとしても、それを受注する冒険者がいなくてはどうしようもない。アースグリズリの討伐は中々に骨が折れる内容だからだ。今回も、俺が居たからどうにかなったらけど、シバとパールだけでは対処はまだ出来ないだろう。


「判りました。俺達で良ければ、いいか、二人とも」

「ああ」

「もちろんです」

「本当にありがとうございます」


 ジュラさんとフェブラさんが揃って頭を下げた。


「なんで、黙っていたんだ?」


 ジュラさんとフェブラさんと別れて、三人になった瞬間、シバが俺に問い掛ける。ですよね。


「おもし」

「面白そうだからとか言ったら、殴るぞ」

「………」


 まだ、そうとは言っていないじゃん。言おうとしただけじゃん。黙っていたのは申し訳ないけど。


「真面目な話をするなら、経験を積ませる為だよ」

「経験、ですか?」


 殴りかかろうとしたシバとは違い、パールは怒らずに話を聞いてくれる。パールはもうちょっと怒ってもいいぞ、俺が言うのは、あれだけど。


「依頼の中には、突発的に内容の変更、もしくは予想外の展開になってしまう場合がある。そういった想定外の出来事ってのは、依頼の内容が難しなるほど高くなる。依頼主にもよっては事前情報とかを用意してくれたりするけど、大抵依頼のランクが高い時ってのは緊急性が高くて、状況が変化して、選択を迫られる場合がある。それを二人には知って貰いたかったんだ。まあ、今回は勝手に俺が決めてしまったけどな」

「つまり、この依頼が俺たちだけだったら、モンスター襲撃の件を調べるか、それとも本来の依頼内容である護衛だけを続行するかを選ぶって事か」

「そういう事だ。そういった選択は、お前たちが今後二人でやっていく中で絶対に迫られる。だから、知っておいて欲しかったんだ」


 これあ、冷静に自分たちの状況判断を的確にする能力が求められるから、今の内に経験して、考え、養って欲しい。


「だけど、アースグリズリに対し、俺は……」

「あれは、B級冒険者相当なんだ、しょうがない。だけど、立ち回りは悪くなかったんだ。何かあっても俺が守ってやるから、大丈夫だ」

「バアルさんが私たちの事をそんなに想ってくれているだなんて……」


 パールの、尊敬しますって視線を受けて、罪悪感が凄い。


「さ、明日もあるから、今日はもう休むぞ」


 その罪悪感から少しでも逃れるように、強引に終わらせる事にした。しかし、まさかこんな事態になるとは、俺も予想外だった。モンスターの突然の襲撃、か。

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