⑭

 ゴーレムは先ほどと同じように、二人へと向かっていく。しかし、先ほどと違いただまっすぐに突っ込んでいくわけではなく、細かな動作、つまりフェイントも織り交ぜている。


 冒険者のランクはあくまで、その人物の総合評価に他ならない。当然、同ランク帯でも強さというものに違いは出てくる。この、ゴーレムの強さの設定は、C級だけでも三段階あり、今、俺が設定したのは中ぐらいの強さだ。


 俺達の見立てでは、二人の実力はここに届くかどうかって所だ。さてさて、どうなるかな。


「はああ!」


 シバがフェイントに釣られる事なく、剣を振り下ろすが、その一撃をゴーレムは受け止める。さっきとは違う構図になったな。片手で受け止めた剣を、空いている方の手で掴むとそのまま、シバを放り投げる。


「うわっ!」


 小さな悲鳴を上げながら、横へと投げ飛ばされたシバは、なんとか受け身を取る。その一瞬を詰めようとしていたゴーレムの動きを、パールの放った矢が止める。その判断は、いいけど、そうすると、


「パール!」


 ゴーレムの目標が、パールへと切り替わった。位置的にシバは間に合わない。だが、パールは焦る事なく、無作為に矢を放つ事はしない。ギリギリまで相手を引き付けている。パールの狙いは、おそらく……。


 ゴーレムとの距離が近くなった瞬間に、パールは矢を放った。放たれた矢を、ゴーレムは左側に軽く移動し、躱す。パールの狙い通りに。


 躱したゴーレムの背後から、シバの一撃が振り下ろされる。あのままだと、シバが間に合う事は出来なかったが、パールの今の誘導によって、間に合う時間を作ったわけだ。そして、シバもその事を承知の上で、最短でその場所に向かっては移動してきたわけだ。


 この二人、見ない間に、また一段とコンビネーションが上がってきたな。


 だけど、シバの一撃も致命傷までは、いっていない。寸前で接近に気が付いたゴーレムが防御したからだ。先ほどと同様に、動きの止まったゴーレムにパールが矢を射るが、ゴーレムはシバを弾くと、そのまま二人から距離を取る。


 二人の動きは悪くない。だけど、


「えっ⁉」


 パールが驚きの声を上げる。その理由は、距離を取ったゴーレムが、地面に転がっていた石を投擲してきた。それも、二人に向けてではなく、明後日の方向に。意味の判らない行動に驚いたパールとは対照的に、シバは、それを好機と見たのか、距離を詰めるべく、地面を蹴った。その行動を見たパールもすぐに指揮を切り替えて、シバを援護するべく、弦を引く。

 やられたな、これは。


「きゃっ!」


 パールの悲鳴にシバが振り返る。そこには、倒れ込むパールの姿が映っていたはずだ。背後で何が起こったのか判らないシバは、一瞬ゴーレムから目を離してしまう。その、一瞬がこの試合の勝敗を決する事になった。


「止まれ」


 ゴーレムの拳が、シバの顔に当たるか当たらないかのギリギリの所で停止する。俺は、パールの元へと寄る。


「大丈夫か?」

「は、はい。ギリギリで躱せたので……」

「いったい、何が起こったんだ?」


 俺達の元へと、戻って来たシバのその疑問に俺が答える。


「さっきゴーレムが投擲した石は、意味の無い投擲なんかじゃなかった。あれは、最初からパールを狙って投げられた物だったんだよ」

「だが、あれはとんでもない方向に……」

「二人はそう思って、石の軌道を見ていなかったから判らなかっただろうけど、あの後、投擲された石は、弧を描いて、パールの背後に当たるように計算されて投擲されたんだ」


 俺はその軌道を目で追っていたが、見事に曲がっていた。


「その結果、パールの動きを抑え、それに釣られて動きの止まったシバに、ゴーレムが距離を詰めて、終わったってわけだ」

「くそっ」


 ドカッと座り込むシバは、悔しそうだ。


「結果は負けだが、お前達の成長している所も多々あった。序盤の戦闘の二人のコンビネーションは正直言う事は何もない。それほど、二人の息が合っていた。それに、個々の技量もな。それに、死角から飛んで来ていた物に気が付いて避けたパール、それに気を取られたとはいえ、ゴーレムの接近に気が付いたシバ。勝負ありで止めたけど、反応は充分だ。最近、見てられなかったけど、二人とも日々鍛錬しているのがよく判った」

「あ、ありがとうございます」

「……だけど、あのまま続けてても負けてだろ」

「その可能性は高かった。だけど、あのゴーレムは一応C級の中ぐらいの強さなんだ。最初から勝てたら、俺もびっくりだよ」


 それに、このゴーレムの動きを見て思ったが、おそらく、このゴーレムの強さは他の訓練用のゴーレムなんかよりも強く設定されているに違いない。あの二人なら、やりかねない。


 まあ、そんな奴相手に初手でこれなら、よくやった方だ。


「それじゃあ、今度は一つレベルを落としてやるぞ」

「判った」

「はい!」


 当然、先ほどよりかは弱くなってはいるが、それでも、あれでC級の下位ってのはどうにも違う気がするけど、まあ、あいつらにはこのくらいがいいか。実際、さっきよりも戦闘の時間は長くなっている。つまり、それだけ、拮抗しているという事だ。


 その後、同じ事を数回しては、休憩を挟んで、もう一度戦闘を再開するというような事を繰り返した。


「さて、こんな所だろ」


 目の前には、肩で息をしている二人が倒れている。いくらレベルを下げたとはいえ、自分達と同じ実力の相手と戦い続けるというのは、相当に疲弊する。それを、休憩を挟んでいるとはいえ、その間隔を徐々に短くしていったから、後半に進むにつれ、二人の精度はどんどん落ちていった。最後は、気力で頑張ってはいたけど、ボロ負けだった。


「この辺りにして、今日はもう休むぞ」


 ゴーレムを回収して、二人にそう言うが、二人からの返事はなく、微かに、手が動いて判ったの手振りを返してくれる、動けるようになるまで、もうちょっと掛かるかな、これは。


 動けない二人を担いで、馬車まで戻って来るとここまで運んでくれた馬が何事かと寄って来てくれる、俺は軽く体を撫で特に問題ない事を告げて、二人を馬車の中へ寝かせて、一日が終了した。


 さて、大丈夫だと思うけど、一応周りの警戒をしつつ、俺も休むか……あれ、これって俺の護衛依頼だったような気がするが……まあ、いいか。

二日目も、順調に進んでおり、このまま行けば予定通りに着くとの事だ。問題が無くて、何よりだ。そして、目の前に居る二人も、昨日の疲れもあるだろうに、しっかりと護衛としての仕事をしている。


 しかし、何も起きないな。いや、何も起きないに越した事はないか。だって、道中

に無くても、この先に、待っているのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る