⑦

 そんな話をしていると、ドアがノックされ、さっきの男性ともう二人入って来る、何やら台を二台押しながら。燕尾服を着た二人がそれぞれ台を押し、最後の一人はコック服を着ている。


 何だろうと思い、まずはその台を見て見ると、天板には鉄板が敷かれており、熱を帯びているのか、空気が揺らいでいる。熱を帯びた鉄板………まさか。


 もう一人が運んできた台には銀で出来たクロシュがいくつか乗せられており、そのクロシュを一つずつ取っていく。そして、俺の予想は当たっていた。


 姿を現したのは、すでにカットされた野菜、そして、大きな肉の塊だった。


 つまり、焼肉だ!


 コックの人が、鉄板に何かを塗るように引いていく。おそらく牛脂だろう。そして、そこに先ほどの肉の塊を、丁寧に乗せていく。その瞬間、肉の焼ける心地のいい音がし始める。そのまま肉を置きながら、野菜も同時に鉄板の上に乗せていく。キノコや緑黄色野菜を焼いていく。


 肉の焼かれていない方の表面に何かを振り掛けると、ひっくり返えし、そちらを焼いていく。塩コショウのだとは思うが、その一連の動作が美しすぎて見入ってしまった。


 これだけ色んな素材を焼いているのに、焦がすなどという愚考を犯すはずもなく、ちょうどいい焼き加減で、皿に盛っていく。


 鉄板の上に残ったのは、メインディッシュでもある肉だけだ。その肉も、表面はこんがりといい感じに焼かれている。すると、それを待ってましたと言わんばかりに、コックのナイフの刀身が肉に切り込み、カットしていく。


 カットされた肉は、生身を残した状態で、綺麗なピンク色だ。一口大にカットされた肉も皿に盛られていき、それを燕尾服の男性二人が俺達の前へと、配膳していく。


 くっ、焼かれていた時から、美味しそうな匂いがしていたが、改めて目の前に置かれると、より強く感じる。


「カギュウの肉焼きでございます」


 コックが一言、料理名を告げる。


 カ、カギュウだと! 俺はその動揺を表に出さないだけで精一杯だった。カギュウと言えば、このギリュシアの北の一部で飼育されている牛の品種名だ。


 カギュウは、高値で取引されているブランド牛で、グラム単位でも相当な値が張る。俺なんかの給料では、滅多な事では食べる事が出来ないほどに。それが、今、目の前に存在している、だと!


 ナイフとフォークを手に取る。やはり、ここはメインディッシュでもあるカギュ

ウの肉からいくべきだろう。肉を一刺しすると、それを口へと運ぶ。


 ふわー。


「はっ!」


 カギュウの肉を口に入れた瞬間、意識が別世界に飛んでしまっていた。


 なんだ、これ⁉ 美味しいのは当たり前だが、肉が溶けたのではと錯覚するほどに柔らかさ過ぎるだろ! それに、タレも何も付けていないのに、味がしっかりとあって、噛めば噛むほど味が濃くなっていく。正直、噛んでいる内に無くなっていくので、びっくりはしている。


 それに、副菜の野菜も侮るなかれ。絶妙の焼き加減で焼かれていて、それだけで充分に素材本来の味を引き出している。


「相変わらず、良い腕ですね」

「ありがとうございます」


 代表の言葉に、コックが頭を下げる。やはり、行きつけの店だったのか。


「それでは、ごゆっくりお楽しみください」


 調理が終わったので、コックと燕尾服の三人は台を押しながら、部屋を出て行ってしまった。そして、残された俺達は当然の如く、残っている料理を堪能する事だった。


 あの最高過ぎる時間を堪能した後、まるで見られているのではないか疑ってしまうほど、いいタイミングでさっきの燕尾服の人が入ってきて、それぞれにお茶の入ったカップを配膳してくれ、また部屋を出て行った。こういう所に人って只者で無い人し

か働いていないとかなのか?


「バアル君、どうでしたか?」

「最高の一言しかありません」


 本当にそれしかない。


「ここは、ローアでも指折りですから、何も心配はしていませんでしたが、良かった」

「このような機会をいただき本当にありがとうございます」


 感謝の言葉しかない。サベリアでもそうだけど、最近美味しい料理しか食べていない。大丈夫か、俺の舌。


「こういうお店には中々来れないので、良い経験をさせて貰いました」

「私達も頻繁に来ているわけではありませんよ。特別な時にこちらを利用させて貰っているぐらいですから」

「そうなんですか?」

「はい」


 マイアさんが頷く。そうなんだ、意外だ。


「こういう所もいいですけど、賑やかな所も好きなんですよね」

「でも、代表やマイアさんが居たら、騒ぎになるのではないですか?」

「バアル君は、私達を何だと思っているんですか? そこまでの影響力がありませんよ」


 えっ、何言っているの、この人は? このローアで、いや、下手すればギリュシアという国においてあなた方がどれだけ影響力があると思っているんですか!


「まあ、簡単に変装はしていきますけど」

「ですよね」


 良かった。流石に、か。


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