⑫
さっきまでと同じように、当てていく。うん、多少乱れるかと思ったけど、変わらずに当てるな。だけど、時間を気にしてなのか。あと、それぞれ矢を一本当てるだけになった時に、外す事が多くなってきた。最終的には、時間ギリギリではあったが、二体に五本ずつ当てる事には成功した。
「はあー、ま、間に合いました」
弓を下ろしながら、息を吐く。この辺りから、かな。
「うん。じゃあ、もう一度いくぞ。今度はさっきとより少しだけ時間は短めだ」
「えっ!」
「ほらほら、準備しろー」
止めていたゴーレムをまた、起動させ、訓練を再開させる。戸惑いつつも、パールは先ほどと同じように、矢を当てていくが、今度は、最後の一本というところで制限時間いっぱいになってしまった。
相当疲弊したのか、肩で息をしている。その表情は苦しそうというよりかは、悔しそうにしている。
「もう一度だ、パール」
「は、はい!」
もう一度、同じ事を間髪入れずに始める。先ほどの疲れを残した状態だからか、精度は明らかに落ちていた。さっきまで必中と言うほどに当てていた矢も外れていく。結果は、一体に四本、二体目に三本という結果になった。色々と課題が見えてきたかな。
「パール、もう一度」
「はぁ、はぁ、は、はい」
再開させるが、今度の結果はさっきの結果よりもさらに下がり、一体には三本、もう一体に関しては二本という結果に終わった。
パールは終わると同時に、地面に倒れてしまった。呼吸が早く、相当に疲弊したんだろう。パールに近づくと、俺は持って来ていた水筒を渡す。
「ほら、パール」
「あ、あり、がとう、ございます」
上体だけを起こすと、水筒の蓋を開けて飲む。この水筒は魔道具なので、中の水は冷たい状態が維持されている。パールもその潤いによって元気を何割か取り戻したみたいだ。
「とりあえず、これを毎回訓練の最初に行っていく。これを達成したら、次もまた難易度を上げていく。とりあえずは、当面の目標はこれの突破だな」
「はい」
パール自身自分に足りない所も見えてきただろうし、個人の身体能力向上は必須だからこれからもこれはしていこう。
後衛とはいえ、いつでも万全の状態で毎回戦闘が行える保証はどこに無い。むしろ、ダンジョンに潜ったりすれば、モンスターと連戦する事だって少なくはない
戦いにおいて最初も大事だが本当に試されるのは、疲労が溜まってきた後半だ。そこで、パフォーマンスを下げる事なく、自分の力をしっかりと発揮出来るのか出来ないのかで、命運が判れる事になる。だからこそ、この訓練はパールにとって必要な事だ。
「よし、次はパーティーメンバがいる想定での立ち回りを練習していくぞ」
「は、はい!」
パールは先ほどの疲れを残しているのだろうけど、すぐに立ち上がる。
「俺が前衛、パールが後衛のいつもの構成だ。相手は一体のゴーレム。レベルは、C級レベルでいく」
「相手は攻撃をしてきますか?」
「ああ。今回は攻撃してくるから、それを倒すのが目標だ。でも、俺は手心を加える」
「つまり、私が倒すという事ですね」
「それか、俺が簡単に倒せるように誘導する事が出来るかって感じだな。それじゃあ、ナベリウス頼む」
「判った」
ナベリウスにゴーレムの起動を任せたのを合図に、戦闘が開始される。ゴーレムの強さをC級に設定したので、先ほどと明らかに動きに差がある。しかも、今回はさっきと違う。
「ほい」
こうやって、攻撃してくるわけで、俺はゴーレムの拳を、木剣で受け止める。続けざまに放たれる脇腹への蹴りを、後方に下がる事で躱す。下がる為に跳躍した着地のタイミングを狙ってゴーレムが距離を詰めて来る。流石にC級で設定されているだけあるな。
しかし、ゴーレムが俺の元まで来る事は無かった。向かって来るゴーレムに対して、魔力の矢がそれを防いだからだ。
ゴーレムは、動きを止め防御の構えを取ると、魔力の矢をガードした腕で受け止めると、距離を取るが、その間も魔力の矢はゴーレムに放たれる。
今度は、防御するのではなく、躱す事にしたのか、動き回る。さて、せっかくパールが作ってくれたこの機会を潰してしまうわけにはいかないな。
俺の一撃は、ゴーレムの胴体に入ったかと思ったが、ゴーレムは咄嗟に体を丸めると、俺の一撃を受け止める。それどころか、その頑丈な体で、木剣が弾かれてしまった。
「あっ」
そう思った瞬間、俺はゴーレムの反撃を許してしまっていたわけで、ゴーレムに捕まってしまった。あちゃー、油断しちゃったな、これ。
などと、呑気に考えていると、側面から魔力の矢がいくつか放たれ、それがゴーレムの体や、俺を捕まえている腕に刺さり、束縛から解放される。
ちらりと視線を向けると、先ほどまで後方に居たパールが移動しており、そこから矢を放ち、俺を助けた。捕まった瞬間には、移動を開始していたのだろう。パールに助けられたな。それじゃあ、今度こそ、しっかりと前衛の仕事をしますか。
先ほどと同じように、回避しているゴーレムの先回りをして木剣をゴーレムに振る。当然、先ほどと同じようにゴーレムは体を丸めて木剣を弾こうとする。木剣の一撃を振る力をさっきよりも力を込めて放つ。
今度は弾かれる事なく、体に刀身が入り、そのまま剣を振り切る。両断とまではいかなかったが、ゴーレムを壁にまで吹き飛ばす。壁に叩きつけられた音とともに、ゴーレムはその動きを止める。どうやら、ダメージが許容量を超えたみたいだ。
「そこまでだ」
ナベリウスが手をパンと叩いて、戦闘終了の言葉を口にした。ナベリウスが俺たちの元へと来ると、
「さて、パール」
「は、はい!」
「動きや立ち回りは申し分ない。最初の戦闘で、ゴーレムの接近を止めたのはとても良かった。だが、その後の追撃の矢をもう少し相手をコントロールする意識で放たればと思う。そうすれば、バアルが防御を許すような余裕を与える事も少なく出来る。その結果、バアルは捕まったわけだが、その後すぐにカバーするように動きで挽回出来ていたのは良かったぞ」
「あ、ありがとうございます」
やはり、パールは状況判断が良い。
「それに引き換え、バアルは駄目だな」
「うん?」
あれ、ナベリウスさん?
「いくら、手心を加えると言っても、簡単に間合いを詰められすぎだ。それに、弾かれたあの一撃はなんだ? その結果無様に捕まりおって。はあ、正直見ていられなかったぞ。シバでももう少しまともな動きをするぞ」
大きなため息を吐きながら、呆れたように言葉の刃で俺を切り刻む。
まずい、ナベリウスのお説教タイムが始まってしまった。ナベリウスは、面倒が良いから親身になってくれるのだが、あまりにも目に余るものを見せられると、それはもう容赦が無くなる。
しかも、理不尽な怒りなら、こちらも反撃の余地があるのだが、ほとんどがナベリウスの言い分の方が正しい事が多いので、ぐうの音も出ない。
このままだと、パールに対しての俺の立場が無くなってしまう。わ、話題を逸らさないと!
「ナ、ナベリウス、パールの弓についてなんだがな」
「うん? あの弓がどうかしたのか?」
「実は、考えている事があるんだ」
俺は、そう言うとナベリウスにだけ聞こえる声量で話す。俺の言葉を聞いたナベリウスは、腕を組むと、二、三度首を縦に振る。
「なるほどな。それは、悪くない」
「だろ」
「だが、それはもう少し基礎を練ってからでも遅くはない。パールの弓の練度は確かに上がっているが、使いこなしているかと言えば」
「まだまだって事は俺も承知しているよ。だから、さっきのゴーレムを使った特訓なんだ」
「それを見越してのと言う事か。だとするならば、他に特訓の内容を考えた方がいいな」
よし、説教タイムは強制終了させたぞ。パールは聞こえていないので、首を傾げている。すまん、パール。お前を理由にしてしまったが、これは本当に俺が考えていた事だし、お前の為にもなる事だから許してくれ。
「あ、あの」
堪らずと言った感じでパールが話込んでいる俺達に声を掛ける。
「ごめんな、再開するか」
「そうだな。もう一度同じ強さでやってみるとして。何度か戦闘をした後は、オレがバアルの代わりに前衛に入ってみるか?」
「それもありかもだけど、シバは剣士だし、ナベリウスとは少し立ち回りが変わってこないか?」
「これも経験だと思ってみるのはどうだ? この先、シバ以外とだって臨時で組む可能性だって否定はできん」
冒険者としてやっていくなら、シバ以外と組み事だってあるだろう。確かに、色々なタイプの前衛と戦う経験はあってもいいのかもしれない。
「うーん。いきなりってのもな。初日だし、まずは基本的な事を反復の方が良い気がする。それで、慣れてきたら、ナベリウスにお願いするって事で」
「判った。だが、これ以上の醜態を見たら、交代だ。でないと、パールに迷惑が掛かる」
「………了解しました」
くっ、逸らせたと思ったものが、威力倍増で返ってきた。はあ、ナベリウスの言う通り、しっかりするか。パールの邪魔にならない程度に、かつ、シバみたいに、か。
結構難しい注文だけど、頑張りますか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます