⑨ 

 さっきまでの真面目な話から一転して、和やかなお茶会が始まった。あれ、もっとこうなんていうか、色々と話し合いをする流れだったのでは?


 しかし、そんな事を考えていた俺は、運ばれてきた、見るからに美味しそうなお菓子や紅茶の香りによって、こうなった。


 まっ、いいか!


「バアルさん、娘がそちらでご迷惑を掛けてはいませんか?」


 マイアさんが綺麗な所作で、カップを置くと、あまりの美味しさに運ばれてきたケーキを頬張っていた俺に訊いてくる。しまった、あまりの美味しさに俺とした事が………ケーキを一瞬の内に堪能し、マイアさんに返答する。答えは決まっているが。


「迷惑なんてとんでもない。彼女が居なければ、どうなっていたか判りません。彼女が居たからこそ、こうしてお二人とも縁が出来ました。正直、彼女があの日店に来てくれた事は幸運としか言いようがありません」

「そ、そんな事、ありません…」


 俺の言葉に隣に座るマキュリーは、頬を染め、カップに口を付ける。本人は照れて謙遜しているが、これは正直な俺の感想なので、改めるつもりはないし、異議は認めません。


「随分と高く娘を評価して貰っているのですね、これは、将来的にはウーラオリオギリュシア支部を任せたいということかしら?」

「いやいや、そんな」


 事はないですよ、と続けようとした時、俺の対面からとんでもない殺気を感じる。その殺気の主を確認するまでもない。


「じょ、冗談は止めてくださいよ。彼女は、テローゾの大事な後継なんですから」


 慌てて否定する。面と向かって見れない。見たら、ただでは済まない。


「あら、それでしたら、バアルさん。あなたがこちらに来るというのはどうでしょうか?」

「? どういう事ですか?」

「つまり、マキュリーのむ」

「お、お母さん!」


 ガシャンと音が鳴る。あっ。

「そ」


 その音は、カップが割れた音だ。正確に言うのであれな、カップの把手を握る力が強過ぎて、把手が外れて、カップが床に落ちたのだ。そして、そのカップを持っていた主は、目の前に座るケイオン代表だ。


 代表は、プルプルと体を震わせると、その続きを口にする。なんとなく言葉の続きは判っているが。


「そんな事、お父さんは許しません!」 


 それはもう、心の叫びだった。いつもの代表はどこに行ってしまったんだ。その様子をマイアさんは可笑しそうに笑っている。こ、この人、いい性格をしていらっしゃる!


 マキュリーはいつもの事なのか、ため息を吐きながら、額に手を置いている。


「お、落ち着いてください、ケイオン代表。そんなつもりはありませんから!」

「君は、娘では不満だというのか!」

「ええええ!」


 もう、どうしろと? そんな俺と代表のやり取りを笑って見ているマイアさんを見て、この人は本当に敵に回さないようにしようと、心に決めた。


 その後、マキュリーが間に入ってくれたりして、なんとか場が収まったのだが、どっと疲れてしまった。


「取り乱してしまって申し訳ありません」

「い、いえ」


 いつものケイオン代表に戻ってきてくれたが、もう何度もマキュリーの件で取り乱しているところを見ているので、少しだけ慣れてしまった自分が怖い。


「そういえば、新しい従業員の方が入ったそうですね」

「はい」

「娘から聞いていますが、エルフとドワーフの方だと」

「偶然にも、古くからの友人でして、何かと頼りになっています」


 現状、頼りになっているのはナベリウスだけだが。アスタロトは良くも悪くもマイ

ペース過ぎる。


「もしかして、新しい魔道具の開発の為でもあるのでしょうか?」


 ケイオン代表に替わって、今度はマイアさんが質問してくる。なんだか、凄く興味津々って感じだけど…。


「そうですね。本人次第な所はありますが、私としては協力して貰えたらと。まだ、新しい魔道具の話を聞いていないんですけどね」


 ベリトが最近、熱心に何かを造っているだが、新しい魔道具なのかと訊いても、答えてくれないんだよな。ただ、予算の申請や、材料費とかの請求がないから、開発をしているわけではないと思うんだが、あいつはいったい何をしているんだろう?


「もし、新しい魔道具の開発をしたなら、その魔道具を私にも見せていただけないでしょうか?」

「えっ?」

「無論、これは私個人としてのお願いです。そうですね、顧客とでも思っていただければ」

「顧客…という事は、気に入っていただけたら、魔道具を購入していただけると言う事でしょうか?」

「ええ」


 首を縦に振って肯定してくれる。商品が売れる可能性があるのは良い事だ。それが、テローゾの副代表。こちらとしては、断る理由はないけど、気になるので俺は訊いてみる事にした。


「こちらとしては、構わないのですが。どうして、ウーラオリオの魔道具を?」


 その質問に答えてくれたのは、マキュリーだった。


「お母さんは、ウーラオリオ魔道具のファンなんです」

「え、そうなんですか?」


 まさか、母娘揃ってとは。


「こちらでは、あまり見ない遊びの多い物ですから。同じ魔道職人としては、興味を持たない方がおかしいです」


 オリアスさんといい、そんなに遊びが多い魔道具……だな、うん。というか、今、魔道職人って言った?


「テローゾが扱っている魔道具の半分は、妻が開発した物なんです」

「えっ⁉」


 そうだったのか。だけど、これで腑に落ちた事もある。


「じゃあ、あの時に魔石に付与されていた魔法は、マイアさんが付与したものだったんですね」

「咄嗟の事だったので、不格好ではありましたけどね」


 付与魔法を付けたと聞いて、そうかなとは思っていたが。まさか、魔道職人で、人気のあるテローゾの魔道具開発に携わっていたとは。


「最近、刺激が足りなかったのですが、娘からウーラオリオの魔道具を教えて貰って、また意欲が戻ったんです。それで、私自ら魔石の仕入れなんかをしたのですが、その結果が前回の騒動です」

「なるほど」

「落ち着いたと思っていたのですが、妻の行動力には驚かされます」

「良い魔道具を造る為ですよ」

「それは、理解しているけど、あんな事があったばかりなんだ」

「そうだよ、お母さん」


 二人に言われているが、その表情から聞いてはいるが、絶対に自重はしないな、この人は。


「そうですね。何があるか判らないので、気を付けてください」

「また、何かあればよろしくお願いしますね、バアルさん」


 いやいや、気を付けてくださいね。でも、テローゾともなれば、ウチよりいい所に頼めるでしょ。


 でも、またそんな事になったら、全力で応えるつもりではいる。


「それと、ベリトさんって方とお話をしてみたいので、場を設けていただけないでしょうか? ぜひ、お話をしてみたいんです」


 ファンだと言っていたし、開発者でもあるベリトと話をしてみたいのだろうけど、


「本人に確認してみます」


 それを提案した時の、ベリトの嫌そうな顔が目に浮かぶな。だけど、あいつにとってもいい機会もしれないから打診だけでもしてみるか。


 その後も和やかにお茶会の時間が過ぎ、夕食もどうかと誘われたが、家族での食事に上がり込むのも悪いと思い、それを辞退し、帰る事にした。

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